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1話

一部加筆しました。

ストーリーに変化はありません。

「ごぼっ!う…はぁ、はぁ………がはっ!」


 おびただしいほどの血が自分の口から流れ出るのを、私は信じられない気持ちで眺めていた。

 胃から何度もこみ上げ、その度に赤い液体が着ていたピンクのドレスを赤く染め上げる。

 周りにいた人が叫び声を上げて離れる中、たった一人、愛しい人だけが私の血で汚れるのも構わず抱き起してくれた。


「リリーシア!ダメだ、まだ死ぬな!」


 愛しい人であるエイベル殿下が、こんなにも悲しそうな顔をしている。

 そんな顔を自分がさせていることが申し訳ない。

 そう思っても、謝罪の言葉すら紡がせないほどに血はどんどん口から溢れていく。

 だんだんと意識が薄れていく中、エイベル殿下と出逢ってから今までの走馬灯が見えた。



 ***



 私は忘れない。エイベル殿下を見たときの感動を。


 6歳になった私-リリーシア・ヴァスト-はお父様であるヴァスト公爵に連れられて、初めて王城へと足を踏み入れた。

 今日のためにピンクゴールドのふわふわな髪は侍女たちに徹底的に磨き込まれ、お気に入りのピンクのドレスを着ている。

 王城はとても大きく、首が痛くなるほど見上げてやっとてっぺんに揺れる国旗が見える。

 侵入者を拒む高い城壁に、分厚くて真っ黒で堅固な城門。

 それをくぐると、磨き上げられた石畳が続いていた。

 石畳の両側に広がる庭園は庭師によって丁寧に整えられており、美しく刈り取られた芝生や生垣が見える。花壇には季節の花々が咲き乱れていた。

 その庭園の一か所に設けられたテーブルセットへ向かい、私は高鳴る鼓動を抑えながら、初めてあの方と対面した。


「リリーシア、この方はこの国の第一王子であるエイベル殿下だ」

「っ!り、リリーシア、です…」


 緊張でどもってしまった私を、目の前にいる私と同じくらいの身長の子は優しく見つめてくる。

 そよ風でなびくほどに柔らかな金髪は、太陽の光を受けて煌めいていた。

 瞳は王族特有の紫であり、かの少年が王族である何よりの証拠。

 目元はきりっとしてて、凛々しい。

 白いシャツにサスペンダーパンツとありきたりな少年らしい服装なのに、かわいらしいよりも格好いいと思った。

 まだ全体的に丸みがあるけど、将来にはとても素敵な人になるだろうと予感させる。


(この方が…エイベル殿下……なんて、素敵なの…)


 自分と同じ6歳なのに、彼にはもう王族としての自覚が感じられた。

 堂々としていて、立ち姿に貫禄がある。

 エイベル殿下の放つ雰囲気に私は飲み込まれ、あっという間に恋に落ちた。


「エイベルだ。よろしく、リリーシア嬢」


 どもった私のことを気にせず、柔らかな笑みで挨拶を返してくれた。

 その笑みはあまりに甘すぎて。

 お父様に空のようだと褒められた青い瞳を限界まで見開いて、私は固まってしまう。

 緊張と好奇心でうるさかった鼓動は、瞬間的に殿下への恋慕に染め上がった。

 だから、私の口からとんでもないことが飛び出したのは、きっと私のせいじゃないの。


「殿下、結婚してください!」


 一瞬、その場の時が止まった。お父様も、近くにいた侍女や侍従も、護衛の騎士たちも、誰もが動けなくなった。

 エイベル殿下も驚いた表情になったけど、すぐに笑みを戻して言葉を返してくれた。


「ああ、いいぞ」

「っ!」


 その瞬間、私は「人って幸せで死ねるんじゃないかしら?」って本気で思ったわ。

 うれしさのあまり、私はエイベル殿下に飛びついて、その頬にキスをしたの。

 だって、愛し合ってるお父様とお母様がいつもそうしてたから。

 だから私も真似したの。


 それが、私とエイベル殿下との初めての出会いだった。


 それから、私とエイベル殿下は何度も逢瀬を重ねた。お城で会ったり、我が家で会ったり。

 何度会っても、いつ会ってもエイベル殿下は素敵。

 お庭を歩くときはしっかりエスコートしてくれるし、段差があるときもすぐに教えてくれる。

 綺麗な花が咲いていれば、すぐにどんな花かも教えてくれるの。


「殿下はほんとうにすごいですね。お花のこと、何でも知ってる博士みたいです」

「…君のために覚えたんだ。君の前で、わからないなんて姿を晒したくないから」


 そう言った殿下はそっぽを向いていたけれど、耳がほんのり赤く染まってる。

 私のために努力してくださって、でもそれを口にしたことに照れてる。

 そんな殿下のことが、好きすぎて堪らなかったわ。


 お父様には、エイベル殿下と結婚したいならいっぱい勉強しないといけないって言われた。

 だからいっぱい勉強したの。

 最初はよく分からないことばっかりだったけど、王妃になるには必要な勉強だって言われて、頑張って覚えたわ。

 後から知ったんだけど、エイベル殿下は第一王子で、王位継承権第一位。将来国王になる方。

 だから、エイベル殿下と結婚するってことは王妃になる。

 それにふさわしい教養が必要なんだって。

 それが無いと、結婚できない。

 エイベル殿下と結婚できないなんて絶対イヤ!

 だから頑張ったわ。


 そうしたら、エイベル殿下も勉強頑張ってるって教えてくれたの。

 私たち、お揃いで嬉しい。


「リリーシア嬢にふさわしい男になるために、私も頑張らないといけないからな」


 そう言われて、余計にうれしくなっちゃった。

 お互いが、相手のために頑張ってる。それって、とても素敵なことだと思うの。


 勉強するなかで、結婚にはまず婚約が必要なんだってわかった。

 だから、すぐにお父様に殿下と婚約したいって言ったら、「12歳になるまで待ちなさい」って言われたの。

 このチェットアメン国では、12歳以上じゃないと婚約ができないんだって。

 国によって違うらしいけど、とにかく私はまだその年齢に達してない。

 そして結婚は16歳からなんですって。


 私とエイベル殿下は、12歳になったら婚約しようって約束した。

 エイベル殿下は、とてもうれしそうな顔で言ったわ。


「早く12歳になりたいな」


 この時も一緒のことを思っていたの。

 それが嬉しくて、また頬にキスしちゃったわ。

 そうしたらエイベル殿下ってば、顔を真っ赤にしちゃった。

 格好いいのに、かわいい時まであるなんて、素敵すぎて気絶しちゃいそうだわ。


 このまま婚約して、結婚。

 エイベル殿下の隣に私が立って、幸せになる。

 そんな未来を私は信じて疑わなかった。

 あんなことが起きるまでは。


 私がもうすぐ12歳になるちょっと前。

 それは王城で開催された茶会に参加したときだった。

 王城の庭園で行われた豪華なお茶会。

 そこに、白いテーブルと椅子が何脚も用意され、テーブルには様々なお菓子が乗っていた。

 エイベル殿下の歳に近い令息令嬢を集めた茶会。

 エイベル殿下にとって側近になりそうな令息を見極めたり、婚約者になりそうな令嬢を集めたんだって。

 お父様にそう言われた時は「私が婚約者になるのに!」って怒ったの。

 でも、


「形式上、これは行われてきたことなんだ。リリーシアも殿下も、互いに想い合ってることは分かるが、今日は我慢しておくれ」


 そう言われたら我慢するしかなかった。

 それに、ずっとエイベル殿下と会ったり勉強ばかりだったから私には友達がいなかった。


「リリーシアには、友達を作るいい機会だろう」


 そう言われると、確かに友達がいないのが寂しい気もしたの。

 お茶会ではエイベル殿下に挨拶したあと、令嬢たちが着いているテーブルでお話した。

 その中には、私と同じ公爵令嬢もいた。

 ミルドレッド・アイクオ。

 アイクオ公爵家の令嬢で、黒くて長い髪はウェーブがかかり、その目は血のように赤い。

 しかも、彼女もまだ12歳になっていないはずなのにすごい化粧が濃いの。


(なんであんなに濃い化粧をしているのかしら、不思議だわ。誰もまだ軽めにしかしていないのに)


 私も化粧をし始めたけど、それはどちらかといえば肌を整える程度だけ。

 だから、なんだかすごい異様な感じがした。

 それに、明らかに私をにらんでる気もするの。

 でも、そのにらんでる顔が、私が出された紅茶を飲んだときにふっと和らいだ。


(何だったのかしら…?)


 睨まれてたことに心当たりが全然無くて、不思議に思いながら紅茶を飲み進めていたとき、私に異常が起きた。


「うっ……くっ…!」


 いきなりお腹が痛い!

 大人しく椅子に座ってることもできなくて、私は椅子から転げ落ちるしかなかった。

 周囲から悲鳴が上がるけど、それよりも何かがこみ上げてきそうになった。

 王城で吐くなんて…そう思ったけど、こみ上げるものは抑えきれずに口から出してしまった。


「ごほっ!ごぼっ…えっ」


 吐き出したのは、血。

 真っ赤な液体が、私の口からとめどなく流れる。

 今日のためにと新調したピンク色のドレスが、もっと濃い赤にどんどん染まっていった。

 口から血がこぼれるたびに、私の意識は闇に沈んでいく。


(どう、して……何が……)


 自分の身に起きたことが分からなくて、私は混乱するしかなかった。

 そのとき、誰かに抱き起こされたの。

 もう目はかすみ、瞼を開けていられない。

 それでもなんとか視界に映る誰かを見ようとして、瞼を開けた先にいたのはエイベル殿下だった。


「リリーシア!ダメだ、まだ死ぬな!」


 その顔は、初めて見る悲しそうな表情だった。

 そんな顔をさせたくないのに、もう自分の命の灯が消えていくのだけは分かる。


(エイベル殿下……愛…して…)


 せめてそれだけは最後に言いたかったのに。

 それを言う力すらなく、私の意識は完全に闇に沈んだ。


 そして次に目覚めたとき。


「おぎゃあああああぁぁぁ!」


 私は平民の赤ちゃんになってました。

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