『元』暗殺者の男
グレンデルは、体を再生させながら、片手で、がむしゃらにメイスを振るっていた。
……当たれば殺せるんだ!
薬師はいかに踏み込みが速かろうと、こちらを切るために、近づいてこないといけない。
こちらのメイスは高熱かつ重厚だ。当たれば一発で肉も骨も砕く。
薬師はこちらの核の位置を確かめた。だから、絶対に胸元目掛けてくる。そして、
……来たッ……!!
こちらの片手のメイスの空振りに合わせて、薬師が来た。
羽根を舞散らしながら、体を屈め、しゃがむようにしながら、切り上げようとしてくる。
いかに高速移動といえど、踏み込みの瞬間、インパクトの瞬間は速度が落ちる。だから視認は出来た。
それでも高速故、そこいらの魔獣や人間なら反応もできなかっただろう。片刃の切れ味も相まって切り抜けられる。けれど、
反応したとしても、舞い散る毒で死ぬのだろう。だが、
「オレは違う!!」
自分は対竜用に目も強化されているから見えている。毒も効かない。そして、片手のメイスが搔い潜られたのだとしても、
「奥の手がテメエだけにあると思うな!」
ずっとフリーにしていた、残っている手。再生したばかりで、頼りなく見える腕。そこにもう一本のメイスが握られていた。
「ッ!? 隠していたの!!」
邪竜の娘が叫びをあげる。陽炎の魔法を使い続ける余裕がなくなったせいで、見えてしまったのだろう。けれど、
……もうおせえ!
すでにメイスは振り下ろされた。
薬師の立ち位置では、自分の腕を斬るところまではいけない。それを薬師は分かっていたのか、
「――!」
剣の角度を調整して、メイスにぶつけに来た。
……勝った!
とグレンデルは思った。
メイスに剣をぶつければ、高熱かつ、重量のあるこちらが溶かし折れる。
そのまま顔を砕けば、自分の勝ちだ。
……奥の手は最後まで隠しておくのが有利ってもんだぜ!
そして、メイスと剣が衝突し、
「当たったァ!!」
そのまま自分の腕を振りぬいた。
すぐに薬師が断末魔と、打撃の感触が腕に来る――そう思っていた。
が、感触はなかった。なぜなら、
――キイン
という音と共に、切り飛ばされたメイスが目前に浮かんでいたからだ。
「なんで、俺のメイスが折れる……!?」
視線だけが眼前に移る。そこには確かにメイスがぶち当たった剣がある。根本を斬られたわけでない。最も太い打撃部は命中している。その証拠に切っ先は赤く熱されていて、
「明らかに、熱は伝わっているのに」
その答えは、薬師の声と共に来た。
「この剣はね。俺の加速で熱されても折れないように、頑丈になっているんだ」
メイスを切り払い、確実に核を切り裂くための振り上げの姿勢をとりながら、小さな声が聞こえた。
「魔王を殺せるように、あらゆる生物を貫ける硬さにする必要もあったんだろうけどね」
薬師の黒い翼が、ブースターのように光を強める。
黒い羽根が散らばる中、光の両翼が、まばゆく輝き、
「魔王だと……!? まさか、お前は……!!」
「さて、病原よ。治療のために死んでくれ」
死の威圧と共に。
剣は真っすぐ、振り下ろされた。
「――ッうおおおお!」
グレンデルは死に逆らうように、咄嗟に残ったメイスを振り上げ、防御しようとした。
今までの速度差から、本来は絶対に間に合わない行動だ。
けれど、身体が死に近づいたことによってか、頭のリミッターが外れたのか、不思議と、今まで以上の力が出た。
豪速でメイスは自分と剣の間に入り、壁となる。が、
――ザン!
結果は先ほどと全く変わらなかった。
メイスは切り裂かれ。
剣は、そのままグレンデルの体を、核を両断した。
再生は、もう、出来なかった。
「が……こんな……ところで……死ぬのか……?」
グレンデルは、膝から崩れ落ち、うめくような声を上げ、
「まだ、俺は殺したりねえのに……!」
倒れ、そのまま動かなくなるのだった。
〇
「炎の壁が消えていく……」
グレンデルが倒れた結果、その光景を、リリスは見ていた。
景色が開け、わずかに焼け跡が残る草原が広がっている。
その中で、立っているのはカムイだけだ。
先ほどまで発光していた黒い翼は、今はなく、持っていた剣も鞘――というか、棒に戻した状態で、こちらにやってきた。
表情は、今までと同じ。ただ、あれだけの戦闘を行ったのだ。リリスとしては少しだけ、どう接していいかわからなかった。
そしてカムイは、自分と父を見るなり、開口一番、
「薬の効き目はどうだい!? 火傷は……治ってるみたいだね!」
街の薬店にいた時と変わらぬ声で、店で診察していた時と変わらぬ態度でそう言ったのだ
「さ、最初に聞くのがそれなの……?」
「そりゃあ、俺は薬師だからね。渡した薬がどう効いたのか診るし、感想も聞くさ」
言いながら膝をつき、ヴァスキーの診察も始める。
「ヴァスキーさんの腕も、とりあえずはくっついたかな。増血剤も入れてあるし、顔色も良くなってるし。とりあえず、店に帰ったら、本格的に縫合だけど。運ぶだけで取れたりはしなさそうだね!」
そう言ってヴァスキーを背負いあげる。ずり落ちないように、ベルトで固定しながら、だ。
「め、面倒をかけるな……」
「いやいや、かまわないさ。それが薬師としてのやるべきことだし……薬が竜にもちゃんと効いてることがわかって、嬉しいしさ! いやあ、これの効きめが良いなら、新しい組み合わせの薬も毒も、いっぱい作れるぞ!」
カムイはニコニコ……というか、ちょっと怪しい笑顔を浮かべながら言っている。
それを見て、リリスはほっと息をつく。
「カムイって、変わらないのね」
「うん? 何がだい?」
「ううん。やっぱりカムイは良い人だって、改めて思っただけ」
「そう言ってもらえるのはうれしいね! とはいえ、リリス。君も、大分傷ついているから、店まで直行しないとね」
「え……きゃっ……!?」
カムイは言うなり、自分を抱えあげた。お姫様抱っこだ。
「わ、私は歩けるわよ……。は、恥ずかしいわ」
「こっちの方が速いから、気にしない。スノウを薬屋で待たせすぎるのも悪いしね」
言われ、記憶が鮮明によみがえった。
カムイと一緒にメイスの爆撃を受けた友の事を。
「そ、そうだ! スノウは無事なの!?」
「勿論。俺が抱えて爆撃を避けたからね。そのあと、キャッチしたヴァスキーさんの腕の保存処置も兼ねて、店に行って避難させたんだ。今は、薬を用意して待ってくれている手はずになってるよ」
「あの短時間で店まで戻ったの……」
凄まじい速度だ。いや、カムイならば出来るのだろう。あの戦闘を見た後なら分かる。
「ついでに冒険者ギルドに声をかけてきたから。悪さするオーガを倒しておくよって。だからあのオーガの骸の調査と処置もしてくれるだろうさ」
そればかりか応援まで呼んでいたらしい。
「まあ、だから安心するといいよ」
抱えながら頭を撫でてくれた、カムイは、歩き出す。
落ちる、という不安も一切感じない。しっかりとしたホールドをカムイの両腕から感じる。さらには、
……暖かい。
先ほどまで戦っていたからか。カムイのいつもよりも高い体温が、肌に伝わる。
今まで生物との触れ合いを避けていた自分は、抱っこをされるなんて初めてだし。ましてやこんな抱きかかえをされるなんて思わなかった。
視線を上げると、カムイの朗らかな笑顔がこちらを向いた。
「さあ、帰ろうか。俺たちの店に」
「うん……!」
そして、こちらを揺らすことなく、高速で、カムイは街へと駆けていく。




