関門海峡を渡れ
レイジは泳いでいる。前へ前へ泳いで行こうとするが、波によって跳ね返される。一向に進まない。関門海峡は最短で600メートルの距離であったが、海流が早く、泳いで渡るのは無理があった。
だが、レイジは進まなければならない。ここから、福岡から逃げなければ、食われるか爆弾によって死んでしまうのだ。浮き輪がわりのライフジャケットを身に付け、父、洋介とロープで繋ぎ必死に波を掻く。
2人は泳ぎが不得意ではなかったが、元々住んでいた地域が朝倉市であったため、海から遠く、海水での遠泳は不慣れだった。
「レイジ、がまだせ!あとちょっとばい!山口にはまだ爆弾落ちとらんはずやけん。食いもんもあるっち聞いとる。負けんなっちゃ!負けんなっちゃ!絶対生きちゃるけん!」
洋介は必死に泳いだ。この子、レイジを助けるためならなんだってやる。死んでもいいとさえ思った。関門海峡を泳いで渡るくらいなんてことはない。
最初の爆弾が博多に落ちた時、知らせを聞いた洋介と家族は大分に逃げた。が、大分の県境は固く閉ざされ、跳ね返された。そして県境に潜んでいた大分人によって妻と次男を射殺され、連れ去られた。あっという間の出来事だった。博多と北九州市が中国かアメリカから狙われるであろう事は予想できていたが、実際に爆弾が落ちるまではあまり切迫感はなかった。油断だったかもしれない。県境が固く閉ざされていて越境できなかったのは事実だったし、毎日が食糧を探すのに必死だった。家族を守るために文字通り血で血を洗う毎日だった。
元福岡県は九州で唯一経済的に成功していた県であった。長年独り勝ちの状態であったので、他県からの恨みや妬みを買っていた。アメリカの最初の核爆弾が東京を燃やしたあと直ぐに佐賀と長崎が同盟を組み、統合して独立国を宣言して福岡県境を切り離した。大分と熊本はそれに続き、3ヶ月後に佐賀長崎に編入された。この時に福岡との県境を強固なまでに閉ざした。狙いは福岡を独立したスケープゴート、生贄にするためだった。積年の恨みを持つ非福岡人は冷淡だった。佐賀、長崎、大分、熊本の思惑は的中した。中国のミサイルは予想通り博多と北九州市を焼き払った。元福岡県内は修羅が跋扈する阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
洋介とレイジはその地獄の福岡を横断して関門海峡までたどり着いた。爆弾が”焼き上げた”動植物を喰らい、廃屋で身を隠し、息を殺し仮眠をとった。途中で何度も狂った人間と闘った。生きのびるために殺した。何週間かが過ぎ、関門海峡が見えたところで二人から涙が溢れた。やっとたどり着いた。”ここ”はゴールではないけれど、なぜか涙が止まらなかった。
船やボートは既に海岸には1隻もなかった。二人は5日を遠泳の練習と休息に当てた。幸いにもこの地域の人々は既に逃げているか、死んでいたので襲われることはなかった。束の間の親子の時間と休息を得た二人は6日目の朝に海峡を渡ろうとした。




