第6話 怒られるのも“セット”です
【Aパート:沙良】
(“振り子のイメージ”……)
朝、自室の鏡の前。
私は何度もフォームの確認をしていた。
(葛城くんの言う通り。自然に脚を振る動きが、ストライド改善につながるはず)
(正しい努力。正しいやり方。
間違いはない……はず)
【Bパート:グラウンド】
放課後。
人気の少ないトラック。
“振り子フォーム”を意識して走り出す。
1周目、違和感。
2周目、痛み。
(……えっ? 太ももの付け根……痛い)
ペースを落としても、痛みは残った。
顧問が走路の端から近づいてきた。
「佐伯。止まれ」
私は素直に説明した。
「……葛城くんのアドバイスで、“振り子のイメージ”を試して……」
顧問は深くため息をついた。
「葛城を呼んでこい」
【Cパート:監督室】
葛城と私は、並んで立たされていた。
顧問は葛城をじっと見た。
「お前が選手にアドバイス?
知識も実績もないのにか?」
葛城はうつむいた。
「……すみません」
今度は私に視線が向く。
顧問は腕を組んだまま、淡々と語った。
「……いいか、佐伯。お前の走りに“正解の型”なんてない。体格も筋力も感覚も人それぞれだ」
「人の意見を鵜呑みにするな。
必要なのは、自分の体に合うものを“選ぶ力”だ。
誰もそれは教えてやれない。自分で探せ。それが選手だ。わかったか?」
私は息をのんだ。
「……はい」
(答えは自分の中にしかない。
誰も教えてはくれない……)
顧問は淡々と続けた。
「佐伯は帰れ。無理するな」
「……え?」
「葛城。お前は練習を続けろ」
「……はい」
監督室を出た私は、葛城くんに小さく会釈してその場を去った。
葛城は何も言わず、ただ背中で黙ってそれを受け止めた。
冬の風が昇降口を吹き抜ける。
私は静かに、自分のフォームについて考えながら校庭を後にした。
(“正しい走り”は自分で作る……
それが、アスリートなんだ)