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平民でも王子様と結婚します!~転生公爵令嬢は手段を選ばない~   作者: 蒼黒せい


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15話

 ミルドレッド様主催の茶会当日。

 私は屋敷の侍女に手伝ってもらい、身を清め、今日のために新調されたドレスを纏っていた。

 淡い緑のドレスはレースをふんだんに使い、デコルテもしっかりとレースで覆い隠している。

 まだデビュタントもしていない14歳。

 過度に肌を見せることは憚られるもの。

 茶色の髪はここ数年で肩のあたりまで伸びた。

 丁寧に梳いてもらい、香油をつけた髪は自分でも驚くほど艶やかだ。


 しっかり準備を整え、馬車に乗り込む。


(さぁ、いざ戦場へ向かうわよ!)


 気分は開戦の号砲を聞いた兵士だ。

 王都内にあるアイクオ家の屋敷に着くと、侍従のエスコートで馬車を降りる。

 屋敷の門をくぐるとそこには執事が待ち構えており、茶会を開催する中庭へと案内された。


(ふーむ…アイクオ家の庭園、豪華なんだけどちょっとくどいわね)


 季節の花々が入り乱れ、美しい庭園だ。

 …なんだけど、結構あちこちに精巧な彫像が目立つ。

 草花よりも彫像のほうが際立ってる感じだわ。

 なんだか落ち着かない庭園。


 そんな風に眺めながら庭園の中を進んでいくと、5人の令嬢が既にテーブルに座って談笑していた。

 その中にはもちろん、ミルドレッド様もいる。

 今日も派手な化粧に、真っ赤なドレスだ。


「お嬢様、プリムス家のアリス様がご到着なさいました」

「ご苦労、下がりなさい」


 執事を下がらせたミルドレッド様が席を立つ。

 血のように赤い瞳を細め、私を見据える。

 口元は扇で隠され、窺えない。

 果たして彼女は今、どんな感情を抱いているのかしら。


 他の令嬢も続々と席を立ち、こちらへと向き直る。

 ミルドレッド様以外の令嬢とは初対面だ。


「ようこそアリス様。本日は私主催の茶会に参加していただき、ありがとうございます」

「いいえ、こちらこそお招きありがとうございます」


 ミルドレッド様が扇を下ろすと、あらわになった口元には笑みが浮かんでいる。

 私も何度も練習した貴族然とした笑み。

 この時点で既に、私とミルドレッド様との開戦の狼煙は上げられたのだ。


「こちら、今回アリス様に是非お会いしたいと希望された方々ですわ。こちらの方は…」


 ミルドレッド様により、他の令嬢たちが紹介されていく。

 参加しているのは侯爵家が1人、伯爵家が3人、子爵家が1人だ。

 家名について思いだすと、みなアイクオ家の派閥。


(文字通り、1対6の構図というわけね。申し分なしよ)


 ミルドレッド様に促され、席に着く。

 すぐに侍女によって給仕され、温かな紅茶が用意された。


「どうぞ、是非お飲みになって」

「いただきます」


 カップを持ち、まずはその香りを堪能する。


(いい香りの紅茶だわ。確かこの紅茶は…)


 覚えのある香りに、私は隣に座っていた令嬢へと顔を向けた。


「こちらは、サイレン領が原産の紅茶ではありませんか?」


 そう言うと令嬢は目を見開き、少し頬を赤らめてはにかんだ笑みを見せた。

 隣の令嬢は先ほどサイレン伯爵家と名乗っていたから、もしやと思ったけど正解だったわね。


「まぁ。アリス様、お分かりになりますか?」

「ええ。この香り高さは他ではなかなかありませんからね。我が家でも特別な時にもてなすのに用意しておりますわ」

「そのように扱っていただけるとは、光栄です」

「サイレン領では茶葉の栽培が盛んと伺いました。それについてなのですが…」


 そうして隣の令嬢と茶葉について盛り上がっていたら、どこからか咳払いが聞こえてきた。


「アリス様、せっかくの紅茶が冷めてしまいますわよ?」


 ミルドレッド様に促され、紅茶を飲もうとしたが、もう既に冷めきっていた。

 せっかくの豊潤な香りもすっかり飛んでしまっている。


「ああ、これはすみません。せっかくの美味しい紅茶を、一番美味しいタイミングを逃してしまいましたわ。淹れ直していただけますか?」


 そう言うと、背後の侍女が動いて紅茶を捨てて淹れ直している。

 その表情が、ほんのちょっと強張っているのを見逃さない。


(どうせ何か仕込んでいるのだろうと思っていたけれど、やっぱりね)


 紅茶を飲まなかったのは、うっかりじゃない。

 もちろんわざとだ。

 どうせ何か仕込んでいるのだろうと思ったけど、案の定である。

 そのまましばし談笑していると、ミルドレッド様が仕掛けてきた。


「そういえばアリス様は平民でありながら、公爵家の養女になられたとか。元が平民では、貴族の生き方はさぞかし息苦しいのではありませんか?これは親切心で申し上げますが、きっとアリス様にはもっと適切な生き方があると思いますわよ」


(平民の無様な姿を見せる前に消えろ…というところかしら。ふふっ、想定内ね)


 そのくらい言われるだろうとは思っていた。

 当然、ここは黙って過ごしは無い。

 反撃開始よ!


「ご心配ありがとうございます。ですが大丈夫ですわ。実は以前にとあるご令嬢の侍女も務めさせていただいたのですが、その時に当主様のご意向で一緒に学ばせていただきました。おかげで貴族社会で生きるのに何も不自由ありません」


 ニコリと言い返すと、ミルドレッド様はさっと口元を扇で隠した。

 でも、目はその鋭さを隠せていない。

 もちろんそれで収まるわけがなく、さらにミルドレッド様の口撃は続く。


「ですが、周囲はそう思わないかもしれませんよ。私も、いつだったか道に転がる何かを踏みつけてしまって、何かと思ったら平民の女中でしたの。存在価値がない者というのは、見つけるのが大変で困りますわ」


 頬に手を当てて首を傾げ、いかにも困ったというようなポーズ。

 ああ、その話を持ち出すのね。

 なら、私も遠慮しないわ。


「そのようなことがあったのですね。私も、人の頭を踏みつける倫理観のない方とお会いしたことがありまして。あの時は本当に痛かったですわ。でも納得したんですの。だってその方、令嬢としては眉を顰めたくなる体型でしたから。あの体ですから、痛いのは仕方なかったですわ。多分、あなたなら痛くないでしょうね」


 そう言って隣の令嬢を見る。

 その方は苦笑いしていたわ。

 耳の端で、何かが折れた音がした。

 多分音からして扇でしょうね。

 ゆっくりと音の方向に振り向くと、そこには悪魔と表現されてもおかしくないほどに目と口を吊り上げたミルドレッド様がいた。


「あの方は今頃どうしておられるのでしょう。ああそういえば、ミルドレッド様もずいぶんと痛そうですわね」


 さらに扇が折れた。

 派手で豪奢なドレスを纏うミルドレッド様は、フリルがすごいので、一見すると体型が分かりづらい。

 だけどそれは、体型を隠したくてそんなドレスを着ていると白状しているようなものだ。

 その証拠に、他の令嬢たちは比較的体型が分かりやすいドレスを着ている。

 もちろん私もね。


(これでも元公爵令嬢だもの。この程度の腹の探り合いに負けるつもりは毛頭ないわ!)


 だがさすがはミルドレッド様。

 このくらいではまだ足りないらしい。

 額に青筋を浮かべながら、それでもまだ笑みを浮かべ直した。


「…そう言えば、最近殿下の元に薄汚い平民生まれの侍女が付いたと聞きましたわ。殿下も大変ですわね、身近にネズミが住み着いてしまって。みなさんもそう思うでしょう?」


 ミルドレッド様の言葉に令嬢たちはうなずいた。

 ふふ、そう来るのね。


「ねぇ、アリス様もどうです?」


 頷かなかった私にミルドレッド様は声を掛けてくる。

 いいわ、私も仕掛けてあげる。


「ええ、殿下に付きまとう方のうわさは私も聞いていますわ。何でもその方はとっくに行き遅れの年齢になっているというのに、未だに殿下にご執心のようで悲哀を感じさせるとか。しかも、周囲には見目麗しい令息を侍らせているようで、一部の夫人方には大変ふしだらな方だと白い目で見られているようですわ。そんな方がいるだなんて、私信じられません」


 頬に手を当て、やれやれと息を吐く。

 はい、さらに扇が折れる音が響きました。


 こうしてお茶会は穏便に終わった。

 真っ二つになった扇を残して。

 ちなみに紅茶は一口も飲まなかったわ。

 もちろん、お菓子や軽食もね。

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