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YAMAGUCHI DEAD END  作者: 遠藤信彦
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カワイイ看護婦さん

シワだらけの膝が赤くなっている。強く打ちつけたみたいで、皮膚もハゲて血が出ている。大人の親指の先ほどの傷であり、赤くジュクジュクしている。その傷に向けて30cmほど離れたところで消毒スプレーを数回噴射する。傷に直接ガーゼを当てると、乾いた時に張り付いてしまうので、裏地に張り付き防止のネットが付いたガーゼを用意した。ハサミで傷よりも少しだけ大きめに切り、テープを使い貼り合わせる。このガーゼも残り少なくなってきたなと、老人の治療に当たっていた看護婦は思った。

看護婦は実際は10歳の少女だった。戦争が始まってからは健康であるものは全て労働の義務が生じるので、この少女は看護婦として働いているのっだった。少女には病院での正看護婦の補助の役割を当てられていた。いくつかのテストで適性があると診断されたからだ。そして少女もこの仕事を気に入っており、夜学校が始まる夕方までのこの仕事が好き過ぎて何度も遅刻をしていた。いつか正看護婦になりたいと思い、そのためには仕事はもちろん、勉強も頑張らないといけないのは先輩看護婦からよく聞かされていた。

少女は大きな瞳に大きな耳を持っていた。髪は戦時中らしく短く整えられており、短髪であることが彼女の顔の輪郭の美しさを強調していた。彼女の顔をよく見ると混血であることがわかる。でもそれは注意深く見てみないとわからない程度であった。ハーフではなく、クォーターなのかもしれない。

「痛いの痛いの飛んでけ!」

少女は復活の呪文を唱えると、患者である老人の目を覗き込み、微笑んだ。

『ありがとう、久しぶりに恋に落ちそうじゃわ。』

老人は微笑み返すと、財布からお小遣いを取り出そうと思ったが、お金が価値のないものになっていたのに気づいてやめた。あいにくキャンディーすら持っていない、お礼をしたいができないのが悔しいと、老人は言った。

『気にせんでええんよ、おじいちゃん、、仕事じゃけぇね。それよりも今度、みんなに竹馬作ってね。約束じゃけぇね!』

うんうん、と老人は微笑み、頷いて約束した。老人は元大工だからそんなもん、お茶の子さいさいだと言った。

『お茶の子?』

『古い言葉を使ってしもうたわ、忘れんさい。竹馬ぐらいだったら簡単だから、いつでも作っちゃるけぇね。名前は何て言うん?』

『リカ!橘リカよ!』

『リカちゃん、約束したよ、私はヨウジっていうんじゃ。おじいちゃんではなく、ヨウジちゃんと呼んでくれたら、今から竹馬を作るわいね。』

『ちゃんがいいの?変なの!じゃぁ、ヨウジちゃん、竹馬に乗りたいけぇ、作ってね?』

『よし!今すぐ作るわいね。』

老人が腕まくりをした。

『リカちゃんのお仕事が終わるまでにこさえるけぇ、楽しみにしちょきいね』

老人は傷口を庇いながら治療室から出ていった。頼まれごとをされて、とても嬉しそうだ。

リカはヨウジに作ってもらった竹馬で一通り遊ぶと、夜学校のために一旦家に帰り、簡単な食事を済ませてから登校した。正看護婦になるために勉強を頑張っているが、思いのほか成績があがりすぎてしまい、看護婦ではなく、医者を目指した方が良いのでは?と先生にも揶揄われている。

ノートやペンがもったいないので、生徒は書いて覚えることができない。皆必死に黒板を睨みつけている。もちろんリカも睨みつけているのだが、彼女はあまり難なく黒板を記憶できてしまう。

小郡おごおりの駅に近い学校、元は中学校だった建物にリカは通っている。リカはもともと下関に育っていたが、戦争が始まり、福岡と山口を分ける関門海峡に近い地域は’危険なので、リカは小郡に疎開してきたのだ。リカは戦時中の今が嫌いではなかった。物質的には貧しいが、以前のように皆が自分の携帯電話に忙しいことがなくなったからだ。必然と家族の会話が増えたし、友達との会話も増えた。体を動かすことも増え、それに伴い、なんとも言えない不安に付き纏われることもなくなった。SNSやテレビのニュースに流されなくなったからだろう。第一に仕事で褒めてもらえ、必要とされ、学校でも良い成績を修めている。こんな毎日ならいつまでも続いてほしいと密かに思っていた。

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