飛行機雲
『むぅ・・・・』
『ん〜』
机の中央に将棋盤を置き、大人と子供が向き合っている。若干大人の方が長考気味である。思慮深いのだろうか?。過去には肥満体型だったのだが、戦争になってすっかり健康的に痩せた。大石力也はサイズの合わなくなった服に少し着せられている感が否めない。組まれた両腕にはかなりの力が入っていると思われる。太めの黒縁メガネの向こうの眉間には深いシワが刻まれていて眼光が厳しい。
『力也くん、まだ?僕本読んでもいい?』
ケンジの集中力が途切れてきた。さっきから何度もあくびを噛み殺している。
『ちょ、ちょっと待ってケンジくん、お願い!!あと少しだけ!!』
顳顬に噴き出た汗をハンカチで拭い、力弥が懇願する。力弥は将棋のプロである。まず素人には負けない。しかもこの少年に将棋を本格的に教えたのは自分だ。それがたった数ヶ月で5分の腕まで急成長した。しかも今日はケンジの方が駒を優勢に進めている。力弥は結局最初に考えた手を打ってみた。
『5秒考えても2時間考えても、1週間長考したとしても、考えて導いた答えは結局は8割は最初に考えたものと変わらないって塾長が言っていたが、その通りかもしれないね。直感を信じろか・・・・』
力弥がまだ諦めてないと言わんばかりに盤を睨みつける。間髪を入れずにケンジが一手指す。
『・・・・』
力弥が硬直する。
『むぅ・・・・・』
『ん〜、次の授業が始まっちゃうからね、今日はこれでおしまいね。』
大石力弥はケンジが指した一手を睨みつけている。将棋盤に集中し過ぎてケンジが勢いよく出ていったことも見えていなかった。
ケンジは走りながら校庭に出た。空を見上げると飛行機が見えた。白くて長い雲を引き連れている。
『珍しいな、飛行機かぁ。どこに行くんだろう?』
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静かで優しい波の音がする。
レイジは木刀を振っていた。週に3回ある剣道の日だった。男性であれば少年であっても剣道の訓練は必須であった。竹刀ではなく皆木剣で、屋内ではなく、草原や岩場などの屋外での練習が主である。この日は海岸での稽古であった。木製の短刀を与えられ訓練している。レイジには素質があったみたいで、”本番用”のナイフも革鞘付きで与えられた。余所者の自分に対しても差別なく良くしてくれる四国の人間がレイジは大好きだった。
『四国の街も人もみんな俺が守っちゃるけん。』
これがレイジの口癖になっていた。
剣道師範の木村浩一は特にレイジを可愛がった。14歳になったら長刀を教えると約束し、それまでは短刀で精進しなさいと教えた。が、実際には木村はレイジは短刀の天才だと見抜いていた。総じて男の子は”長もの”を扱いたがり、レイジも例外ではなかったので、木村の方便であった。木村はいつかレイジが短刀の良さに気づき、その道を精進してくれたらと願っていた。
『レイジは学問でも天才、剣道も筋がいい。伊予の未来はレイジの双肩にかかっちょる。』
会うたびに木村はレイジにそう言い、レイジを褒めた。
レイジが短刀を上段に構え、目線を上げた時に遠くに飛行機が見えた。白くて長い雲を引き連れている。




