第5話 ささみ地獄の罠
【Aパート:沙良】
(……今日もささみ)
朝:ささみサラダ。
昼:ささみ弁当。
夜:ささみスープ。
間食:水。
(よし。これぞアスリート食。筋肉の材料100%。脂肪カット。完璧!)
「……あんた、本当にずっとささみ?」
母の声が台所から聞こえる。
「うん。ささみは高タンパク低脂質。最強のアスリート食だよ」
「スーパーの店員さんに“またささみですね”って言われたんだけど……」
「気のせいだよ」
(努力には犠牲が必要。私は正しい。きっと大丈夫)
「姉ちゃん、また、変なことやってる〜」
ゲーム機を持った弟・直也が冷めた目でつぶやいた。
***
数日後――
(……なんか、重い……)
走り出すと、下腹部が妙にスッキリしない。
体がだるくて、ピッチも上がらない。
(ささみは……完璧だった……)
葛城くんは「ささみ」とは言ったが、「ささみだけ」とは言ってない……。
少しの葛藤の末、こっそりと“別の食材”を少しだけ取り入れた。
数日後には、不思議と軽さが戻ってきた。
(よし……これで、上半の筋トレやればOKよね)
沙良は、完璧に近づいていく自分に満足していた。
【Bパート:グラウンド/顧問&沙良】
冬のグラウンド。
私は、久々に感覚の良い走りを取り戻していた。
が、顧問の声が飛ぶ。
「佐伯、ストライドは悪くないが、膝の引き上げが甘い。もっと脚を前に振れ」
「はい!」
(可動域……そこはまだ意識してなかった。じゃあ次は、そこだ)
私はすぐに、“相談すべき相手”の元へ向かった。
【Cパート:沙良&葛城】
放課後。
トラック脇でストレッチしている葛城くんを見つけた。
「葛城くん!」
「……またか」
彼は苦笑しながら立ち上がった。
「脚の可動域を広げたいんだけど、何かいい方法ある?」
葛城は一瞬驚き、すぐに口元を引き締めた。
(佐伯さん、頼ってくるなぁ……。しっかり回答しないと)
「うーん……まあ、“振り子”みたいな感じ?
力まずに脚を前後にスイングさせるイメージ。えっと、膝を軽く曲げたまま、前後にリズムよくブランコみたいに動かす感じ。
意識すれば自然と可動域は広がるはずだよ」
彼は妙に自信ありげに言い切った。
(……結構いいアドバイスじゃない? 俺)
沙良は即座にうなずいた。
「わかった! やってみる! ありがとうございます。コーチ!」
「……だからコーチじゃ……」
葛城は少し照れくさそうに後頭部をかいた。
(……次はどんな相談がくるんだか。でも、悪くないな。この感じ)
そんな余韻に浸る彼の前で、沙良はすでに“振り子フォーム”の自主練を始めていた。