16話
ミルドレッド様との楽しい楽しいお茶会からしばらく経った後。
夕食後のひと時にお義父様からリビングに呼ばれた。
「アリス、近々王都にアウクシリウム夫妻とその娘がデビュタントに備えて来るようだ」
「えっ、そうなんですか?」
お世話になった元旦那様に、親友のナナカが王都に来る。
久しぶりの再会に心が浮足立つわ。
(別れ際に、王城で再会しましょうと言ったけど、まさか今は公爵令嬢になって侍女やってると聞いたら驚くでしょうね)
再会したときのねたばらしが楽しみだと思っていたら、お義父様から驚愕の一言が放たれた。
「ああそうそう、今の君の現状については、あちらに全て説明してあるよ」
「えっ!?ど、どうして…」
「? だってアウクシリウム家は君が世話になった家だろう。事前に情報は共有しておくものだよ」
「うぅ……」
それは多分そう。
そうなんだけど、ナナカの驚く顔を楽しみにしていただけに、その楽しみを奪われてちょっとだけ不満だわ。
「何か不満そうだね?」
「……驚かそうと思ってただけです。何でもありません」
「プッ。あははは!」
「笑わないでください!」
笑われると、なんだか自分がすごく子供じみたことをしようとしてたみたいで、途端に恥ずかしくなった。
熱くなった顔でお義父様を睨むと、やっと笑いが収まったお義父様が涙目をこすりながらこちらを見る。
「いやいや、私は嬉しいんだよ?君は年頃にしては大人びすぎているからね。そういう子どもっぽいところがあるようで、一安心さ」
「はい……」
そう言われると、なおさら恥ずかしいじゃないの!
もうこれ以上この話を続けられるとまずいので打ち切ると、今度は私のデビュタントの話になった。
「アリスのデビュタントには新しいドレスを準備しているからね。エスコートは私がしよう」
「ありがとうございます、お義父様」
「しかし油断は禁物だよ。アイクオ家が何を仕掛けてくるのか分からないからね」
「はい」
あの茶会の後、ミルドレッド様は何もしかけてこなかった。
あれだけコテンパンにしたんだから、何かしでかすと思ったけど、逆に拍子抜けだったわ。
それとも、何かたくらんでいるのか。
彼女の性格上、やられっぱなしは絶対に無いはずだもの。
「しかしまぁ…あのミルドレッド嬢と真っ向からやり合うとはね。我が義娘ながら、恐ろしいものだ」
「お義父様が普段相手をされている方々ほどではありませんわ」
陰謀渦巻く王城に比べれば、ミルドレッド様なんて分かりやす過ぎるもの。
エイベル殿下の婚約者…ひいては結婚し、王妃になる。
あの程度に遅れなんてとらないわ!
「全く、頼もしい義娘だよ」
そう言ってお義父様は笑った。
***
それからしばらくして、アウクシリウム夫妻とナナカが王都に来た。
早速一家はお義父様に招待され、我が家へと招かれた。
互いの家族が揃っての晩餐会は大いに盛り上がった。
しばらくしてから私はナナカを自室へと招待し、二人きりでおしゃべりを楽しむことに。
「アリス様、お招きありがとうございます」
そう言ってナナカは完璧なカーテシーをしてみせた。
その姿に私は苦笑するしかない。
「ナナカ様、ここは二人だけです。昔のように、おしゃべりしましょう?」
そう言うとナナカは淑女然とした笑みから、彼女らしい少し勝気な様子を見せる笑みへと変わった。
やっぱりこちらのほうがナナカらしくして、好きだわ。
向かい合わせにソファーに座ると、早速とばかりにナナカは口を開いた。
「もう、アリスってば!王城で待ってるって言ったのに、全然違うじゃないの。どういうことか、しっかり説明してもらうわよ!」
「ふふ、そうね」
そして私は、プリムス家の養子となった経緯のあらましを説明した。
その中には、殿下と結婚したいという目的も含んでいる。
これまではお義父様以外には隠してきたけど、これ以上隠す意味は無い。
平民の頃ならともかく、公爵令嬢となった今は王族と結婚したいと言っても、なんら不自然ではないから。
(それに、やっぱりナナカにはいつまでも隠していたくはないもの)
私にとって、初めてできた親友。
公爵令嬢と子爵令嬢とではその地位に大きな隔たりはあるけれど、そんなのは関係ない。
お義父様と元旦那様が良き友として接しているように、私たちだって同じようになれるはずだもの。
説明にナナカはものすごく驚いていたけど、最後には納得したようで、ソファーにもたれかかって大きく息を吐いていた。
「はー…そういうことだったのね。あなた、本当にとんでもない人よね」
「ふふっ、ありがとう」
「……でも、ちょっと聞いていい?」
「何かしら?」
身体を起こしたナナカは、じっとこちらを見つめてくる。
その目に、なんだか自分を見透かされたような感じになって居心地が悪くなった。
「…どうしてあなた、そこまでエイベル殿下にご執心なの?だって私たちが生まれた頃は、既に殿下は療養に入ってるし、それ以降はずっと仮面を着けてるのでしょう?一度も会ったことが無い、顔も見たことが無い人のために、そこまで頑張れるのはどうして?」
「っ!」
思わぬ追求に不意を突かれて息が詰まった。
やっぱり不思議に思われるわよね。
(…どうしよう。あの件は表向き事故死になってるのよね。少なくとも王家がそう判断した以上、下手なことは言えないわ。でも……)
ナナカにはもうこれ以上隠しごとをしたくない。
それが私の本心だった。
ただ、内容が内容だけに、聞いてもらってハイ終了というわけにもいかない。
話すなら、私たちだけの秘密で済ませられる内容ではないのだから。
表情を引き締め、ナナカと向き合う。
「…わかったわ。話す。でも、私たちだけでは難しいことなの。お義父様たちにも聞いてもらうことにするわ。それでいい?」
「…ええ、分かったわ」
私の雰囲気を感じ取ってか、ナナカも緊張した面持ちに変わった。
私は侍女にお義父様たちに話したいことがあるから時間を作ってほしいと連絡を頼んだ。
すぐに侍女は戻ってきて、今でもいいと言う返事。
私とナナカはすぐに立ち上がり、お義父様たちが待つリビングへと向かった。
「アリス、それで話とは何だい?」
リビングには私、ナナカ、お義父様、アウクシリア夫妻の5人がいる。
内容が内容だけに、使用人には下がってもらった。
私は大きく息を吸い、吐きながら自分の緊張をほぐす。
そして、誰にも言えない秘密を話すことにした。
「実はみなさんに、隠していたことがあります」
誰かがごくりと喉を鳴らす。
「実は私、15年前に殺されたヴァスト公爵家の娘、リリーシアの生まれ変わりなんです」




