毒を以て
グレンデルは、炎壁の中に入ってきた男の行動を、冷静に見ていた。
……薬師と言っていたが、飲んだのは強化薬の類だろうな。
人間を数十と倒してきたが、その中に薬師を名乗る者もいた。そいつらがとる行動は大体同じと分かっている。そして、
「そんなもの一つでこの状況をどうにかできるとでも思ったか!」
これだけの状況下で、薬師一人の行動で何も変わらない。
意味の分からない技の使い手であることは理解した。
油断はしない。
だから、奴の近くにいるオーガに命じた。
……斬りつぶせ!
方法も念話だ。薬師の最も近くにいた、大剣を持つオーガが斬りかからせる。当然、陽炎で見えなくしたオーガだ。
それで、叩き潰せば、人間がどれほど奇妙な技を持っていようが、終わりなのだ。
……見えない有利な地点から殴って殺す! これもまた良いねえ!
数秒後には血しぶきと共に目の前の男は倒れる。
そう思っていた。そして、
――ドバッ!!
と、薬師の背中から何かが噴き出した。
「はは! 狙い通り……ん?」
最初は血しぶきが舞ったのかと思った。だが、色とモノが違った。
まず色は黒だ。
更には噴き出したのは液体ではなく、黒く鈍く光る一対の翼だった。
その翼から鳥の羽のようなものが舞った。
そして、
「ガ……!」
薬師の横、翼の近くで剣を振り上げていたオーガが、舞った羽にあたっただけでその場から崩れ落ち、
――ドウン!
という音と共に、薬師の傍に倒れた。
意識を失ったのだろう。陽炎も外れてしまった。それらの様子を見て、翼をはやした薬師は笑う。
「おや、そこにもいたんだね。毒を食らって何よりだよ」
〇
リリスは、翼をはやしたカムイの背を見ていた。
……黒い羽根……? でも、カムイはただの人間だって……。
そんな疑問を抱いているとカムイの声が来た。
「驚かせてごめんね。俺の身体は毒を飲めば飲むほど強化されるが、一定量かつ特定の毒を飲むと、体に濃縮されていた毒を魔力と共に現出させる。そういう魔法的な肉体改造が施されているんだ。……つまりさっきのは毒でね」
自分の横に急に現れたオーガに慌てることなく、その倒れた体を見下ろして言う。
「触れただけで気持ちよく眠って逝ける、良い毒だろう? あ……一応、水薬に対抗薬は入れてあるから、二人は安心してね」
自分と父にはそんなふうに笑顔で言ってくる。だが、リリスとしては、焦りが心の中に浮かんでいた。
……毒による攻撃。確かに、普通のオーガには効いているけど……!
その焦りは、向こうにいるグレンデルにとって、余裕として表れていて、
「は、はははは! 何かと思えば、毒かよ! お前も! 毒で、俺を殺りきろうってか?」
大きく高笑いをしていたのだ。
そう、カムイは知らないのだ。炎の中で自分たちが、どういう戦いをしたのか。そして、奴がどんな特性を持つのか。
「カムイ。駄目よ。アイツは毒が効かないの……」
リリスは、力なく告げる。そして、
「くく、俺が直々にやってやるよ……! 毒使いの天敵のグレンデル様がなあ!」
グレンデルは、楽しそうに言う。
「おい、てめえらも来い。盾とタコ殴りの準備だ。毒だけは俺が受けとめてやるからよ」
そして、配下のオーガたちを集めて、自らの前に配置したのだ。
毒を脅威とみなさず、襲い掛かってくる気なのだ。
グレンデルの行動、言葉に、カムイがどんな顔をするのか。
リリスは怖くてしょうがなかった。自分たちを助けに来てくれた彼が、絶望してしまうのではないか、と。
だが、カムイがとった表情は、
「え……っと? 君は何を言ってるんだ?」
ただの困惑だった。
「え?」
その反応に、リリスも困惑した。
自分だけではない。
グレンデルも、目を丸くしていた。
カムイは翼を動かしながら、言葉を続ける。
「この毒は、他者に使うものじゃないよ? 君たちに毒を与えるのがメインじゃない。そんな勿体ない事、俺がするわけないじゃないか」
言いながら、カムイは杖を両手で握り、左右にずらした。
そうすることで現れるのは、鈍色の光。
「君たちに上げられるのは、散らばった羽の分と、コレに塗る分だけだね」
「片刃の剣……?」
カムイが普段から持っている、ツボ押し用だという棒。そこから、片刃の刃が現れたのだ。
刀身にほぼ反りはなく、二本の直線を引くように溝が彫られている。
「塗って使えば、効く毒だって言いてえのか?」
「それは与えてみないと分からないけど――これらの大半を使う先は、俺、だよ」
剣を抜いたカムイは、翼の片方を立てるように動かし、屈み、
「第一選択『毒』 投与」
言葉を発した瞬間。
――ドクン!
と、翼が脈動するように動いた。刹那、
――キイン!
という金属音が鳴り響き、
「――!?」
前にいたオーガすべてが、首をはねられた。
声すら発することなく、瞬く間に。
「今……のは……?」
起きたことは、単純だ。
カムイが、抜いた剣を振るった。
ただ、その姿はすでにオーガたちの向こう。
まるで翼の片方がブースターになったかのような、高速の移動と共に、切り伏せ、
「ああ! 毒がどんどん入ってきて気持ちがいいなあ!! 元気が出てきたよ!!」
テンションが高めの声と共に。
驚愕しているグレンデルの目の前にあったのだ。




