竜を相手取る薬師
リリスとスノウを保護した翌日。
「二人とも、体調はどうだい?」
「普通に歩ける程度には、元気になったわ」
「気持ち悪くもありません。大丈夫です」
二人の顔色的にも良くなっている。体力の方は問題なさそうだ。
「よし。それじゃあ、朝食をどこかの店で買いながら、解呪の店に行こうか」
街外れのさらに外れにある古ぼけた建物。
その扉をノックすると 出迎えたのは1人のエルフの老女だ。この街に来てからモカさん経由で知り合った人手、
「こんな朝早くから客かと思えば、お前さんか、カムイ。新しい毒の情報は仕入れてないぞ」
「それについては残念だけど、今回は別件だよ、ジルニアさん。この子達の解呪をお願いしたくてね」
言うと彼女は目を細めて俺と、背後にいるリリスとスノウを見た。
「なるほど。その子たち、普通の人間ではないと思ってたけど。人になれるクラスの召喚獣か。で、ウチに来たってことは、普通の召喚士ギルドじゃ難しい案件かい?」
「召喚疾患があってね。召喚術式による魔力障害が酷いから、術式の解除をお願いしたいんだけど、腕ききのジルニアさんの所に来た方が安心かなって」
召喚士ギルドが関係する店は他にもあるが、今日のような特殊な要件である場合は街はずれのこの人に頼むことが多いのだ。
「全く、口が上手い子だ。ま、ウチを選んだのは後悔させないけどね。……入りな。そこの子たちもね」
ジルニアが手招きすると、二人の竜はおずおずと頭を下げた。
「は、はい」
「お邪魔いたします」
緊張気味の二人と共に店内に入る。中には、様々な呪具や召喚道具が並んでいる。
どれも薄汚れている見た目だが、値段は高い。どれも一級品だという。買われた形跡がないからやや埃かぶっているが。
『腕はあるし、召喚士ギルドでも尊敬されているけど、クセがある人だからね。戦闘はからっきしだし、権力争いも嫌いだから、適当な土地を買った結果、街はずれに店を構えているのよね」
というのがモカさんの紹介された時に言われた言葉だ。実際、召喚士なのに、趣味で呪具を集めて売り物にしているあたり、クセは強いのだろう。
とはいえ、今は少女らにお茶を出しているし、面倒見は良くていい人ではあるのだが。
「さて、これから見るわけだけど。何者なんだい、この子達は」
ジルニアは、術式観察用のモノクルを目に装着しながら言った。
「詳しくは分からないよ。色々あって街中で保護しただけだから。本体は竜ってことくらいかな」
「ワケありか。一部始終を聞かせな」
とりあえず昨日、二人が捨てられた経緯と、状況を話すと、ジルニアは目を細めた。
「……召喚獣であるこの子達を放棄したやつがいたってことか」
「うん。一応来る途中、召喚士ギルドには投書しておいたけど」
ジルニアは僅かに息を吐き、
「……許しがたいことをするヤカラがいたもんだね。早いとこ、モカと協力して、血祭にして処断する条例を作らないと」
大分怖いことを言っているが、召喚術の広まりに、街のルールの整備が追い付いていない感があるのは事実なので。その辺りは、お任せしよう。
「すまんね、お嬢ちゃんたち。人間どもの都合で振り回して」
「い、いえ。良い人もいるのは分かったから」
「はい。カムイ様には、面倒を見て頂けましたし。昨日から夜通し、こちらを看病してくださいましたし」
リリスとスノウは、こちらを見ながらそう言ってくる。
「まあ、俺としては、飲ませた薬が正常に機能しているのか、異常はないのか確認するのは当たり前だよ」
寝ずに看病するのは当然のことではある。
「まあ、そう言って貰えると、召喚士としては感謝しかないね。竜……ちょっとだけ、その姿になってくれないかい? 直ぐに人に戻っていいからさ」
ジルニアの言葉に従いリリスとスノウは、竜の姿に変わる。
「ありがとう。お陰で、そろそろ解析が終わるよ」
ジルニアはモノクルに触れながら、言う。
「カムイ。解呪って、普通は何時間くらいかかるの?」
人の姿に戻ったリリスがそんなことを聞いてくる。
「そうだなあ。一般的な術式だと三時間くらいかな?」
大体は解析を終えたあと、どうやって解呪するか、何時間かかるか、などが分かる。
「三時間、ですか? それなら……本当に直ぐですね」
スノウは静かにそう言った
確かに、その三時間を終えたら、この二人を召喚士ギルドなり、元の居場所なりに送り届けるかなあ、と思っていると、
「はあ? なんだいこりゃあ」
ジルニアは眉をひそめた。
見たことがない表情だ。
そして一人で呟くように言う。
「術式がぐちゃぐちゃだ。絡まった糸よりひどいね、こりゃ。何を使ったらこうなるんだ」
「ジルニアさんがそこまで言うほどなんだね」
「今まで生きてきた中で見たことがないからね。間違いなく非合法、かつ未承認の召喚道具によるものだよ」
「解呪は、無理ってこと……?」
リリスは不安そうに言う。しかしジルニアは、首を横に振った。
「いや、この術式を分析すれば、解呪は出来そうだよ。一か月くらいは掛かるけど」
その言葉を聞いて、まず反応したのはスノウだ。
「一か月……?」
「スノウ?」
丁寧且つ礼儀正しかった彼女にしては、珍しい反応だ。そして、
「あの……無理やりの解呪は出来ませんか?」
そんなことを言い出した。
「ええ? そんなことをしたらお前さんの体がぶっ壊れちまうが、人間との契約は嫌なのかい?」
「い、いえ。カムイ様との契約は、いやではありません。むしろ有難いくらいで。だからこそ、ご迷惑をおかけするわけには……」
なるほど。こちらを気遣っての事らしい。
「俺は別に迷惑なんかじゃないよ? というか、薬師として、体に負担のかかる無理はさせたくないし。別に契約したり、家に住んでもらうくらいは何てことないさ」
居候が増えても、困る事ではない。そう告げると、しかしスノウは首を横に振った。
「違うのです。ご迷惑の規模が、そんなことではないのです。……もしも、このままなら、私をどこか町の外へ。人のいない場所へ連れて行ってください……!」
焦りながらの言葉だ。
「スノウ……?」
隣にいるリリスも、やけに慌てているスノウを心配そうに見ている。
リリスにとっても、この様子は今までにないことのようだ。何が原因だろう、と思っていると、
――ドドン!!
と、店の外から大きな音がした。
いきなりの音だが、窓から見える光景で、音の原因は分かった。そしてそれを見て、スノウは困ったような眼を向けていて
「遅かった……。もう、引き付けられていた……」
「――グオオオオオオ!」
「ドラゴン……野良の飛竜種の、成体かい」
そこには、街の近くにいることは到底ない、ドラゴンが降り立っていたのだ。
〇
飛竜の大きさは5mは超えているだろうか。
「わ、私、行きます!」
その降り立った竜を見るなり、スノウは店から飛び出そうとした。
その彼女の手をつかみ、俺は尋ねる。
「落ち着いて。どうしたんだい、いきなり?」
「狙いは、私です。私の体は、ああいう、動物的な竜や魔獣を引き付けてしまうのです」
スノウは自分の胸に手を当てながら言う。
「私の親が言うには、私たち一族の肉を食べると、生物としての格が上がると。だから私たち一族の存在を感じると、理性をなくした、あるいは、動物的な竜は、その本能のままに食いに来ようとすると」
「わ、私は別に、スノウを食べたいとか思わないわよ!?」
「はい。リリスさんのように、理性がある竜は大丈夫です。だけど、飛竜は……」
「まあ、どちらかというと獣に近い存在ではあるね。それも、猛獣ってレベルの」
魔王との戦いの際にも、敵味方問わず魔獣使いが使役していたし。
召喚士ギルドでも、能力は高いが、とても動物的で、扱いを間違えると死人が出るとの話を聞いたことがある。
危険度はかなり高めのティアに置かれていた。
とはいえ、気軽に町に近づいてこない程度の警戒心はあるので、召喚しない限り街の近くで見ることはないが。
それが今は窓の外にいて、涎をたらしながらふんふん鼻を鳴らしていたり、目をきょろきょろさせている。
「確かに、食べ物か何かを探しているように見えるね」
様子を告げると、スノウは震えながら、言う。
「竜種は、当然ですが、強い力を持ちます。野生の飛竜ですら、人の戦士が束になってようやく相手に出来るものだと聞きました」
それに対して、ジルニアも頷く。
「まあ、そうだね。あのクラスの生体だったら普通の人間の戦士20人はいるかな。アタシは戦えないから、その数には入れないけど」
「はい。ですから、非常にご迷惑をおかけすることになります。でも、私がこの場を離れれば、皆は助かります……!」
一人で出ていこうとした理由はそれらしい。だから、
「ジルニアさん、もしかしたら窓か扉、壊れると思うけど、いいかい?」
「構わないよ。やっちまってくれ」
「分かった。じゃあ、行ってくるよ」
そう言って、スノウを後ろにおいて、扉を開けて外に出た。
「え……か、カムイ様?!」
「スノウ。俺は、病み上がりの子を、捨てて逃げようだなんて思えないんだよ」
言いながら、扉の外に一歩出ると、飛竜がすぐそこにいた。
飛竜は一瞬俺を見た後、後ろにいるスノウに気付いたようで、
「ぐ、ウウウウウ……!」
嬉しいのか興奮しているのか、先ほど以上の涎をだらだらとたらし、近づいてきた。
「あー……戦闘用の強壮ポーションくらいならあるけど、要るかい?」
「大丈夫。自前のがあるからね」
俺は懐のポーチから、黄色い液体の入った一本の薬瓶を取り出し、口に含む。
「く、薬で強化したくらいじゃ、いくらなんでも竜の相手は……!」
「そ、そうよ! 私も毒を巻くくらいしかできないけど、そのくらいなら手伝うわよ……!」
スノウとリリスが後ろで慌てながら言ってくるが、
「大丈夫大丈夫。あと、これは薬じゃないんだよ。俺専用の毒だ」
そう言って、軽く告げた瞬間だ。
――ガブウ!!
と、飛竜の口が、俺の肩から腰を横断するように、噛みついてきたのだ
そして周囲に血がまきちった。
〇
目の前で、起きた光景に、スノウは息をのんでいた。
人が竜にかみつかれ、砕かれる。あの噛み方だと、もはや助からないレベルで。
……私は、優しくしてくれた人を、見殺しに……!
背筋が凍り付く様な感覚に襲われた。
こんなことになるくらいなら、甘えずにさっさと逃げておけばよかったのに。
甘えてしまった自分に後悔を抱いていると、だ。
「おお、興奮しているようだね」
そんな声が聞こえた。
血にまみれるカムイの声だ。元気そうに飛竜の鼻を撫でている。
「か、カムイ? 大丈夫、なの? その出血……」
「え? ああ、これは俺の血じゃなくて、この飛竜の血だよ」
言われ、よくよく見ると、
「グ!? グオオオオ!?」
噛みついている竜の牙が、粉々に砕けていた。飛竜も、それに気づき、痛みからか目をしかめている。
「人を噛んで、竜の牙が、折れる……?」
あふれでた血は、飛竜の口腔が傷つき、出たもの。見れば分かるが、そうなった意味が分からない。
……あの人の肌は、私の牙でも傷つくほどだったのに……。
その思いを見越してか、カムイは説明するように、こちらに向かって言葉を飛ばしてくる。
「さっき飲んだのは『硬化毒』というものだ。肉体を金属のように硬くする効果を持っていてね、デメリットは容量を超えて服用しすぎると内臓……特に心臓まで硬化して死に至る事。メリットは、これくらいの硬さを出せるってことだ。俺用に調合した毒というのもあるけどね」
「グ、オオオオオオ!!」
飛竜は折れた歯で、再び噛みつこうとしていた。が、その牙はカムイの肌を、突き破ることはない。
そしてカムイは、噛みつかれた状態で、
「よしよし! 血気盛んだけど、一旦落ち着いてくれよ」
竜の首根っこを片腕で抑え、
「うーんと、このタイプの竜と外皮越しに最適なのは――四本貫手!」
もう片方の手を槍のような形にして、
――ズドン!
と、凄まじい勢いで竜の眉間を突いた。それだけで、
――ガクンッ!
と、不自然に竜の体が震え、地面に膝から崩れ落ちたのだ。
「りゅ、竜の膝が落ちた……!?」
更に、竜は、痺れたように全身を震わせ続けている。そして、
「あとは――よいしょっ!」
カムイはそのまま、竜の首をひねるようにして、投げた。
巨体が、ふわっと、宙に浮き、そして地面に叩き落される。
「ガッ……!」
その衝撃で、飛竜はカムイから口を話した。
「こ、転がした? あれだけの体格差があって?!」
「額から脚につながる経絡を突いて痺れさせたから。あとは、竜の構造的に立ってられないからね」
ふう、と肩を回すカムイ。その肌には傷の一遍も付いていなかった。
「飛竜を含め、魔獣系の経絡は一通り頭に入ってるからね。本当は、針とか木の棒とかでやる方が乱暴じゃなくていいんだけど」
「ガ、ガア……」
息も絶え絶えな飛竜を見て、カムイは静かに口元に近寄り、青色の液体が入った瓶を取り出した。
「さあ、仕上げに特性の睡眠毒を上げよう。歯が砕けた痛みなんか吹っ飛ぶくらい気持ちよく眠れるぞー」
「グ……」
飛竜は口を閉じようとするが、それを無理やり押し広げて、カムイは薬瓶を放り込む。
「……人が、竜を、圧倒している……?」
……そんなの、見たことない……!
スノウは目の前の光景が信じられなかった。隣にいるリリスもまた驚いている。
「人の身一つで、竜を相手取って勝てるなんて……」
平然としているのは自分の後ろにいるジルニアで、
「あれでもカムイは、戦場上がりらしくてね。アタシから見ても、なんで薬師なんてやってるのかってくらい、強い奴なんだよ」
そんなことを言ってきた。そして、
「いよし! これで鎮静と脱力の施術おしまい!」
「クウ……」
飛竜はそのまま目を瞑って、眠ってしまうのを背に、カムイは悠々と戻って来るのだった。
【お読み頂いた御礼とお願い】
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