17話
「えっ…?ど、どういうこと?」
ナナカから困惑の声が上がる。
お義父様とアウクシリア夫妻は神妙な面持ちだ。
「どういうことか、説明してもらえるね?」
「もちろんです」
お義父様からそう言われ、私は頷いた。
しかしその前に確認しておきたいことがある。
「お義父様。リリーシアの死について、表向きは『事故死』…ということですよね?」
「……ああ、そうなってるよ」
「それについて、お義父様はどこまで把握を?」
「…あの件については、関係者にはかん口令が敷かれている。もっともその理由は、王家の不手際の隠蔽と、ヴァスト公爵家の怒りに触れないようにというのものだね。喋ると王家とヴァスト公爵家に睨まれるから、喋りたがる者はいないがね」
「そうなのですね」
それなら安心だ。
いや、安心ではないけど、知って罰則があると聞かせられないからね。
聞いても黙ってもらえれば問題ないなら、大丈夫のはず。
そこから私は、リリーシアのときから今に至るまでの全てを話した。
ヴァスト公爵家の令嬢リリーシアとして生まれてから、エイベル殿下と結婚するために頑張った人生。
その人生が、茶会で血を吐いて死んで閉ざされたこと。
平民として生まれたけど、愛するエイベル殿下と結婚を諦められず、なんとしても成り上がってみせようとして今に至ることを。
全てを話し終えた後、元旦那様が「やっと合点がいった」とつぶやいた。
「どうして君にそこまでの熱意あるのは不思議だったが、そういうことだったんだな。なるほど、リリーシア様だったというのなら理解できる」
「えっ?」
どうしてリリーシアだと納得できるのかしら?
リリーシアって、どういう目で見られてたのかが気になるわ。
ナナカも気になったのか、父親に顔を向けた。
「お父様…あの、リリーシア様ってどんな方だったの?」
「それはもう、周りが呆れるくらいに殿下を愛していたお方でね。初対面で殿下にプロポーズし、そのままキスまでした伝説の方だ」
「ええっ!?」
「伝説!?」
ナナカと私の驚きの声が上がった。
いや伝説ってどういうこと!?
そんな話聞いたことないんですけど。
「それから亡くなるまで、殿下とは何度も逢瀬を重ね、同時に王妃教育も熱心に受けていた。この方が王妃として殿下を支えてくださるのであれば、王家は安泰だと誰もがそう確信するほど素晴らしい方だったのだよ」
「うぅ…」
確かにそれはそうなんだけど、それはリリーシアが殿下と結婚したい一心で頑張ってただけで、それが王家安泰とまで言われると…恥ずかしい。
「は~……なるほど。だからアリスは…へぇ~」
リリーシアの話を聞いたナナカが、私を見ながらニヤニヤしている。
やめて、そんな目で見ないで!
恥ずかしがる私をよそに、お義父様は冷静だった。
「今の話を聞くに、アリスがリリーシア嬢だったのは確かだとみていいだろうね。あの件をそこまで詳細に語るにはアリスは若すぎる。それに、アリスの誕生日はリリーシア嬢の命日と同じだ。偶然にしてはできすぎているからね。しかし……」
そう言ってから、お義父様は背もたれに背中を預けた。
その顔には眉間にしわが寄っている。
お義父様には珍しい表情だ。
「…アリス、君は本当にいいのかい?君は殿下に最もふさわしい婚約者であったがゆえに、殺された。それを分かっていて、なおそれを望むのかい?」
「もちろんです!」
私にはにべもなくうなずいた。
そんなの悩むことですらないわ。
「むしろなおさらですわ。そんなことをしてくるような人を、殿下の結婚相手になんかさせません!殿下のためにも、もちろん私のためにも!私はそのために生まれ変わったんだと思ってますから」
「お、おお……」
私の熱意にお義父様はちょっと引き気味だ。
お義父様は気を取り直すように咳払いすると、一同を見渡した。
「さて、一応言っておくが、今日この場で聞いたことじゃ他言無用でね。最悪、アリスの身に危険が及ぶリスクがある。…というか、自分から突っ込んでくところがあるから、既に危ないわけだが」
「どういうことだ?」
「すでにアイクオ家のミルドレッド嬢に狙われてるんだよ」
「あー……」
元旦那様が額に手を当てて天を仰いだ。
というか、お義父様の言い方には不満だわ。
「自分から突っ込んでるんじゃなくて、あっちから関わってきてるのよ!まぁ引くつもりは一切ありませんけど」
「…伝聞でしか聞いたことはなかったが、本当に猪突猛進なんだな」
「ええ。とんだじゃじゃ馬ですよ」
「お義父様!?」
すごく不名誉な表現をされた気がする。
そこでナナカが手を挙げた。
「あの、そのアイクオ家のミルドレッド様?ってそんなに危険なの?」
「あ~…」
そうか、ナナカはまだ会ったことが無いからどんな人か知らないのね。
しばし考えて、簡潔にまとめることにした。
「公爵家の令嬢で、現在27歳の行き遅れ。殿下の婚約者を今も狙ってるけど、相手にされてない。見目麗しい令息たちを侍らせてて、とにかく派手でわがまま。あと踏まれると痛いくらいに重い」
「なにそれ!?」
そんな反応になるわよね。
私も言ってて思ったわ。
「…ナナカ、ミルドレッド様には関わるな。さすがに公爵家が相手では、うちでは手に余る」
「でも、アリスと関わりがあるんでしょう?だったら…」
「ナナカ」
「………はい」
不満げなナナカだけど、父親に諭されてそれ以上は何も言わなかった。
仕方ないわ、相手が相手だもの。
「ナナカ、ありがとう。その気持ちだけでもうれしいわ」
「アリス…ごめんなさい」
ナナカの手をギュッと握る。
ちょっと泣きそうな顔をしていたけど、そこまで想ってくれていることが本当にうれしい。
その場はそれで解散となった。
アウクシリア一家はそのまましばらく王都に滞在し、デビュタントを終えたら帰るらしい。
それまで元旦那様は国王と面会したり、ナナカは母と王都観光に出掛けるらしい。
王都観光には私と一緒に出掛ける予定も組んだりして、次に会う時が楽しみだわ。




