10話
医務室で診てもらうと、打撲と裂傷で1週間ほど休むように言われた。
怪我の原因についてそのまま話したら、すごく気の毒そうな顔をされてしまったわ。
(もしかしなくても、有名人というのは間違いなさそうね)
頭に包帯を巻き、女中頭に事情を説明。
こちらでも気の毒そうな顔をされた。
頭を蹴られたということで、医務室で言われた通り1週間休むことを許可されたわ。
女中寮に戻る途中、通りすがりの先輩に怪我について聞かれ、答えたらやっぱりという顔をされた。
「やっぱりアリス『も』標的にされたのね」
聞いたら、私を蹴ったのはアイクオ公爵家の令嬢、ミルドレッド様だという。
ミルドレッド様は見目麗しい令息たちを取り巻きのように引き連れており、その令息たちに近寄る令嬢はことごとく排除するらしい。
その取り巻きの中にはルベア様も含まれるようで、ルベア様に近づいた女性たちは私のような目に合わされているようだ。
(どおりでお医者様たちがも同じような反応だったのね)
公爵家の令嬢ということで権威を笠にやりたい放題。
あの取り巻きの令息たちの中には、家のためにしぶしぶ従っている人もいるらしい。
婚約者がいることも許されないようで、無理やり婚約破棄された人もいるとか。
(なんてひどい!ますますもって許しがたいわ!)
話を聞くと、どんどん闘志が燃え上がる。
そんなミルドレッド様はなんと、エイベル殿下の婚約者…候補らしい。
ずっとエイベル殿下に対し、自分を婚約者にするように迫っていて、もう23歳なんだとか。
結婚適齢期は16~20歳までと言われているから、かなり過ぎている。
そこまで王子妃、ひいては王妃という地位に執着しているようだ…と見られている。
部屋に戻り、ベッドに腰かけ一息ついた。
そのとき、ふとミルドレッド様に見覚えがあることを思いだした。
(そうだ。リリーシアのときに、私を睨みつけていたあの令嬢だわ!)
当時も化粧とか服装が派手だったけど、12年経った今でも健在みたい。
そのときはどんな人かは全然知らなかった。
まぁ昔のことはどうでもいいわね。
今はもう、性格は最悪。
それに、エイベル殿下の婚約者を狙っているなら、彼女は明確な私のライバルということだ。
(あんな人がエイベル殿下の婚約者になるなんて、絶対に認めないんだから!んん、痛た……)
興奮したらまた頭がズキズキ痛みだした。
ゆっくりとベッドに体を横たえ、痛みが治まるのを待つことにした。
***
怪我を負わされてから3日後。
ずっと部屋でじっとしてるのに飽きたので、図書館に行くことにした。
女中頭にも図書館くらいならいいでしょうと許可をもらってる。
(本当に、いつ見ても素晴らしい蔵書数だわ!)
王城の図書館はすごいの一言だ。
アウクシリウム子爵家の蔵書数もすごかったけど、さすがは王城。
その規模は数倍。
ここにある本は、生涯を読書に捧げても読み切れないでしょうね。
もう何度か通っているけど、未だにこの本の山には圧倒されてしまう。
(さてっと、どの本を読みましょうね)
そろそろ外国の文献を読んだほうがいいかしら。
王妃を目指すのなら、外国の文化にも精通していたほうがいいでしょうし。
今回はセプテントリオンス国について復習することにした。
セプテントリオンス国は、リリーシアの生家であるヴァスト公爵家が管理する領地の大森林を国境として接している国だ。
大森林は広大かつ未開の領域で、未だ誰も超えたことが無い。
獰猛な獣が跋扈し、広すぎる森林が方向感覚を狂わせる。
そのため、大森林は天然の侵入不可な国境となっていた。
そのセプテントリオンス国とは、大森林が届かないわずかな平地を通じて貿易を行っている。
(セプテントリオンス国は宝石や金といった希少資源が豊富なのよね。その代わり土地がやせているから、牧草しか育たず牧畜が盛ん。我が国とは、装飾品と農作物での貿易が盛んだわ)
セプテントリオンス国の文化について編纂された本を手に取り、読み始めると近くに誰かが寄ってきた気配を感じた。
顔を上げると、そこにが見覚えのない男性が立っている。
服装から察するに、文官の方のようだけど。
「失礼、貴女はアリス様ですね?」
「? はい、そうです」
私の名前を知っている?
一体どちら様なのかしら。
不思議に思っていると、その男性は一通の手紙と何かが入った袋を差し出した。
「ルベア様より、こちらを預かっております。お受け取りください」
「ルベア様から?」
手紙を受け取ると、さっさと男性はいなくなってしまった。
どうして文官(多分)の方がルベア様から手紙を?
どうしてルベア様が手紙を?
この袋の中身は何?
色々疑問だけど、とりあえず手紙を読んでみることにした。
「………まぁ」
手紙には、ルベア様が私に関わったことでミルドレッド様から暴力被害を受けたことについての謝罪が書かれていた。
そして、これ以上暴力を受けないよう、ルベア様は私に関わらないと誓うという。
さらに、今回のお詫びとして治療費と慰謝料を支。
袋の中身を確認する金貨が数枚入っていた。女中の給料の半年分である。
私は手紙と袋を懐に仕舞い、再び本に向き直った。
しかし、胸の内は激情に駆られ、穏やかではない。
(ルベア様とはあまり関わりが無いから、今後関わらないというならそれは構わない。でも、それがミルドレッド様の暴力のせいだというのは許しがたいことよ!)
きっと、ミルドレッド様の取り巻きの令息たちと関わったことのある人も、今の私のような気持ちになったはず。
他人の交友関係に口を出すなんて、人として恥ずべきことだわ。
でも、今の私には何もできない。
腹立たしいけど、それが現実。
リリーシアの頃ならまだしも、ただの平民の私が抗議したところで暴力で排除されて終わりだわ。
だから、やるなら相応の力が必要。
(ふふふ、エイベル殿下と結婚すること以外にも目的ができたわ!ミルドレッド様、絶対にあなたの所業は許さない!)
ミルドレッド様のような卑劣なことをする人には絶対に屈しない。
誓いを新たに、私は本を読み進めていく。
(エイベル殿下と結婚して王太子妃になれば、ミルドレッド様の目的はつぶせるし、取り巻きの令息たちに対しても苦言を呈することができるわ)
俄然闘志を燃やし、私はどんどん本を読み進めていった。




