第9話 ささみとナゲットと恋バナと
【Aパート:マック女子会】
夕方のマック。
放課後の喧騒が遠ざかり、店内の空気はゆったりと揺れていた。
沙良の前には、ハッピーセットとナゲットが置かれている。
村瀬舞がポテトをつまみながら、テーブルにため息を落とした。
「マジ彼氏ムカつく。既読スルー3回とか、何なの?」
鈴木莉子が笑いながら相槌を打つ。
「いや、それは怒るわ」
沙良も頷きながらナゲットを口に運ぶ。
「わかる。でも、そこまで我慢できたのすごいよ」
3人の会話は、とりとめなく続いた。
ふと、莉子が沙良のトレーに目を留める。
「……てか沙良、それハッピーセットじゃん」
「うん。弟の直也の分。あと……」
沙良はナゲットを持ち上げる。
「ささみ生活の代わりにナゲット。鶏だし、たんぱく質だし」
「……努力の方向間違ってない?」
「さすが沙良。真面目すぎて逆に心配だわ」
2人は顔を見合わせて、吹き出した。
【Bパート:恋バナと自責】
舞が悪戯っぽくニヤリと笑った。
「で? 沙良は?
いい感じの人いないの? 陸部って少ないけど男子いるじゃん?」
莉子がすかさず乗っかる。
「そうそう。葛城くん。あの無口な子と話してるの見かけたよ」
「うん、たまに相談してる。
彼、雰囲気イケメンだよね」
「おっ、とうとう気になる人できた?
沙良、変わってるからちょっと心配してたんだよ~」
沙良は思わず、ナゲットを静かに置いた。
(……そう。私は最初から、ちょっといいかなって思ってて葛城くんに相談した)
(結果が出なくて苦しかった時、彼を使って自分から逃げてた……信じてるフリをすれば、少しだけ自分が楽になれるって)
胸の奥に、鈍く重たい痛みが広がっていく。
(“助けて”ばかり言って、自分で自分のことをどうにかしようとしなかった。
本当は……自分の問題だったのに)
店内のざわめきも、BGMも、ポテトをつまむ音も遠ざかっていく。
ただ、心の中で冷たい波が静かに、確実に広がっていった。
(葛城くん……ごめん)
【Cパート:街灯のあから】
「沙良ー? 聞いてる?」
舞の声が遠くで反響し、徐々に現実へと引き戻される。
「そろそろ行くよ~」
沙良はハッと顔を上げた。
莉子が心配そうにのぞき込んでいる。
「ごめん。ちょっと考えごと」
そう言って、無理に笑った。
だが心の奥には、まだわずかな痛みが残っていた。
(……彼はそれでも、黙々と走り続けている)
外の街灯の明かりが、夜の空気に静かに溶けていった。
沙良は深く息を吸い込み、小さく拳を握った。
(私も……頑張らなきゃ)