表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平民でも王子様と結婚します!~転生公爵令嬢は手段を選ばない~   作者: 蒼黒せい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/31

11話

 あれから半年が経った。

 怪我はすっかり癒え、女中業にはすぐに復帰。

 ルベア様は手紙に書いてあった通り、私に話しかけることは無くなった。

 まれに見かけることはあっても、気付いた素振りも見せずにどこかに去っていく。


 私との一件以来、ルベア様は女性にとんと声を掛けなくなったようだ。

 私のことはともかく、他の女性と接することができないのはルベア様にとって窮屈なはず。


(ルベア様、私がきっとあなたの女性好きを思うがままに振舞えるようにしてあげますからね!)


 燃え滾る闘志のまま、私は今日も女中業に精を出していた。

 そして空き時間には図書館に通い、知識と教養を高める。

 そんなある日、私は図書館にいつも同じ席に座っている男性がいることに気付いた。


(聞くところだと、宰相閣下のようなのよね。何をされてるのかしら?)


 彼は時々ふらっと図書館におとずれ、一冊の本を手に取って同じ席に座る。

 その本の表紙をじっと眺めた後、本を開くことなく本棚に戻し、図書館を後にしていく。

 それがたまたまだと思っていたら、来るたびに同じことをしていた。

 これには、身分が天地も違う私でも気になってしまう。


 つい気になって、宰相閣下がいなくなった後、戻した本を見に行った。


(『猫と狩人』…子供向けの絵本だわ。どうして宰相閣下はこの本を…?)


 それに気になるのは、この本を眺めている時、とても悲しそうな顔をしていること。

 一体この本は宰相様にとって、何の意味がある本なんでしょう?


 その後、女中仲間に宰相閣下について聞いてみた。

 すると、口をそろえて『温和な態度の裏に冷徹さを滲ませる恐怖の宰相』と言うのだ。

 表面上はとても穏やかなのに、発する言葉の一つ一つが相手の心を粉みじんに押しつぶすのだとか。


 そんな宰相閣下には妻子がいるという。

 しかし、奥様は子どもが2歳の時に亡くなり、以降後妻も迎えていないとか。


(悲しい過去がある方だったのね。後妻を迎えていないということは、よほど奥様を愛してらしたのでしょう)


 きっとものすごく悲しんだことだろう。

 その心を想うだけで、私まで悲しくなるわ。


 それを聞いてから、図書館で宰相閣下を見かけるたびに何とかしてあげたいと思う。

 どうして本を眺めながら、悲しい表情をしているのか。

 私にできることは何かないかしら?


(でも、貴族の作法として目下の者は目上の者へ話しかけてはいけないのよね。だから私から話しかけることはできないのだけれど…)


 それもあってか、図書館に来た宰相閣下に話しかける人はいない。

 図書館自体が人と話す場ではないのだから当然だけど、多分外に出ればこんな表情は見せないのではないか。

 だから、図書館に居る時じゃないとダメなんだと思うわ。


 そして今日も、図書館で読書をしていると、宰相閣下が訪れた。

 いつもと同じように絵本を手に取り、いつもの席に着く。


(よし、今だわ!)


 席に着いたのを見計らって立ち上がる。

 余計なお世話だと言われないかという不安と、なんとかしてあげたいという気持ち。

 その気持ちは、きっともう誰かの悲しい顔を見たくないから。

 エイベル殿下の悲壮な表情は、今でも私の中に残っている。

 だから、宰相閣下の悲し気な顔も、見ているのが辛かった。

 ゆっくりと宰相閣下の元へと歩み寄る。


「……君は、女中のアリスだね?」


 すると、あと一歩というところで宰相閣下から声を掛けられた。

 こちらを見ず、本に視線を落としたまま。

 まさか名前を知られているとは思わず、私は固まってしまった。


「はい、そうです」

「私に何用だね?私には君に話しかけられる理由は思いつかないのだが、私のささいな休憩時間を削ってまで応対する価値はあるんだろうね?」


(あ、なるほど。これは…やりづらいわね)


 宰相閣下の評判に納得する。

 いきなりこれでは、二の句が継げる人はなかなかいないと思う。


(でも、私はこの程度じゃくじけないわ!)


 あと一歩を踏み込み、宰相閣下の隣に立つ。

 まさかそれ以上近づいてくるとは思わなかったのか、こちらを見上げて目を見張っている。


(さて、ここからだわ)


 宰相閣下はわずかな休憩時間の合間に来ているようね。

 なら、余計な前置きは不要。

 早く話をしなくてはいけない…と考えてしまうでしょう。


「失礼します」


 私は宰相閣下の隣の椅子を引き、そこに座る。

 これからするのは報告でなければ、解決でもない。

 宰相閣下の心にある悲しみ。

 それを取り除くための、『対話』なのだから。

 だから、あえてじっくり話をするために椅子に座った。


「私のことを、ご存じなのですね」

「まぁね。君は少し『目立つ』から。その自覚は無いのかい?」

「そうなのですね、自分では全然気付きませんでした」


 軽く微笑むと、宰相閣下も笑う。

 小さいトゲが刺さるような言いぶりは、口調は丁寧でもなかなか手厳しい。


(目立つ…か。ルベア様か、ミルドレッド様との件かしら?でも、その程度のことで宰相様の耳に入ることとは思えないけど…)


 その件は今は後にしよう。

 私はそっと宰相閣下の手にしている本に目を向ける。


「その本、お好きなのですか?」

「好きに見えるかい?」

「何度も手にしているのを見かけましたから」


 宰相閣下は絵本を手に取ると、そのまま私に差し出した。

 本を受け取ると、改めて閣下を見やる。

 閣下の表情は、笑顔なのに、どこか張り付けたようないびつさがあった。


「…好きなわけでないさ。だが、君に言う必要は無いね。帰りたまえ」


 もう話は終わり。

 その態度に、私は退かない。

 この程度で引きさがるほどやわなら、私はこんなところにいないんだから!


「いいえ、帰りません」

「強情だね。君は何がしたい?」

「宰相閣下の、悲しげな顔を笑顔にしたいです」


 私は即答した。

 それに宰相閣下は目を見開き、信じられないものを見るような目を私に向ける。


「理解不能だね。私がどんな表情をしていようが、君には関係ないことじゃないか。賢明な行動とは言えないね」

「そんなことはありません!」

「…はっきり言うね。まぁいいだろう」


 閣下が手を差し出す。

 私はその手に渡された絵本を返した。

 返された絵本を、閣下は悲痛な表情で見つめている。


「…この絵本は、妻が娘に読んであげたいと言っていた本だ」

「えっ」

「妻は2年前に亡くなった。娘を生んでしばらくしてね。彼女は…娘にこの本を読んであげることなく、旅立ってしまった。それ以来、この本を見て考えてしまうんだ。妻は…この本を読んであげられずに亡くなったことが、どれだけ無念だっただろう…と」

「………そうだったのですね」


 宰相閣下の悲痛な告白に、胸がギュッと締め付けられるように痛い。

 夫人は、きっとその絵本を読んであげられる時が来るのを楽しみにしていたでしょう。

 夫人を失った悲しみ、叶わなかった願い、母の語りを永遠に聴くことができなくなったご息女。

 …それに、私ができることは何だろう?


 ふと、私はあることが気になり、聞いてみることにした。


「閣下は、その絵本を読んだことはありますか?」

「…いや、無い。妻が娘に読んでくれるのを、一緒に聞こうと思っていたからね」

「そうですか…」

「もしかしたら…妻はまだ生きていて、読み聞かせてくれるんじゃないか…そう夢にみることすらあるよ」


 それを聞いて、私はどうしたら閣下はその悲しみの渦から抜け出せるのか、思案してみる。


(おそらく、閣下は夫人が亡くなった時から進めずにいるんだと思う。閣下の時を進ませるには…)


 何かいい方法は無いか、図書館内に目を回してみる。

 そこで閣下の手にある本が目に入った。

 そのとき、1つのひらめきが舞い降りる。


「閣下、絵本を渡していただけますか?」

「ああ、かまわない」


 閣下から絵本を受け取る。

 私は表紙をめくると、閣下に告げる。


「閣下、夫人の代わりに私がこの絵本を読ませていただきます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ