第10話 二人のスタートライン
【Aパート:葛城&沙良】
冬の朝。
冷たい空気にマフラーを巻き、沙良は白い吐息を漏らしながら歩いていた。
学校へ向かう通学路の先に、ひとりの背中が見えた。
細身のシルエット。少し猫背。
葛城悠翔だった。
「……葛城くん?」
沙良の声に、葛城がゆっくりと振り返る。
珍しく、自分から歩み寄ってきた。
「おはよう……佐伯さん」
「おはよう。……どうしたの?」
葛城は一瞬視線を落としたあと、ふっと息を吐いた。
【Bパート:葛城】
「……この前のこと、謝りたくて」
「え?」
「振り子のフォームのこと。
結果的に怪我させたのに、何もできなかった」
「そんな、葛城くんのせいじゃ……」
「でも……自分で気づいたんだ」
葛城はゆっくりと言葉を続けた。
「俺、ずっと中途半端だった。
部活も、陸上も、知識も。全部“やってるフリ”。
本当は何もできない自分をごまかしてただけだったと思う」
葛城は小さく息を吐いた。
「……でも、佐伯さんを見て、変わろうと思った。
本気で“誰かを支えられる人間になりたい”って」
沙良は黙って、葛城の横顔を見つめた。
冬の光が、2人の影を並べて伸ばしていた。
「進路も、スポーツ科学とか、トレーナーとか……
そういう分野を目指そうかなって。
まぁ、全然実力は足りないけど。これからちゃんと努力するつもり」
【Cパート:沙良】
葛城の真っ直ぐな言葉が、静かに沙良の胸に響いた。
(……葛城くんも逃げてた。
きっとスランプだったんだ。
でも今は、前に進もうとしている)
(だったら、きっと私も──)
沙良は優しく微笑んだ。
「……応援する。
葛城くんなら、きっとなれるよ」
「……ありがとう」
2人は静かに、頭を下げ合った。
朝の光の中、
それぞれの練習へ向かって歩き出す。
(私も、大丈夫)
【エピローグ ──スタートライン】
地区大会当日。
冬の空に、静かに陽が差していた。
スタート地点に立つ沙良の指先が、わずかに震える。
(葛城くん……見てて。わたし、きっと──)
スターターピストルが高く掲げられる。
空気が張り詰める。
パンッ──。
乾いた音が、冬空に響く。
沙良は、力強くスタートを切った。
*
葛城くん!
わたしに正しい走り方を教えてください!
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
『葛城くん!わたしに正しい走り方を教えてください!』は、一人の女子陸上選手が“正しさ”に悩みながら、それでも前に進もうとする姿を描いた物語です。
主人公の沙良は、ある意味で「極端に素直で、まっすぐすぎる」子です。
でも、だからこそ迷い、ぶつかり、それでも努力を続ける姿が、愛おしくなるキャラクターになれたかなと思います。
他の作品ではあまり見かけないタイプかもしれませんが、そんな彼女を少しでも応援したくなってもらえたら嬉しいです。
そして、葛城くんのように、誰かを支えたいと願う人にも、静かにエールを送れたらと思っています。
今後、彼らがどんな未来を選んでいくのか。もし続きを書けたときには、また読んでいただけたら幸いです。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!