覚醒
強い頭痛がする。
深い微睡の中にいた自分を無理やり引っ張り出そうとする誰かがいる。
何かかもしれない。
”やめてくれよ。起こさないでくれ。僕はもっと寝ていたいんだ。”
前頭部から顳顬にかけて強く絞られたような痛みだ。眉間の間に深い皺を作り、絶対に目を開かないと自分に言い聞かせる。
”誰だ?何故?起きたくなんかないよ。ほっといてくれよ。”
大きな怒りが湧いてきた。どうしてこんな目に会わなきゃいけないんだ。僕が何をしたっていうんだ?
両手でシーツを強く掴む。怒りの大きさに比例して痛みも強くなってきた。痛みに耐えかねた精神がそれを拒否するかのように回路を遮断しようとしている。朦朧としてきた。
”やった!!また寝れる!もう少し・・・もう・・す・・こ・し・・”
カーテンが閉まっていない窓からの光で僕は目覚めた。窓が少し開いていて風が少しずつ入ってくる。また少し吹いて僕の顔を撫でた。まるで母の掌のように優しかった。
殺風景な部屋だ。何もない。ベッドと机しかない。その机の上にも何もない。ここはどこだろう?見たことのない景色だ。ふと自分の掌が視界に入った。大きい。少しずつ脳が混乱してきた。自分の脳内の情報と現実に見える景色の不整合に戸惑っている。
扉の近くに全身鏡が見えた。自分を映してみる。そこには見たこともない少年がいた。鏡に映っている少年と目を合わしながら右手で自分の頬を触ってみる。彼も触っていた。鏡の中の少年は10代に見えた。彼は身長が高く、服の上からも鍛えられているのが一目でわかり、大きかった。
『これが・・・ぼく?』
急いで記憶を辿ってみる。僕は3歳だった時を思い出す。僕はそこにいた。5歳、7歳と僕は僕の存在を確認する。9歳・・・・確かに僕は9歳だった。疎開先の防空壕の中で祖父母と両親とでお誕生日会をしたのを覚えている。そしてそのあたりからの記憶がない。でも今の目の前の少年は10代の後半に見える。約10年間の記憶がないことになる。
激しい尿意が突然きた。この部屋にトイレはないみたいだ。扉を開ける。タイル張りの長い廊下が左右に通っている。
『病院・・・かな?』
幸いトイレのサインが見えたので用を済まし、元いた場所まで戻った。誰とも遭わなかった。これだけ広いのに・・・と,独りごちながらまだ何も理解できていない自分と向かい合った。
9歳の時の自分を思い出す。髪型や眉の形、顎のライン。はっきりと思い出せる。そしてそこから10年経過したとしたら・・・こんな顔だろうか?
『う〜〜ん。』
考えても考えても答えが出てこない。
”ガチャ”
急にドアが開いた。目の前には一目で混血だと思われる、白衣の格好をした女性が現れた。しばらく二人で見つめあった。
『びっくりした!!起きてたのね、ケンヂ。3日も寝たきりだったから、起きてないんだと思って。ノックしなくてごめんね。』
眩しくなるほどの美しい笑顔で女性は話した。
今度はこっちがビックりする番だった。この女性は僕を知っている。僕は知らない。なんとか思い出そうと頭をひねる。ダメだ、ぜんぜん思い出せない。
『僕たちはお互いを知っている。』
そう呟いた。女性は顔を近付けてきた。黒と金と銀と、いろんな色が混ざった前髪の間から鋭い視線を向けてきた。そしてそのまま口付けをしてきた。
『そう、私たちはお互いを知っている。とても深いところまで。』
唇を離した後に女性が続けた。驚いた目で見る。反応ができなかった。
彼女はにっこりと微笑んだ。
そしてもう一度唇をつけた。