「あなたのスキルはステータス画面の角すっごい硬いです」
ある日。当てなき道中。
賊に囲まれ、苦戦している女騎士の手助けをした。
手伝ったはいいものの、助けた相手は引いていた。
ステータス画面の角で、賊らの頭部を執拗に殴り続けたからだ。
「うわっ……りがとう……」
明らかに、引いていた。
「うわっりがとう」って言われた。
俺も相手の立場だったら「うわっりがとう」てしてるからしょうがない。
「……大丈夫なようだな。じゃあな……」
「あっ……。…………。……………………いや、待ってくれ! 貴殿に頼みが……!」
なんかものすんごい逡巡の後。
女騎士は話を切り出した。
「実はこの一帯にはびこる盗賊を討伐をするために参ったのだが、いかんせん私一人では力不足のようだ……。ぜひとも貴殿に助太刀をお願いしたく……」
「……何故俺なんかに助けを求める」
「いや、ステータスを見るにかなり強そうだったので……」
絶えず漏洩する俺の個人情報。
角でガンガンやるだけの能力にしてはハイリスクではあるまいか。
だが仕方あるまい。これしか俺には能がないのだから。
「盗賊か……。悪いやつは見過ごせんな」
「おお、では!」
「しかしいいのか。俺なんかに頼んで」
「礼ならする。報酬ならいくらか……」
「そういう話ではなくて……。またさっきのような展開になるぞ」
「さっきのような、とは……」
「相手の頭部を執拗にガンガンやる感じのアレだが……」
「…………」
「…………」
「…………。……………………た、頼む……」
ものすんごい逡巡の後、頼まれた。
頼まれたからには仕方ない。
俺は賊共の頭をガンガンやる決意をした。
* * * * *
転生してから随分経つ。
能力を貰ったはいいものの、酷いスキルであった。
女神は笑いを我慢していた。俺は泣きそうなのを我慢した。
神とはとかく陰湿なものだ。
それでも俺はがんばった。ウィンドウの角でガンガンやってきた。
最初の頃は最弱モンスターにすら苦戦したものだ。
やたらめったらに角で殴る。これでは勝てない。
コツは、同じ箇所をガンガンやるのだ。
同じ部位をガンガンやり続けると、次第に相手の心が削れていく。
このやり方に気付いてから俺はガンガンやり続け、レベルを上げていった。
「……俺の身の上話はそんなところだ」
「角一筋でやってきたのか、すごいな……。…………すごいな……」
女騎士は本当に驚いていた。
改めて考えれば俺も驚く。
よくも飽きずにガンガンやってきたものだ。ガンガン。
「そうだ。君のステータスを見せてはくれないか」
「あ、ああ」
女騎士マリィ。レベル32。
弱い訳ではないが。強いわけでもない。
でも所持スキル欄がすごい。なんだかいっぱい持っている。
例えば「聖なる加護」。……せいなるかご。
「……この『聖なる加護』というスキルはなんだ?」
「うむ。敵の攻撃を1割軽減する防御スキルで……」
かっこいい。
いいなあそういうの。すごくいいな
まず能力名がかっこいい。聖なる加護。いいなあ。
俺の能力名「ステータス画面の角すっごい硬い」だもん。いいなあほんとに。
「よろしければ貴殿のステータスも、もう一度見せてはくれぬか?」
「? さっきの戦闘で見ただろう?」
「いや……すっごいガンガンやってたからチラチラっとしか見えなくて……」
「そうか……」
「――や、やはりすごい。レベル95……! 各ステータスも軒並み高い……!」
「ああ」
「よくも単一スキルだけでここまで鍛え……。…………」
「…………」
「…………」
……ステータスを開くたびに。
ウィンドウの角についている血糊が気になる。
いっぱいガンガンやった暁には、真っ赤に染まって文字が読めない。
すごくいやだ。
「……。私が拭いておこう」
「……ありがとう」
良い人だ、そう思った。
マリィさんは初めて、俺のウィンドウの角を拭ってくれた人間になった。
この人のために頑張ってガンガンやろう。改めて決意を固めた。
* * * * *
「あれが盗賊団の根城だ」
砦の跡地に、山賊が巣食っているらしい。
正面突破は難しそうだ。
「櫓に見張りがいるようだな。まずは奴をこっそり倒すとしようか」
「しかしこの距離では……。私、魔法はあまり得意ではないのだが……」
「任せろ。この距離なら俺のステータス画面の間合いだ」
「ウィンドウを飛ばせるのか? 本当に面白いスキルだな……」
「いやこれは自前で編み出した」
「どうやって……」
空を飛んでいく俺の個人情報。
下にスクロールされると見られたくない情報もいっぱい書かれている。尿酸値とか。
戦闘は情報漏洩との戦いでもある。
流出の前に、賊の頭をガンガンやる。
「……痛ッ!? な、なんッ……アッ! アッ!? アァッ!!? アアァンッ」
「うわぁ……」
「つらい」
殴られる方は辛かろう。しかし殴る方も辛いのだ。
角で同じ箇所をガンガンやるのは非常にストレスフルである。
とかく心が痛い。どう考えたってファンタジーの攻撃方法ではない。
サスペンスの攻撃方法である。
いずれ見張りは沈黙した。
角は大分染まっていた。赤色に。
コンフィグでウィンドウの色変えられないのか。
RPGツクールとかでよく見る青色の奴だからめちゃくちゃ目立つ。
「拭おう……」
「ありがとう……」
恋はスリルショックサスペンス。
だんだんこの人のこと好きになってきた。
マリィさん。素敵な方だ。というかもう好きだ。
すき……。
「毎晩俺のウィンドウの角を拭ってほしい……」
「下ネタは好かん……」
「いやそのままの意味で……」
「…………」
* * * * *
「――よし、結構近づけたな。潜入して一人ずつガンガンやっていこう」
「私は何をしよう」
「逐一拭ってほしい……」
「……了解した」
潜入。移動。遭遇。
ガンガン。ガンガン。
賊沈黙。
「拭おう」
「ありがとう……」
再移動。再遭遇。
再ガンガン。再ガンガン。
賊沈黙。
「拭おう」
「本当にありがとう……」
再再移動。再再遭遇。
再再ガンガン。再再ガンガン。
賊沈黙。
「拭おう」
「愛してる……」
「この流れで告白する……?」
漏れ出た愛は軽くいなされたが、賊の殲滅は順調。
時には集団に出くわしたが問題ない。
「角は四つあるので四人までは一度にガンガンできるんだ」
「ウィンドウめっちゃ荒ぶっとる……」
ウィンドウ躍動、敵は絶望。
俺たちゃ有望、皆が脱帽。
軽快に韻を踏みつつ。
左下角でガンガガン、右下角でガガンガン。
右上角でガンガンした後、左上角ガンゴガン。
同じ箇所を攻撃し続けるには長い修練が必要だった。
今やもう慣れたものだ。蟻の眉間ですらガンガンやれるだろう。
賊の禿げ上がった頭頂部などガンガン格好の的である。つらい。
「……ところで五人以上出てきたらどうなるんだ?」
「その時は普通に殴りにいくよ。こんなふうに」
「っぷえべあァっ!!!??!?」
「もしや普通に戦った方が強いのでは……?」
「俺の拳も拭ってくれマリィさん……」
「……了解した」
しゅきぃ……。
* * * * *
――油断。
賊の矢を食らってしまう。
有り余る体力と防御力でなんとかなったが、痛いことは痛い。
腹がたったので余計にガンガンしてやった。
「大丈夫か?」
「へっちゃらですとも」
「そのウィンドウでバリアとか出来ないのか? 面が広いが……」
「角だけが硬いんだ。面部分は普通にすり抜けてしまう……」
「嫌がらせのようなスキルだな……」
「実際嫌がらせだと思う」
世の中、性悪説こそが正しい。
神がこれだけ陰湿ならば、下位存在の人間だって陰湿に決まっている。
奴らのせいで厭世主義がはびこるのだ。果ては虚無主義だ。嫌だ嫌だ。
「はあ。全部嫌になってきた……」
「……いや、私は立派だと思うぞ。腐らずここまで鍛え上げたなんて、貴殿は素晴らしい人間だ。尊敬する」
恋はスリルショックサスペンス。二度目。
パラパラを踊りながら砦内部を練り歩く。最高の気分だ。
普通に注意された。やめた。
気付けば既に最上階である。
「恐らくここが頭領の部屋だろう」
「早速いこう」
「あ、待ってくれ。……敵のリーダーだけは私にやらせてくれないか」
「恨みでもあるのか?」
「ああ……。私の故郷が襲われたんだ。私の家も……。奴だけは我が手で仕留めたい……」
「そっか。じゃあ俺は援護するよ」
復讐に燃える女騎士。かっこいい。
対して俺はサスペンスの犯人みたいな攻撃する奴。なさけない。
そんな俺でもマリィさんを支えるんだ。がんばるぞ。
「!? なんだテメェらは!!」
「我は王都騎士団所属、聖騎士マリィ! 覚悟しろ賊ッ!」
俺は放浪戦士ヨシダ。
言葉には出さなかった。
代わりにステータス画面を差し出した。
攻撃と自己紹介一体の構えである。
「くそっ。部下どもは一体……」
「貴様によって不具者となりし我が夫の恨みを晴らすッ! 覚悟ッ!!」
「――えっ」
――夫。
……おっと?
おっと。夫。
夫……。
…………。
そっかぁ……。
「……あ、しまった」
「ぐうっ!」
呆気にとられていたら、マリィさんが早速ピンチになっていた。
敵の攻撃を防ぐも、吹き飛ばされてしまった。
「聖なる加護」のおかげで無事ではある。
いいなあ。いいなあ聖なる加護。いいなあ……。
はあ……。
「くっ、不覚……!」
「なんだ、クソ雑魚じゃねえか! 死にやが……痛っ!?」
「!?」
「なんッ……アッ! アッ!? ンァッ!!? やアアァンッ」
敵のスネを、ガンガンやった。
経験上、最も相手の精神を削る攻撃である。
援護するといったからには、援護に徹しよう。
乗りかかった船だ。最後までマリィさんのために……。
「成敗ッ!!」
「あはァんんっ」
一刀両断。
悪は滅び去った。
俺の虚しさはまた広がっていった。
「……ありがとう。おかげで奴を倒せた……ッ!」
「ああ……。おめでとう」
「ああ、そうだ。また角を拭……」
「いや、いい。もういいんだ……。あとはもう……」
「? しかし……」
「……」
既婚者に拭わせる訳にはいかない。
俺はステータスウィンドウを、そっと閉じる。
閉じる前。ウィンドウの角。
少しの血と、すね毛が張り付いているのが見えた。
最悪。
* * * * *
「……本当に行くのか? 当てがないなら、是非とも我が騎士団に……」
「いや、いいよ……」
「しかし……」
別れの前。
しきりに騎士団に誘われるが、断った。
入ったところで、大体この後の顛末は分かる。
いくら強かろうと、裏で陰口を言われ俺の精神がガンガンやられていくのだ。
それにマリィさんと顔を合わせるのも辛い。
俺の儚き恋は終わったのだから。
恋はショックショックショック。
「それじゃあマリィさん。幸せに……」
「あ。いや、まってくれ。せめて礼の金を……」
「いらない。怪我した夫のために使ってやってくれ。……マリィさんの大切な人なんだろう」
「だが、これも受け取らないとなると……。礼がひとつも……」
「本当にいいんだ。金のためにやった訳じゃないんだから」
「……。ならば貴殿のため、私は神に祈りを捧げよう。……貴殿のスキルが、より良くなることを願って……」
「ああ、頼むよ。マリィさんの祈りなら、女神にも届きそうだ……。それじゃあ、達者で……」
「……そうだ。やはり、最後に……」
「なんだい?」
「最後に……。角を拭うよ」
「やっぱりしゅきぃ……」
「すまぬ……」
「うえぇえん……」
* * * * *
「はあぁーあ」
歩く気力も失せ、適当に寝転ぶ。
儚い恋だった。もっと早く出会いたかったな。
久しぶりに胸がときめいただけでも充分……なんだろうか。
正直、この世界にも大分飽きてきた。
角でガンガンやるだけの単調作業じゃしょうがない。仲間も出来やしないし。
どんなゲームだって飽きはくるのだ。
問題はゲームみたいに辞められる訳じゃない。俺にとっては現実。
なんなら死んでみようかな。いやまた転生しちゃうのかな。
そんなら無限地獄じゃないか。生が苦とはよく言ったものだ。
「レベルだってもう頭打ちだしなぁ……」
ステータスを確認してみた。
一向にあがらなくなってきたレベル。上げすぎた。
あんまりスクロールすると見たくないのが出てくるのでやめる。肝機能とか。
見慣れたいつものステータス画面に嫌気が差し、閉じ……。
…………?
┌ ┐
ヨシダ(放浪戦士) レベル95
HP:86013
MP:20390
攻撃:7890
守備:6896
速度:5894
幸運:285
所持スキル
・ステータス画面の角すっごい硬い
・ステータス画面の角まったく汚れない
└ ┘
「アッ!!??!?」
増えてる!!!!!???!?
増えてッ……!
増えッ……。……………………ッ。
う、ううーん……? うーん…………。
んん…………? …………………………。
「まあ、いっか…………」
マリィさんが俺のために祈ってくれた、それだけで満足だ。
爆笑しているクソ女神の顔が浮かんできたが、マリィさんの顔で上書きしてやった。
ざまぁみやがれ。
「ありがとうマリィさん」
俺だけの女神(既婚者)に感謝を捧げて。
ウィンドウを閉じて、当てなき旅を……。
…………。
「あ」
スクロール。
…………。
┌ ┐
所持スキル
・ステータス画面の角すっごい硬い
・ステータス画面の角まったく汚れない
・聖なる加護
└ ┘
「……もう少しだけ付き合ってやるか、異世界」
汚れることのなくなったステータスウィンドウを閉じて。
ちょっと上がった防御力を頼みに。
当てなき旅を、続けていく。
~おわり~