四国
『全軍前へ。』
ゆっくりと落ち着いた声で指示を出す。伝令が各隊に向かって走り出す。ここはもうすぐ終わるだろう。安堵の気持ちでレイジは胸を撫で下ろした。
高知が農業改革に失敗し、食べ物をなくし、隣接する香川、徳島、そして伊予国に打って出た。もともと血の気の多い土地柄の高知では戦争開始後の統率が取れていなく、内輪揉めが絶えなかった。高知は県のままで藩でもなく、国でもなかった。つまりもう既にこの世にない日本国政府をいまだに上に頂く形をとっている。そして誰もそのことに疑問を持つ者もいなかった。大事なのは今日を生きることであり、形ではないということだろう。
戦国時代とは違い、領土を広げようとする藩や国はなかった。人口が増えれば問題も増えるからだ。なので必然と専守防衛の形を取る。レイジも普段は守ることが役目であり、今日みたいに軍を前へ進めるのは珍しかった。
ガリガリに痩せ細った高知人がそれぞれに武器を持ち、前進してくる。火器を持っているものは見当たらない。皆目が窪み、眼光が鋭い。
『伊予ん者の結束力と統率力、そして喧嘩の強さ、しっかり見せつけたりましょうや。かまん、皆殺しにせんでもええ。追い返すだけで、高知の底力はしぼれるけんね。 わしらの強さがよう伝わったら、そうそう攻めてこんはずよ。 あとはあいつら同士で揉めて、勝手に食い合うけん。わしらは静かに、次の手を考えりゃええんよ。』
普段から軍事訓練を受けている伊予人はとてつもない強さを見せた。まるでゲームのように高知の男たちが薙ぎ倒される。首を狩られる者もいたが、今回の目的は手負にして追い返すことだったので、死なない程度に痛めつけられた。
ある高知の男が目の前で殺された仲間の肝臓に食らいついた。レイジはその男が仲間の内臓を美味そうに食べているのを見た時、高知の今の現状を推察することができた。
「ここで皆やっつけてしもうた方が、あいつらのためになるんかもしれんけどな…わしは、もうこんな景色は見とうないんよ。」
レイジは心でそう呟いたが、心を鬼にして高知人を殺すのをやめた。小一時間で相手を追い返した。見張りを立たせ、兵を休ませた。指揮を部下に譲り、自分は軍本部に帰った。
レイジは15歳の時に少将の位に就いた。旧日本国時代、日本一番長いとされた愛媛と高知の県境(国境)を守る役目を仰せつかった。全長240kmに及ぶ県境を守るのは至難の技であり、だからこそ若くて優秀なレイジに白羽の矢が立ったのだ。
初めの1年は特に大きな事件もなく、小競り合い程度であったが、高知が食糧政策に失敗してからは頻繁に県境を犯すものが現れた。レイジは県境に石鎚山系、四国カルストに常時するようになる。海の男から山の男と変わった。
そして少将に就任してから4年の月日が経った。レイジは22歳になろうとしている。
『香川から伊予との合併案がきている。あそこも伊予に比べ劣らないほどの国力がある。特に稲作で成功を納めてからは政治が安定して藩民の学力向上に力を入れている。新しい藩主の山田宗一郎は相当な切れ者で信頼もできる。』
伊予国の総理大臣を務める長居基成は会議室で皆の前で発言した。会議のメンバーは政治、行政、軍のトップ所である。総理の長居は軍大将を兼任しているので、レイジは今日は大将代理で参加している。
『統一がされるのであれば、ワシは一歩引いてもいい。もともとワシの専門は物理学であって政治ではない。』
長居は短く切り揃えた髭を撫でながら皆を見回す。
『しかし、総理になられてからは見事な手腕で国民を守られています。みんな長居総理を慕っております。合併の話ですが、我々から香川と統一する理由はありません。』
メンバーの誰かが長居を総理に頂く方が国民も幸せであると強く主張する。
『香川が欲しいのは軍事力だ。対高知、対大阪で疲れているのだろう。もともと人口が多くない。第一次産業に人員を割きたいのに、それが許されないのが歯痒いのだろう。』
初めての会議でレイジは緊張していた。会議は標準語で行われる。地元の言葉を使うとどうしても感情的になりやすく、物事を俯瞰して捉えられないからだ。10年以上続く伊予国の風習であった。その標準語でレイジは自分の意見を言った。
『仮に高知人を殲滅した場合、この伊予国での問題は減るでしょうか?』
『仮にを重ねますが、高知の人口が45万、戦争後に半分になったとしても23万の人間を殲滅するのは、こちらにも人的にも資源的にも大きな損害が予想されます。』
伊予一頭が良いと噂されている渡辺がレイジに返す。
『殲滅をせず、武力で制圧後に高知人を治められるとは思えん。広島人と同じで一度人間を食うた奴らはどうにもならん。信用はできません。』
訛りの取れない老齢のエネルギー担当大臣が言った。牛尾さんの言うとおりだと幾人かが賛成した。高知の人間に身内を殺された人も少なくない。みなどうしても感情的に排他的になってしまう。
『香川の犬になってはただ、高知を相手取り疲弊するだけ。』
牛尾大臣が重ねる。
『確かに香川とくっつく理由はないか。』
『しかし、香川の米は魅力的だ。この時代にどうしてあれだけの収穫量を得られるのか?』
『今の時代にあった米作りを学べられればそれだけでもメリットはある。』
『なんの、米作りは自分たちで解決できる。あいつらにできて伊予人にできんことはない。』
『弾薬は向こう持ちでよければ私は明日からでも香川に行けます。代わりに農業の専門家をこちらに送ってもらってはいかがですか?』
レイジの提案に何人かが頷いた。とりあえずはその線で行くか、向こうも損はないはずだと長居は言った。
『では、明日香川に100人を連れて行きます。』
レイジは起立して敬礼をした。




