関門海峡を渡れ 3 続き
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
父の顔は鮮血で染まり、左目からは目玉と共に矢と脳漿が飛び出ている。今は父の体は板切れに乗っていて浮かんではいるが、少しづつ水面に沈んでいっている。レイジは何度も声を出そうとしたが、上手く出てこなかった。
父の体が海に沈むと共に、ロープで繋がっていた自身も海中に引っ張られていくのが分かった。いっそこのまま洋介と共に海中へ沈んでも良いと幼いながらレイジは思ったが、すぐに気を取り直してロープを外した。子供でも解けるような結び方をしてあったし、ロープの外し方自体、100回も練習済みだった。あらゆる事態に対し、練習、対処済みであった。
『父ちゃん、父ちゃん、父ちゃん、、、、』
父と叫び、呼びながらレイジはそのロープを離した。父の体が海中に沈んでいく。
『父ちゃん、父ちゃん、父ちゃん、、、、』
レイジは泣きながら父に別れを告げた。
『くそっ!、くそぅ!!!ぜったい復讐してやる!!』
レイジは心に誓ったのだった。
幼いレイジは必死になって波を掻いたが、上手くいくはずもなく、いつの間にか疲れて寝てしまっていた。レイジが眠りから覚めた時には、見慣れない風景が広がっていた。関門大橋も見えない。ここはどこなんだろう?とレイジは思った。
着ていたはずのライフジャケットは脱いでいた。砂浜の近くの松林の下で寝ていたみたいだ。辺りは大分暗くなっており、人影も見えなかった。どこから声がして、その方に顔を向けると、うっすらと人が船腹で作業しているのが見えた。
『起きたか?よっぽど疲れとったんじゃろうなぁ、ずいぶん寝とったけんのぉ。』
60代だと思われるおじさんが近づいてきてレイジに言った。
『おじさん、ここはどこ?山口?』
たくさん寝たとはいえ、体が鉛のように重く感じ、意識もボヤけている。父を亡くし、たくさん泳ぎ、潮に任せて長い間流されてきた。色々なことが起きすぎた。レイジは声を振り絞って聞いた。
『ここは元愛媛県じゃ。今では伊代と呼んでいる。』
『愛媛?僕は下関にいたのに・・・』
レイジは首を振った。下関と愛媛だと距離がありすぎる。潮に流されてたどり着いたとは思えない。
『ワシは漁をしに山口のほうまで遠出しとったんよ。ほんでまぁ、たまたまじゃけど、おまいさんを見つけたんじゃわい。』
お前は運がいいやつじゃと続けた。おじさんが水筒から水を分けてくれた。
『松山には大きな石油工場があってなぁ、漁するもんには優先的に燃料分けてもろえるけん、遠出もできるんじゃけど、まさか人間の子供を釣るとはのぉ。おまいさん、山口のもんかいな?』
おじさんはにっこりと笑って聞いてきたが、レイジは感情的になって否定した。
『違うばい!福岡たい!山口なんかクソばい!山口のもんは鬼たい!一緒にせんでよか!」
あまりの剣幕におじさんは驚いたが、こんな世の中で、少年にも色々と事情があるのだろうと理解し、深くは聞かなかった。
『それで福岡には帰りたいんか?』
おじさんは優しく聞いたが、答えはNOだということは分かっていた。福岡は聞くも無惨な様相だと知っている。それでも聞いたのは少年の意思を確かめるためだった。少年の自らの意思でどうしたいのかが大事なのだ。
『帰るところなんかない。ここに居たい。』
将来はぜったい偉くなって、たくさんの人を従えて、山口に攻め入るんだ。絶対にアイツらを許さない。父ちゃんの仇は絶対にこの手で打ってみせるとは口に出さなかったが、目は十分に覇気を纏っていた。
『ほんなら、ワシとしばらく暮らしてみるかいのぉ。ほいじゃけん、今から自治会長に一緒に報告しに行こわい。』
おじさんとレイジは二人並んで歩き出した。




