外診:心的外傷
リリスは、思わず口を開けて、言葉を詰まらせていた。
「ど、どうして……それを……」
心の中に秘めていた部分を突かれた、と一瞬で思った。
「毒の話題になってから、君の様子はおかしかった。更には、定期健診以外では竜の姿になろうともしない事や、最初の出会いでの驚き方を考えると、ね」
ここ数日で分かってはいたが、カムイの観察眼は凄い。
それが自分に適応されたのだろう。
「本当は、心の柔らかい部分の話になるから、うかつに突っつかないほうが良いとは思っていたんだけど。でも、確かめておいたほうが良いとも思ってね。……実際のところ、どうだい? 言えるなら、で良いんだけど」
カムイは茶化さず言ってくる。そこまで分かられているなら、もはや秘める意味もない。だから、リリスは答える。
「そうね……。私は、自分の竜の身体が、好きじゃないの。触れるだけで周りの皆を痛めつける、毒を発する体が」
最初は、小さなことだった。
生まれてから、親以外に、触れられたことがない。
誰からも撫でてもらえない、と気づいたのは、本当に小さな時。
「私、家庭の事情でちっちゃな頃から、色々な人間に顔を合わせたし、お世話してもらうこともあったわ」
友好的に近づいてきてくれた人ばかりだった。
友達になりたいと思ってくれた子もいた。
けれど、その人間は、自分の毒に触れた瞬間、のたうち回った。
子供だけじゃなくて、大人でも、自分に指一本触れただけで、倒れた。
頑張って抑え込んでも、ほとんど変わらない。
皆、こっちを見るときには、触れちゃいけないものみたいに見る。
畏怖からか、恐怖からか、分からないけど。同じことだ。
そして、一度そうなってしまっては、毒を抑え込む人の姿を得ても変わらなかった。
「私、ずっとみんなと触れ合いたかったけど、ダメだったの。この姿でも、毒を出す器官があるんだから、当然なんだろうけどね」
周囲に会話をしてくれる人間がいても、竜がいても、友達として扱われることはなく。
握手ひとつ、ハグ一つすら、出来なかった。
どこか毒を持っているんじゃないか、と恐れられたから。
実際にため込んでいるだけで、毒を持っているのは事実ではあるのだけれど。人間の体でも、一部は毒を持っているし。
「誰も、私に触れることは出来なかったし。これからも誰も、触れられない。触れようとも思ってくれない。そう言われたの」
ほんの数日前を思い出す。周囲の人間には邪竜と呼ばれる、自分の親と言い争いをしたのを。
「言われて、その毒だけを誇っていればいいのだと言われて。まるで私が毒だけの価値しかないみたいに。だから喧嘩して、毒の出ない体になりたくて、そこにいたくないと思って――そのタイミングで召喚されたのよ」
その結果は、酷い物であったが。ただ、そこにいたくないと思うのは、今も変わらない。
しゃべっていて断片的過ぎるな、と思いながらも。頭に思い浮かんだことを、カムイにつげた。
すると、
「リリス。確かに、少しだけ認識が違うことがあるね」
カムイは静かにこちらの目を見て、
「まず第一に、君は、毒を含めて素晴らしい体を持っている!」
力強く、そう言った。
「え……」
「そして触れるものが誰もいないなんてのも間違いだ。なぜなら、俺は毒に喜んで触れるからだ! 望むのなら、俺がいっぱい撫でよう! 今でもいい! 撫でても?」
「べ、別にいいけど、って、ちょ、ちょっと……!」
何らためらいなく、そのまま頭を優しくなでられた。
カムイの暖かな体温を感じる。
「少なくとも、毒が理由で俺が君に触れることを嫌がることは、あり得ないからね。君がどちらの姿でも、だ」
力強く断言したあと、
「そして、君は、毒だけを誇るような存在じゃない」
カムイは少しだけ落ち着いた口調で言う。
「まず、何より優しい」
カムイはスノウの方に一瞬視線を送る。
「そして勇敢だ。スノウと一緒にいた時、彼女を庇ったり、俺の手伝いをしてくれる時に丁寧に道具を渡してくれた。さっきだって自分から剣士に協力して魔獣と戦ったね」
言いながらカムイは先ほどベノムウルフと戦った場所を見る。
「その優しさと勇敢さは、毒があるから持っているわけじゃない。君だから持ってるんだ。君の誇るべき良さだ。――だから毒と関係なく、俺は君を一杯褒めるし、いっぱい撫でるよ! 人の体でも、竜の体でも君が望んだ時にね!」
その言葉には一切、迷いがなかった。
毒が好きな人だし、自分の持つ毒が素晴らしいと思うのは本当なのだろう。ただ、それ以上に、自分のことをよく見てくれている。そのことが、よく分かった。だから、
「カムイ……貴方って、とんでもなく変ね」
思わず、笑ってしまった。
「そうかい?」
「うん。今まで貴方みたいな人間、見たことないくらいに変。――でも、ありがと」
なんとなくではあるが、気分が楽になった。そんな感覚がリリスの中にあった。そして、
「スノウもごめんね。変な話を聞かせちゃって」
いきなりこんな話をされて困っているだろう、と思いながらスノウに言うと。彼女は、何か静かに首を横に振った。
「いいえ。私も破壊しかできませんが。自分の身に触れる毒は破壊することが出来るので。一緒にいても、困ることはありませんでしたよ」
いつも大人しい彼女にしては珍しく、力の入った言葉だった。
スノウと一緒のかごに突っ込まれた時、出来るだけ毒に触れさせないようにしていたけど、どんどん弱っていくので自分の毒のせいだと思っていた。
カムイが診断して、召喚障害という病名がついた後でも、もしかしたら自分のせいだったかもしれない、と思うこともあった。
でも、そうではなかったようだ。
「……ありがとね、二人とも」
始まりは、毒の出ない体になりたいとか、そこにいたくないとか、逃げるように来たせいで、ひどい目にあったけれど。
「……この街に来れて、カムイみたいな人に出会えて、それと、スノウみたいな竜にも会えて、良かったわ」
「そう言ってもらえると、俺もうれしいよ! さあ、店に戻ろう」
来た時よりも足取りも心も軽くなったような状態で、リリスはカムイたちと共に、町へと戻っていく。
【お読み頂いた御礼とお願い】
本作品をここまでお読み頂き、有り難うございます。
「面白かった」
「この先が気になる」
「竜の子達可愛い! 続きが読みたい!」
少しでもそう思って頂けましたら、広告の下にある☆☆☆☆☆のポイント評価、そしてブックマークの登録をして頂けますと、作者のモチベーションになります!
どうぞよろしくお願いいたします!