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YAMAGUCHI DEAD END  作者: 遠藤信彦
23/24

海を渡る ミノル

潮風が顔に当たる。視線の向こう側は巨大なコンクリートでできた橋だった。向こう側は見えない。自分が本当に橋の上、海の上空にいるのかと疑問にさえ思う。

ミノルは配下100人を連れて瀬戸大橋を渡っていた。ミノル達は島根では跳ね返されたが、鳥取と岡山では略奪に成功した。あらかた食い尽くし、略奪もするものがなくなってくると、内輪揉めが増え出した。怪我をして動けなくなったものは喰われた。ミノルは自らの集団を広島鬼道と名付けていたが、その名の通り鬼が通る修羅への道のりに思えた。

次の目的地が必要だと悟ったミノル達は移動を開始した。現在最も近かったのは兵庫であったが、そこは中国の爆弾が落ちてからは広島よりもひどくなっていると専らの噂だったので、選択から外した。行くべきは山口と四国しかなかったが、山口は島根よりも強固な防御陣を敷き、兵隊も訓練されていたので四国しか選択肢がなかった。


その四国に向かっている。


瀬戸大橋は全長12kmだ。ミノルが小さかった頃、両親と車で横断したことを思い出した。泊まりがけの旅行なんて滅多にいけなかったので、今でも鮮明に覚えている。父は10年落ちのカローラを前日にピカピカに磨き上げ、車内を掃除し、交通安全のお守りをひとつ増やしてバックミラーからぶら下げた。身を飾らない父であったが、身につける物や道具はいつもピカピカだった。

母は前日に美容院に行き、3時間もかけて綺麗にしてもらっていた。普段から美しい母だったが、より一層美しく見えた。両親が楽しそうにしているのを見てミノルも嬉しかった。

『あの時は本当に楽しかったな・・・』

正面に見える与島を見ながらミノルは誰にも聞かれないように独りごちた。


ミノルの両親は両方とも公務員だった。父は警察官で母は市役所員だった。”俺みたいになるなよ”が口癖の父親に連れられて、ミノルは幼少期から柔道のクラブに入らされた。小学高学年になり、柔道の成績が伸び始めると、同時にレスリングもやらされるようになった。週7日、毎日格闘技漬けになった。ミノルは柔道、レスリング両方で良い成績を修めるようになった。中学3年の時に柔道で全国ベスト8になり、両親は

とても喜んだ。

母は格闘技で忙しいミノルを見ていたので、特に勉強を強制したりはしなかった。彼に時間がないのは分かっていたからだ。それでも計算能力だけはと、得意の算盤をミノルに教えていた。そのおかげでミノルの算数の成績はすこぶる良かった。

ミノルにとって転機が訪れたのは高校二年の夏だった。父が麻薬中毒者を射殺したのだ。包丁を振り回し、3名の民間人を切りつけ、1人を死亡させたのだ。その犯人を取り押さえるために拳銃を使用したのだ。父は2度以上の警告の後発砲した。警察もマスコミも拳銃の使用及び射殺を指示した。少なくない人が父をヒーローとして讃えたが、父の精神の方が持たなかった。2ヶ月後に自死を選んだ。最愛の父を失ったミノルは泣き叫んだ。悪を憎んだ。正義感が強い父を憎んだ。弱い人間を憎んだ。

『あねぇなクズのために父ちゃんみたーなぶちええ人が死なんにゃぁいけん理由が分からん。』

ミノルは柔道とレスリングに没頭した。父を忘れるために、母に経済的な苦労をさせないために、学費や奨学金などのために一生懸命練習した。その結果、柔道の成績は全国2位まで伸びた。東京の大学に学費も寮費も免除で合格した。母は喜んだ。息子を抱きしめてこう言った。

『偉くなりなさい。偉くなってお父さんを喜ばせなさい。』

ミノルはその言葉がきっかけで勉学にも没頭した。全日本の強化選手にも選ばれ、柔道を朝から晩までしていたが、少しの隙間時間でも勉強した。その甲斐あって大学4年間で全国大会優勝が1回、準優勝が1回、そして公認会計士の試験を現役で合格した。ミノルは母を楽にできる術を手に入れた。

しかしミノルが望んだ母との幸せな生活は訪れなかった。なぜならミノルが大学の卒業前、母と過ごすために広島に帰省した次の日の12月8日、アメリカが東京に爆弾を落としたのだ。










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