飛び込むもの
リリスの言葉にグレンデルは笑い、そして腕を掲げ、
「できるものかよ。――現実を見やがれ」
パチンと指を一つ鳴らした。すると、
「既にお前らは囲まれているんだぜ」
グレンデルの背後、そして左右に、オーガが現れたのだ。先ほど、父と自分でどうにか倒した個体と同じものが、幾体も。
「陽炎で隠していたの……」
「当然だろ。圧倒的優位な地形で、有利な数で、有利な立場で、相手を殺す! これほど楽しいことはねえんだからな!」
勝ち誇ったようにグレンデルはオーガを率いて歩いてくる。自分たちを炎の壁に追いやるように。
「く……」
とリリスが歯噛みした瞬間、
――ユラリ
と、背後で膝をついていた父が立ち上がった。
その顔は、見たこともないくらい青白い。それでも、立ち、そして自分の前に出たのだ。
〇
ヴァスキーは朦朧とする頭と、ぐらつく視界で前を見ていた。
「パパ!? 何を……」
「確かにこの状況、貴様が有利だろう」
「おうとも。もう少しでお前を殺せそうだしな」
分かっている。既に自分の血は大量に失われていて、毒の生成量もゼロに近い。
先ほどの頭部への一撃のせいで、感覚も鈍い。
このままでは、物量に押されて沈むだろう。けれど、
「だからこそ、……貴様を殺せば、まだ、楽だろう……!」
最後の力を振り絞り、ヴァスキーは地面を蹴った。
……勝ち誇り、グレンデルが前に出てきた今だけが好機……!
そして、残った片腕を振りかぶる。その手の中にあるのは雨粒ほどの塊で
「毒を残してやがったか!」
「その通りだ……!」
先ほどからゆっくりとだが、生成を続けていた、死毒だ。
その効果は、痛みや痺れ、などではない。
生物の機能を止め、殺す、という最大のもの。
それを、小細工抜きで、ただ真正面から、拳と共にぶち込んだ。
――ズン!
と、グレンデルの胸元から鈍い音が響いた。
今の自分の力では、オーガの骨を砕くことも、肉を貫くことも出来ない。けれど、
「表皮から最高の毒を直接送りこめば、殺せるはずだ……!」
確実に毒の塊がグレンデルに刺さり、グレンデルの動きが止まった。そして、
「最後の力で、良いものくれるじゃねえか。流石は邪竜ヴァスキー」
驚きなのか、目を見開いてグレンデルは続けて、言った。
「でも……残念だったな……俺にはテメエの毒は効かねえんだよ!」
にやりと笑いながらグレンデルは言った。
言葉の通り、まったく効いた素振りもなく、だ。
「我の毒が、効かない……?!」
先の薬師でもあるまいし。自分が毒の生成をしくじったわけでもない。
……まさか……!
その答えは、手に伝わる、温度のない肉体の感触と、グレンデルの嘲笑から来て、
「はは、そうとも! お前の毒は生物にしか効かねえだろう? 俺はアンデッドオーガ。対邪竜用に、改造された個体なんだ――よッ!」
〇
ヴァスキーが言葉と共に、蹴り飛ばされるのをリリスは見た。
「――!」
強烈な力だ。踏ん張ることも出来ず、吹き飛ばされた。
そのまま炎の壁に激突しそうなところで
「パパ!」
リリスは抱きかかえるように、受け止めようとした。
勢いを殺しきれず、ともに転がってしまうが、
「くう……!」
炎の壁手前で止められた。
「すま……ないな……」
リリスは、弱り切った父親の声を初めて聴いた。
「喋らなくて良いわ! 傷の回復に専念して!」
抱きとめた腕から感じる力も弱弱しい。
そして、その弱りようはグレンデルにも伝わっているだろうに、
「さて、それじゃあ……まずは、そこのテメエ。押しつぶせ」
自分たちに近しいオーガに指示を飛ばした。
「……自分でやらないのね」
「さっきみたいに奥の手を隠し持たれてると有利な面白さが消えるからな。一方的に殴り続けられるようになったら手を出してやるよ。――ってなわけで、トドメだけは残せよ。俺は抵抗する気のない奴を殺すのだけやりてえからな!」
そんな指示に従って、棍棒を持ったオーガの巨体がゆらりと来る。
背後には鱗すら焼き尽くす炎。前には敵勢。逃げ場はない。
腕の火傷がひりひり痛む。涙も目に浮かぶ。
残った力とこの身体では、目の前のオーガ一体すら、倒しきれないかもしれない。でも、
……だとしても、こいつらの目論見通りになるのは、癪だわ……。
抵抗する気のない奴を殺すのが好きなのだと言った。であれば、
……最後の最後まで、抗い続けてやる……!
オーガの棍棒が振り下ろされようとする。
それに目を背けず、父を守るために手を振り上げようとした。
その瞬間だった。
――ドン!!
と、炎の中を突っ切って現れた腕が、オーガの顔面を殴り飛ばしたのは。
「!?」
腕の肉を焼き焦がしながら入ってきたのは、布を帽子のように目深にかぶった人影。その布は、見ればよく知る白衣だった。そして、
「いやはや、声が聞こえてきたから、突っ切って正解だった!」
布を脱ぎながら発せられるのは、いつも聞いていた明るい声。
「薬師として、治しに来たよ!」
カムイその人だったのだ。
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