第2話 わたし、全部やってます!
【Aパート:沙良&葛城】
「……お願いします。コーチ!」
自分でも“あっ”と思った。
言いたかったのは葛城くんだったのに。
(つい“コーチ”って……)
(まあいいや。面白いし。今日から葛城くんはコーチってことで!)
そう思った瞬間、ほんの少し心が軽くなった。
それに、お願いするのは事実だし、なにより今はそんな細かいことより大事なことがある。
「……全部やってもダメだったんです。葛城くんなら……きっと何か分かると思って……」
顧問の「肩の力を抜け」、先輩の「もっとピッチを上げろ」、雑誌、動画、SNS……。
私は言われたことは全部やった。全部、全力でやった。
(きっと、まだ知らない“なにか”があるんだ。もっとやらなきゃ……!)
そんな思いで、私は葛城くんに頭を下げた。
冷たい冬の風がグラウンドを吹き抜けた。
【Bパート:葛城視点】
「……はい?」
思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
真剣すぎる沙良の瞳に、体が固まる。
(いやいやいや、なんで俺? エースの佐伯が?)
「……だから、わたし全部やってます! 本当に、もう何でも試したんです!」
沙良の言葉を聞いた瞬間、葛城の内心に冷たい汗が流れた。
(まさか……本当に“全部混ぜ”してるのか……)
「朝練も夜練も、動画も雑誌もSNSも……それでもダメだったんです!」
沙良は指折り数えながら、小声で確認していた。
「肘は……骨盤は……ピッチは……」
(……真面目すぎんだろ。いや、限度ってもんがあるだろ……)
「……あー……うん。全部やるのはいいけど、バランスが大事かな。
まずは1個ずつ体に染み込ませてから……ね?」
(……とりあえず逃げとこ)
沙良は勢いよく「はい!」と返事をして駆け出していった。
振り返って、一言。
「ありがとうございます。コーチ!」
(いや、だからコーチじゃねえし……)
グラウンドに駆け出す沙良の背中を見ながら、葛城は思わずため息をついた。
だが、その胸の奥には――
不思議と温かいものが、じわりと広がっていた。
(……頼られるのも、まぁ悪くないかもな)
空を見上げると、灰色の雲が少しだけ薄くなっていた。