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YAMAGUCHI DEAD END  作者: 遠藤信彦
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大漁   伊予国

レイジは網を手繰り寄せる。おじさんの号令とともに力一杯引き寄せる。


福岡から下関に渡海するつもりが何の因果か愛媛にいる。あれからもうひと月が経った。おじさんは伊予国(愛媛は独立国として宣言している)で漁業の統括部長をしている。伊予国民が食べれるだけの魚しかとらない。他藩、他国との貿易はないので、それで十分だった。遠洋に出るためには燃料が必要だが、伊予には燃料精製工場があったおかげで今でも他県、他藩まで出て漁業ができる。しかし、もちろん燃料も無限ではない。いつまでこのような漁が続けられるのかは分からなかった。

レイジは網を手繰り寄せる。汗が乾いて白く粉を吹いている。

青白いとさえ見えたレイジの肌は、たったひと月で見事に茶褐色に日焼けをし、まるで野球少年のように見えた。毎日の大海原での肉体労働がレイジの荒んだ心を徐々にではあるが癒やしていった。

レイジは綱を手繰り寄せる。大きな波に揺られ、転げまいとふくらはぎに力が入る。

父ちゃんはもういないけれど、父ちゃんが眠っているこの海の上で働いていると何故かとても落ち着いた。


『大漁だ!!今日も大漁だぞ!』

漁師仲間の徳さんが嬉しそうに大きな声を出す。妊娠中の奥さんに美味い焼き魚を食べさせるのだと叫んでいる。

『待ってろよ!ケンシロウ!鯛めしを食わせてやるからな!』

ジロウさんも叫んだ。

『さぁ!引け!引け!網を引け!』

みんながそれぞれに思いを口に出している。

伊予国は比較的平和である。隣の旧香川、旧高知も平和であり、素晴らしく統治されている。軍事的拠点がなかったため、中国やアメリカの標的になっていないのと、広島や福岡などの都会から離れている事が大きかった。四国を統一国家とする案もトップ会談で行われており、かなり現実味がある話だった。

伊予国はその国の方針として子供にも労働を課した。どうやってモノや事が成されるかを現場で子供に見させたいのがその理由だ。漁は危険な仕事だが、その日の天気やコンディションなどを考慮すれば、子供でもついていくことができる。そしてレイジはおじさんに付いて漁に行きたがった。汗をかく肉体労働が最高に気持ち良かったし、船の上で食べる漁師飯が格別に美味しかったからだ。漁師飯とは新鮮な鯵類を開き、ネギや味噌、ニンニクと一緒に叩いて飯の上に乗せ、氷水をぶっかけて食べるという、豪快なものだった。

『もっと食えよ、レイジ、大きくなれよ!』

周りの大人たちもレイジを可愛がった。まるで自分の息子のように可愛がった。四国の男は例外なく大きくて力強くて優しかった。レイジもそんな男たちに良く懐いた。爆弾が福岡に落ちてからは滅多に優しい人たちと触れ合えなかった。毎日が死闘だった。文字通り、食うか食われるかだった。そんな福岡時代から比べたら船の上の労働なんて取るに取らないものだった。

レイジはどんぶりに入った漁師飯を口に運んだ。氷が口に入らないように箸で避けながら流し込む。味噌とネギとニンニクが混ざり合った米を噛み締める。同時に口の中いっぱいに旨みの香りが広がる。初めて食べた時は背中がゾクっとするほど美味かった。もちろん、食べ慣れた今でもとても美味いと思う。レイジは目を瞑り、ゆっくりと咀嚼し、味を堪能した。そしていつも通り一口だけ残した。残った一口分を持って船尾に行き、海に向かって流した。

『父ちゃん、ばりうまかよ! いっしょに食べんね!』

船の男たちはレイジの背中を見守っていた。そして皆確信していた。レイジは将来大きな人物になると。

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