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YAMAGUCHI DEAD END  作者: 遠藤信彦
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傷ついた男は語る

『中国の爆弾が落ちてからは、広島には秩序っちゅうもんがのうなった。呉の海軍は自分たちの家族を連れて沖縄に逃げるし、県内の自衛隊も誰も統率っちゅうもんをせんかったけぇ、みんな武器を持って逃げてしもうた。山口とは違って知事が一番最初にシンガポールに逃げたけぇ、誰を頼ってええんか、わかりゃせん。そしたら、ここぞとばかりにヤクザや半グレが動き出してきたんじゃ。街であからさまに銃を人に向け、金品を強奪し、食料を略奪し始めた。そして月日が経つにつれ、せっかく強奪した金銭、そして金やダイヤなどの貴金属が全く価値のない物になり下がったのを知ったとき、暴力組織同士の抗争や内部分裂が激しくなったんじゃ。』

男の話す内容は、内藤が既に知っている情報だったが、捕虜が話すのを中断しなかった。よく喋る男で、このまま好きに話させた方が情報を引き出せると判断したからだ。

内藤は老婆に捕虜の腹部の縫合を指示し、出血を止めさせていた。捕虜の男は情報を引き出した後は始末する予定なので、水だけを与え、コンクリートの床に直に寝かせておいた。男は続けた。

『自衛隊の奴らも警察の奴らも銃を持っちょったけぇ、最初は自警団でもやってくれるんかと期待しちょったんじゃけど、あいつらがまずやったんは自分の同僚や元上司に銃を向けることじゃった。』

男はゴホッ、ゴホッと咳き込みながら涎をコンクリートにたらした。

『人間っちゅうもんは分からんもんじゃいねぇ。昨日まで笑顔で働いていた同僚に銃を向け、上司に引き金を引くんじゃ。よっぽど仕事の恨みがあったんじゃねぇ。仕事の繋がりなんて何にもならん、何の足しにもならんっていうわけじゃいねぇ。寂しいねぇ。』

男が水をせがんだので、老婆が与えた。内藤の判断で水には薬物を溶かしてある。痛み止めと供述を促す目的があった。

『あちこちで銃声が鳴った。警察官や自衛官同士の撃ち合いだった。どうせ皆死ぬんだから、やったもん勝ちだと、あちこちで聞こえた。街には死体が山積みされた。アメリカも中国も広島には手を出さんかったっちゅうにね、なんであんなに死体が転がったんじゃろうか・・・。』

男が空な目で空を見る。もしかしたら男の家族も手に掛けられたのだろうか?

『お前は戦争前は何しちょたんか?』

内藤が優しく聞いた。多分もうすぐ始末に入るからだろう。

『ワシは小学校の教師じゃった。』

男が泣きながら答えた。口の端が震えている。恐怖からなのか、傷が原因なのかは分からない。薬のせいかもしれない。

『小学校の教師が子供を食うたんか?』

『仕方がなかったんじゃぁ!!!10日も食うてなかったんじゃぁ!!!』

男がエビのようにコンクリートの上を跳ねまわった。

『仕方がなかったんじゃぁ!仕方がなかったんじゃぁ!!』

自責の念があったのだろう、後ろ手にされ、足首も縛られているのに、内藤に向かって飛び跳ねている。喉元を食いちぎりそうな勢いだ。

『広島のクソが、ワシらの大事な子供を食いやがって。』

内藤が腰に吊るしていたリボルバーを取り出した。手が怒りで震えていた。

『お前にも女房や子供がおったんじゃろう?』

『戦争が始まって3日目でおらんようになったわ!!一言もなく、いなくなってしもうたんじゃぁ!!』

男が喉を振るわせ、泣いていた。

『わしゃぁ、同情せんけぇの?』

内藤が引き金を起こした。

『最後に聞くが、どのルートから山口に入ってきたんじゃ?』

『う、海からじゃ。夜中にサーフボードを使って入ってきた。陸路は無理じゃった。道路にはどこ行っても山口の藩兵がおるし、山には侵入者に対するトラップが多すぎる。山を選択した知り合いが何人も串刺しになって吊るされたわいね。』

『広島にはそんなに食いもんが無いんか?』

『ない、全く無い。みんな人を食うちょる。』

男は思い出したくも無いと言った表情で続けた

『山口はもちろん、島根にも入れんし、岡山は大阪や兵庫の人間が雪崩のように入ってきて広島より酷くなっちょる。東広島は岡山から来た人間と小競り合いが多うて、内紛みたいになっちょるって聞いた。広島のどこにも食料はないわ。みんな盗られた。』

内藤は少し男に同情した。戦争が始まってから分かったのは都市を抱える府県の弱さだった。山口や島根は迅速に廃県置藩を実施でき、鳥取と愛媛は独立国を宣言した。それができたのは一言で言うと、田舎だったからだ。その土地に生まれ、その土地に育った人間しかいない。結束力があった。それに反して都市を抱える広島や福岡などはどうしても他地方からの人間が多く、土地に愛着もなく、人に愛情もない人の比率が高くなる。必然的に略奪、混乱などが多くなり、纏まらず、争いが始まる。広島も市内と市外では全く違った状況だったと聞く。だがしかし、(福岡もだが)広島は伝統的にヤクザや半グレ、10代の非行少年が多い。政府がなくなり、警察も力を失った途端、彼らが暗躍し始めた。彼らは郷土を守ろうとしなかった。

『地獄じゃぁ、地獄じゃぁ!わしが何したっちゅうんじゃろかぁ!!』

薬が回ってきたのか、男が錯乱し始めた。涎を垂らしながら体を捩っている。目の焦点も合っていない。

『子供達が帰るまであと2時間ある、始末は後にしよう。銃声を聞かせたくない。』

内藤はゆっくりと銃の撃鉄を戻し、ホルスターに戻した。









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作者

遠藤信彦

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