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YAMAGUCHI DEAD END  作者: 遠藤信彦
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橋本ケンヂ?

ケンジは強い頭痛に悩まされていた。もしかしたら物理的な痛みではなかったかもしれない。自分の中の記憶と現実の違いが痛みという印を起こさせているのかもしれない。


医学や心理学などをはじめとする複数の博士号を持つリカの指示に従い、テストを受けた。体は健康そうではあるが、いくつかの記憶に不具合があるのならば、藩民の安全を守る職務を全うすることができないからだ。テストは最初から、いや、問題を始める前から躓いた。

「橋本ケンジ?」

リカが爆笑した後にちょっと不安げに訂正した。

「シにてんてんでジじゃなくて、チにてんてんでヂよ」

「??????」

「こう?」

ケンジはテスト用紙の名前の記入欄に書いたケンジをケンヂと書き直した。


橋本ケンヂ


「そう、橋本ケンヂ。私の大切な人の名前。」

テスト中にも関わらず、リカは彼の膝の上を占拠し、離れようとはしなかった。1分に1度の頻度で唇をケンヂの頬や耳に当てた。両腕でケンヂの頭と顔を包み込む。

「さあ、続けましょう。」

指を使ってケンヂの髪を掬う。

「リカちゃん、ちょっと集中できないかも。」

ケンヂがリカの胸の間にある頭を必死にずらして、目線をテスト用紙に向けようとする。

「ダメよ、死ぬほど心配したんじゃけぇね。」

リカがすこしずつ山口弁を混ぜている。ケンヂに早く前のように話して貰いたがっていた。

「これってテストですよね、博士?」

ケンジが苦しそうに言う。必死で鉛筆を動かす。鉛筆を持つ手が微妙に解答欄に届かない。

「抱いてぇね。テストはその後、もう3日も抱かれちょらんけぇね。出陣以外でこんなに待ったんは初めてじゃわいね。」

深く差し込まれた舌に抗えなかった。


テストの結果は最良だった。全ての質問に的確に答えられた。記憶は失われていなかった。数学、物理学、畜産、農業で満点を叩き出した。

「う〜ん、文句のつけようのない結果じゃね。明日の藩主と塾長との面談をパスできれば復職できるちゃね。」

黒曜石のような深い緑の目を凝らしながらテスト用紙を隅々まで見ている。左手で髪を掻き上げながらリカが安堵のため息をついた。

『自分でも不思議とすらすら解けちゃう。どうしてだろう?』

見たこともない数字の羅列にたいして何故か瞬時に答えまで導き出せる。わずかな時間しかかからない。

『ケンヂはね、人の誰よりも努力したんよ。ぶち優秀なんじゃけぇ。』

リカが自慢げに微笑む。私の旦那さん、最高で最強なんじゃけぇと付け足した。

『藩主っていう人は藩のトップだよね?』

ケンジが子供の頃の藩主の名前を出した。確かなんとかリュウセイってかっこいい名前の人だったと続けた。

『伊東龍生さん、初代藩主。今でもご健在よ。たしか今では柳生やないの方で中高生に”生き方”と国語を教えちょう。山口の藩主は大体二、三年で変わるけぇ、今は7代目藩主の有田敏光さんじゃいね。戦争が始まった後に成人を迎えた藩主ね。まだ20歳じゃね。私たちのように塾には入らなかったけど、本物の天才の一人。内向的で人見知りだけれど、その分思考が深い。多分誰よりも深い。普段は誰とも会わないようにしちょるの。側近たちもなるべく彼の思考を邪魔しないようにしちょるし。特に彼の朝の散歩時間には絶対に邪魔が入らんようにSPが5人も張り付いちょる。』

『そんなにすごい天才がいたんだね。』

天才だと思っていたリカがベタ褒めするので、よほどの天才なんだろうと想像を巡らせた。

『ケンヂも負けんくらい天才なんよ?性格のタイプが違うだけ』

リカが微笑む。

『会うのが楽しみになってきた。塾長は?僕の記憶だと小瀬谷塾長なんだけど?』

ケンヂが不安そうに聞いた。塾長は自分が学んだあの小瀬谷であってほしいと思っている。リカがニヤッと笑って頷いた。

『小瀬谷さんよ。私たちの塾長。彼がいなかったら今の私たちもなかった。』

順番からいって藩主に会うのが先ね、その後に塾長に会いましょうとリカが言った。






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