関門海峡を渡れ2
『はぁ、はぁ、はぁ。』
潮が口に入って辛い。
洋介とレイジは海峡を渡ろうとしている。二人の間は一本のロープで繋がっている。レイジは一生懸命にバタ足をするが、前に進んでいる気にならない。父洋介の励ましのおかげでなんとか足をバタバタさせている。早く安全で安心できる土地で父ちゃんと二人で暮らしていきたい、レイジがバタ足を続ける理由は、それだけだった。
1時間も泳いだだろうか?、対岸が近づいてきた。
「「レイジ、もうちぃとばい、頑張りぃや!」」
洋介が励ましていると、海面を何かが叩いて水飛沫が散った。
『ビュン、ビュン、パシャン、プシャン。』
何かが海面を叩いている。レイジがそれをよく見てみる。棒切れのような物が空から落ちてきているみたいだ。
『うわぁ!矢ばい!誰かがうちらば弓矢で狙いよるばい!』
洋介は一瞬、信じられないという顔をしたが、すぐに気を取り直して後ろを振り向き、レイジの安全を確認した。
『父ちゃん!父ちゃん!父ちゃん!』
レイジが必死に叫ぶ、僕は無事だよと伝える。洋介がレイジと繋がっているロープを手繰り寄せる。二人は抱き合ってお互いの無事を確かめ合う。二人は弓矢の射程から逃れようとコースを変えた。
『レイジ、父ちゃんがぜってぇ守っちゃるけんな!絶対に父ちゃんから離れたらいかんばい!!』
洋介は執拗に弓矢で狙ってくる山口人に向けて憎悪の一瞥をくれた。こんなところでくたばってたまるか。洋介は絶対に山口に渡ってやると思った。渡ってしまえばなんとかなる、息子を救えると思っていた。いくら山口の人間が鬼畜でも、息子レイジを殺すことはないだろう。逆に言えば、自分は殺されると思っている。大分の人間が妻と長男を殺したように、自分は山口の人間に殺されるだろう。それでも良いと洋介は思った。息子レイジが助かる見込みが1%でもあるのならば、それに賭けようと思った。どのみち福岡にいても、息子レイジはいつか殺されて食べられてしまうだろう。そうなる前に渡海という、大ギャンブルに打って出たのだ。
『くそぅ!くそっっ!山口のクソがぁ!!』
洋介は必死になってクロールする。波を掻き分ける。
レイジは必死になって泳ぎながら父の顔を見ていた。尊敬と安堵の気持ちで見ていた。この父ちゃんがいれば自分はどこへでも安心して行ける。世界一強くて頼りになる父ちゃんだ。母と兄を亡くしてから、父は懸命に自分を守ってくれた。狂ってしまった人に何度も襲われた。自分を食べるためだ。そんな狂人相手に父は懸命に、勇敢に闘った。そして勝ってきた。
『父ちゃん、父ちゃん。』
レイジの父を想う気持ちが言葉に出てくる。父を呼び続けた。
『シュン、プスゥ、パシャ』
レイジが父を呼んでいるその最中、1本の矢が洋介の頭を貫いた。矢が後頭部から侵入し、左目を通って鏃が突き出て、海面を叩いた。
『あ”ぁ!!!!!!!』
声にならない声が響き渡った。




