治すために
炎の中から現れたカムイに、リリスは驚きの声を上げた。
「か、カムイ! 大丈夫なの!?」
すると、彼はこちらを見て、大きく頷き、
「もちろん! スノウを抱きかかえて回避した後、ヴァスキーさんの吹っ飛んだ腕を拾ってくるのに時間をくっちゃったけど。今は薬草の膜で保存してあるから、安心してね」
と、早口で言った後、自らの懐から、包帯でぐるぐる巻きになった腕のようなものを取り出した。
「俺の白衣はどんな召喚獣を診れるように、耐火も耐氷も、あらゆる加護が施されているからね。こうして、ヴァスキーさんの腕もちゃんと無事にお届け出来たよ」
「で、でも、カムイの手は焼け焦げてるわよ……」
カムイの腕も衣服に守られているが、殴る際の拳は素肌をさらしていた。なので、
――ジュウウ
と、今も焼け焦がす音を立てている。
自分たちのような炎に強い種族ですら焼く炎だ。そうなるのが必然だが、カムイはにこりと笑い、無事な方の手で懐をあさり一本の瓶を取り出した。
「ここで登場するのはカムイ特性の水薬! 火傷なんてのは、この薬をかければ一発さ」
そう言って、瓶の中身を焼けただれた部分に振りかけると、見る見るうちに肌の色が戻っていく。
「すごい……」
「リリス。君も火傷しているから、使おうね」
そして、自分にもその水薬を塗ってくれた。
「あと、ヴァスキーさんをそこに寝ころばせてくれ。今、止血と鎮静の薬をしみこませた包帯を巻きつつ、腕の応急処置もしたいからさ」
カムイは、てきぱきと治療を進めていく。
まるで普段の薬屋にいるように、平然としながら、だ。
ただ、ここは普段の場所ではなく、
「おい! 薬師の治療だと!? させると思うかよ!」
声をあげ、妨げようとする者がいるのだ。
〇
炎の壁を突き抜けてきた男を見ながら、グレンデルは足元の配下に向けて叫んでいた。
「そこのテメエ、何を寝転んで休んでやがる。起きて突っ込め!」
薬師に殴られ、こちらに飛ばされてきてずっと寝ているオーガを蹴って起こそうとした。
「聞こえてるだろ、グレンデル様のお声がよ!」
だが、蹴って、体を仰向けにさせて気付いた。
「……死んでいる?」
既にオーガは息をしていなかった。
……さっきの一撃で死んだ、のか?
ただの拳一発だ。
戦士のようには到底見えない、薬師と自分で名乗るような優男の拳だ。確かに邪竜と拳を交えていたのは知っている。
けれど、配下のオーガたちは、邪竜の一撃に耐えうる強靭さを持っているハイオーガたちだ。力だけで殺せるとは思えない。
当たり所が悪く、首がねじ切れたのならば不思議ではない。が、足元のオーガは、至って綺麗だ。
……何か仕込んでやがったのか?
外傷もない。
「人間の力ごときで、どうやった……?」
呟くように言うと、声を拾ったのか、こちらを見ずに言葉を返してきた。
「オーガは筋肉が強靭だけど、神経や内臓が全て優れているという訳ではないからね。浸透勁という衝撃を内部に伝える技術があるんだけど、直接臓器に衝撃を伝えれば破壊も容易いし、首付近の経絡を破壊してもいい。オーガを破壊する方法は、身体を理解していれば、分かりやすいんだ。血栓を壊したり、治療にも役立つから覚えておくと良いよ!」
なんとも気楽に、隠すこともなく、どちらかというと、彼の前にいる少女に知識を与えるように。
こちらの壊し方を告げてきた。
そしてこちらを見ることもなく、世間話をするような態度で、ヴァスキーに包帯を巻き終えていて、
「これでよし! 止血と腕の簡易的な接着も出来たよ。あとは、落ち着いたら本格的に治せるし。腕もくっつくさ」
「そ、そんなこと、出来るの……?」
「俺が薬師となった以上、生きているなら治すさ。命も体も失わせやしない。……大丈夫! このくらいなら、寿命を縮めるような薬も使わずに完治出来るよ」
胸を張って薬師は言った後、
「一旦、応急処置完了ということでね」
こちらを見た。
「次は君だな」
明るい声と、人懐こそうな笑顔で。しかし、どこか怖気を感じさせる、そんな目で。
〇
カムイは持ってきた杖についたすすを払いながら、グレンデルを見た。
「テメエ。ただの薬師じゃねえみたいだな。殺す邪魔をしてくれるとは。まあ、この後殺れば、同じことだが……」
グレンデルはこちらを睨みつけながら言ってくる。害意も殺意もマシマシなようだ。
「ふむ。あそこにいるヴァスキーさんも、リリスも、今は俺の患者になっているわけだが。……君は、俺の患者を害そうとするんだね」
「だったらどうだってんだよ」
薬師となってから、様々な患者を診てきた。その中で、自分が『殺すべきもの』の捉え方が暗殺者時代と随分変わった。
生物の健康を害するものは、病気や傷や色々あるが、治療のためには元を絶たねば意味がない。
……昔とは意味が違うが、やる事は、同じだ。
俺は懐から一錠の丸薬を取り出し、かみ砕き、そして言う。
「俺は君を、病原と認識した。だから患者を治すために――薬師として、殺そう」




