炎の中で
「な、なによこれ……」
リリスの視界は、数秒前と大きく変わっていた。
背後、左右に広がるのは、炎の壁。
目の前には、失った肩部から血を零しながら立ち上がり、前方をにらむ父、ヴァスキーの後ろ姿があった。
そしてその奥には、先ほど投げつけられたメイスと同じようなものを担ぐ、角の生えた鬼人がいた。
鬼人は牙をむき出しにするように笑いながら、こちらに声を飛ばしてくる。
「いやはや、ありがとうよ! 標的が毒を使う戦闘をおっぱじめてくれて、俺としちゃあ大助かりだったぜ」
その言葉に、ヴァスキーは眉をひそめた。
「我らの戦いを見ていただと? 気配も感じさせずに……!」
「おうよ。詳しい理屈は分からねえが、魔王サマの手で頭に埋め込まれた、『陽炎』っていう特別な術でな。炎の魔法を応用して、身体を風景に溶け込ませられるんだと。『陽炎のグレンデル』って名付けられたくらい、特別な存在なんだよ、オレァ」
笑いながらグレンデルと名乗った男は、片手をあげる。すると、その部分だけが、景色に溶け込むように見えづらくなった。
その様子を見て、ヴァスキーは、舌打ちを一つし、
「なるほどな。魔王の改造を受けて、特殊な魔法を手に入れたものか。この炎壁も、その爆発するメイスも」
「はは、当たりだぜ。この炎壁がある限り、テメエらは逃げられねえ。外に助けを求めても無駄だ。一緒にいたやつらは、俺の一撃で吹き飛んでるだろうからよ!」
その言葉に、リリスはハッとして、
「カムイ! スノウ!!」
先ほどまで共にいた二人が居た場所――背後に声を飛ばした。
応答はない。炎のせいで、どうなっているかも見えない
「……邪魔っ!!」
だから、炎を振り払おうと、竜の剛力をもって、炎の壁に腕を叩きつけた。
それだけで風が起き、地面が割れ、ただの炎程度ならば、なぎ倒せるはずだった。だが、
「……ッ!」
炎の壁に少し触れただけで、激痛が走った。
反射的に振った手を止めてしまうほどに。
数瞬触れただけなのに、腕は火傷で赤く腫れあがっていた。
「リリス!? 平気か!」
その様子を見て、父が心配そうな表情と共にこちらを見た。
「う、うん。大丈夫よ、パパ……」
「……我が娘の力でも、消えぬ炎、か。改造体の中でも我らに特化した存在、滅竜獣者とやらか?」
こちらを見て、グレンデルは、ケラケラと笑い声をあげている。
「そこまで知ってるかよ。なら猶更、俺の炎壁を突破できると思うなよ。竜の鱗だろうが、瞬間的に焼き尽くす。対竜用に、そういう風に作ったらしいからな」
竜は基本的に熱に強い。竜の体の時には鱗が守るし、人間の姿になったときでも、圧縮された魔力が肉体を守るからだ。
低級~中級の炎魔法では傷ひとつもつかない。自分の体もそうだ。
にもかかわらず、この炎は魔力の防護をたやすく貫いてきた。
……魔王の改造体で、なおかつこれだけの力を持つものがいるなんて……。
リリスがそう思っていると、グレンデルは一歩一歩こちらに近づいてきていて、
「邪竜ヴァスキー。テメエの倒し方もついでに頭に入れられててな。『血液と魔力を組み合わせて毒を生み出す能力を保持しているから、まず深手を負わせて挑むこと』だそうだが。当たってるか」
煽るように告げた。
対して父は、失った右肩を個体毒で塗り固めて、出血を止めており、
「貴様一人くらい、この程度の傷を負っていようが倒すのに支障はない……」
対抗するように、そう言いながら、グレンデルに近づいていく。だが、その途中で、
――ドガン!
という音と共に、その体が地面に叩きつけられた。
まるで、上からぶん殴られたかのように。
「ッ!?」
「パパ!?」
頭から出血したヴァスキーの目は驚きで揺れている。つまり意図した動きではなかった。では何ごとか。
その答えは、ヴァスキーの横で揺らぐものにあり、
「ああ、忘れてた。俺の陽炎は、他者――つまり俺の配下たちを隠すことも出来るんだ!」
そこには、周囲の景色に紛れるようにして、こん棒を振りぬいたオーガの姿があったのだ。その体躯は二メートルを超えている。
……この大きさのオーガが、近くにいて気付かなかった……!?
視認どころか、気配まで隠される。あまりに特殊すぎる魔法だ。
リリスが思う間に、地面に付していたヴァスキーは飛びあがるように立ち、
「ッ消えろ!!」
残った左腕でオーガを殴り飛ばした。
片腕とはいえ、邪竜の一撃だ。一発で、オーガは、こん棒と腕を共にへし折られ、吹っ飛び転がる。
「まだ力は残ってるみてえだが……俺の配下はその程度の傷じゃ止まらねえぜ」
だが、すぐにオーガは立ち上がった。腕も折れていて無傷ではないが、戦意は衰えていない。
……オーガには、生まれ持った強靭な肉体がある。それは、上半身だけになってもしばらく生きる程だって聞いていたけれど……
配下と呼ばれたオーガもそういう存在なのだろう。再び父に向かおうとしている。
それを見て、沸き起こるのは、
「なら、私が戦るわ!」
怒りと決意だ。
オーガに対し、リリスは思い切り、飛び蹴りを叩き込む。
オーガの胸元に足先がめり込み、そして、
「――!」
グレンデルのほうにきりもみながら吹き飛び、そのまま転がって動かなくなった。
「……ヴァスキーの娘だったか。ニオイが混ざっていてわかりづらかったが、そっちもなかなか力はあるみてえだな」
「褒めてもらってどうも。……アンタをぶん殴って、さっさと出て皆を探して、そしてパパに治療を受けさせてやるんだから!」
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