(仮称)アナザー・ライフ・オンライン
一時期ハマってたVRモノにチャレンジしてみようと書き始めて、膨大な設定資料が出来上がっていく様に心が折れて放置されていたお話。
━━グゴァァァァァ━━
内蔵に響くような断末魔を上げながら、“ソレ”が崩れ落ちる様に横倒しになった。
「……ふぅ。 やっと倒したぁ……――お? レアドロップまでゲット♪」
《ベヒーモスの討伐に成功しました》
《クエスト【受け継がれる力】を達成しました》
《引き継ぎ要素の追加選択が可能になりました》
頭の中に直接聞こえて来る声、通称“インフォ”を聞きながら、これからしなければならない事を思い浮かべていく。
「……えっと、引き継げる項目を確認して、引き継ぐ内容を決めて、登録。 後は、明日開始の本サービスに備えて早めに寝――って、今何時?」
やるべき事を指折り数えつつ、ふと気になって、視界の端に表示されている時計に視線を向けた。
━━19:45━━
ん? 何時だって?
━━19:45━━
……………………
「やばぃっ! 晩ご飯!」
慌てて武器を仕舞い、時計の反対側に表示された【ログアウト】の文字に意識を集中させる。
目の前に大きく表示される、《ログアウトしますか? イエス/ノー》の「イエス」に視線を向けて選択。
数瞬の後、自分の体が消え始め、それに伴い、眠りに就く時の様に意識が遠くなって行き、そして、最後にはプツリと途切れた。
──
────
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「まったく。 ゲームに夢中になって、晩飯の支度に遅れるとか……」
「だから! ゴメンって言ってるじゃん!」
時刻は20時半。
食卓を挟んだ向かいに座る我が兄が、呆れた様に溜め息を吐く。
「まぁいいけどな。 あれだけゲームに興味薄かった鈴奈が、まるで俺の様に熱中してくれるなんて、VRセット勧めた甲斐もあるってもんだ」
うんうんと頷きながら、そうのたまうのは、我が兄“湊戸 恭弥”。
優しげ~な顔付きに、そこそこの身長と、弛み無く締まった体格。
スポーツは結構得意で、成績もそんなに悪くはなく――と、身内贔屓かもしれないが、中々の優良物件じゃないだろうか。
ただし――
世間では、“廃人”と呼ばれ、残念なイケメン扱いを受ける廃ゲーマーでもある。
ちなみに、恭兄が言った“VRセット”と言うのは、さっき私が使用していたゲーム機の名称で、バーチャルの世界で実際に行動する、と言う事を現実にした画期的な機械である。
本体はいわゆるバイクのフルフェイスヘルメットみたいな型。
これを被って起動させると、睡眠誘導が始まり、体は眠りに就くのに頭は冴えて来る様な感覚と共に、バーチャルの世界に降り立てるのだ。
これまでにも、実際にアトラクションを楽しめる遊園地や、動物達と遊べるサファリパークの様な物等、色々なゲームが発売されていて、私が始める気になったのも、色々な動物と触れ合える、と言われたのがキッカケだった。
「まぁ、教えてくれたのは感謝かなぁ。 実際、かなり楽しんでるし」
「それなら、前に言ったMMORPGもやってみないか? 明日から正式にスタートなんだよ。 引継要素はあるけど、スキルとかはリセットされるから、スタートは一緒になるし」
うん、それ知ってる。
さっきまでやってたの、ソレです。
ソレなんですが――
「何? お姉ちゃんもALO始めるの!? なら3人で遊べるね!」
キラキラした目でこっちを見てくるのは、妹の“清奈”。
さっきまでは黙々とご飯に集中してたクセに、こう言う話になるとすぐに乗って来る。
ショートボブにした髪に、クリッとした目、うっすらと日に焼けた肌が活動的な印象を与える美少女だ。
まぁ、こっちも身内贔屓はあるだろうけど、学校でも、まぁまぁ人気はあるらしい。
ただし――
こちらも重度の廃人ゲーマーで、時折残念な言動をぶっぱなす事から、仲の良い友人など、一部の人間からは、“知る人ぞ知る残念美少女”等と呼ばれているとか。
……うちの家族、こんなんばっかりか。
ちなみに、“ALO”と言うのが、恭兄や清奈がどハマりしていて、さっきまで私が2人に内緒でやっていたゲーム。
“アナザー・ライフ・オンライン”が正式名称で、その名の通り、“今とは違う人生を体験しよう”がキャッチフレーズだ。
冒険者になろうが、鍛冶屋になろうが、農業や漁業でも、大工でも、ぶっちゃけ好きな様に生きなさいって感じの自由度が人気らしい。
「まぁ、スタートの足並みが揃うなら、やってみても良いかな」
勿論、“一緒に”と言う意味だ。
先行配信版は、元々そんなに本腰入れるつもりもなく、せっかく言われたから、雰囲気だけでも試してみよう、くらいのつもりだったため、当然やっている事は内緒だったし、万が一にも特定されない様な名前でプレイしていた。
――何故って?
廃人様達に知られたら、雰囲気を楽しむ~、とか言ってられない状況にされそうだったからだよっ!
「ホントに? 一緒にできるの!?」
「え? ……あ、うん」
バンっ! とテーブルに両手をついて、乗り出す様にしながら、さっきの2割増しにキラキラした目を向けられたら、断れる訳がない。
「やったぁ! 早く明日にならないかなぁ♪ 引き継ぎの内容も詰めなきゃ! あ、お兄ちゃん、この後のメンバー私が厳選しとくから! ごちそうさまっ!」
言うが早いか、清奈はバタバタと自分の部屋に戻って行った。
後に残される私と恭兄。
「……鈴奈、片付け、手伝うわ」
「……うん。 ありがと、恭兄」
──
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──────
「ん? 清奈からメッセ? もう人数集まっ──て、マジかよ!?」
洗い物を終えたタイミングで、恭兄の携帯が通知音をならし、確認した恭兄が愕然とした表情になった。
清奈からのメッセっぽいけど――
「どしたの? 清奈からって事はゲーム絡みなんだよね?」
「……そうだな。 まだALOやってない鈴奈には、あんまり意味わかんないかもだけど――」
――と、苦々しい口調で話始める恭兄。
「うん?」
「――実はさ、サーバー内で一回しか発生しないクエストがあって、清奈と一緒に狙ってたんだけど、先越されたっぽい」
「……まじで?」
恭兄や清奈みたいな廃人を出し抜けるとか、どんなけの廃神プレイヤーだったら――
「まじで……。 明日から始まる正式版に引き継ぎできる要素を、拡張するためのクエストなんだけどさ――」
――ん?
待って、どんなクエストだって?
「ターゲットのボスが有り得ない強さで、レイド――あ、複数パーティー推奨でやる様なクエストなんだけど、清奈と一緒にメンバー集めてる間に、どうやらソロでクリアされちまったみたいでさ」
恭兄が言葉を発する毎に、イヤな汗が背中に滲んでくる。
――それって、まさか。
「クリアしたプレイヤーは、レイナリーアって名前らしい。 拡張内容とか、色々聞いてみたいんだけど、俺も清奈もまったく知らない奴なんだよ。 まぁ、なんにしても、相当な腕前なんだろうな」
うん。
その人知ってる。
――私だよ!
あれって、皆で一回しかできない限定物だったんだ。
やたらタフで強いと思ったら、複数パーティー推奨だったとか。
そりゃ倒すのに四時間以上かかるわ!!
どっちにしても、万一、クリアしたのが私だってバレたら、色々ヤバい気がする。
質問攻め――で済んだらいいなぁ。
「名前的には、女性プレイヤーっぽいんだけどなぁ。 鈴奈はどう思う?」
「ぅえっ!? さ……さぁー? 恭兄がそう思うんなら、そうなんじゃないかナァー」
急に話振らないで!
ビックリするから!
ビクッてなるから!
そんな私の様子を知ってか知らずか、恭兄は「どんな奴なのかなぁ」と、頬杖を付きながらぼんやり呟く。
あ、これダメな奴だ。
恋する目になってる。
でも、残念だったな!
兄上が恋い焦がれている相手は、目の前に居る愚妹だよ!
そんなんだから、いつまで経っても残念なイケメン扱いされて、彼女できないんだよ!
「ほらほら、ぼーっとしてないで! 恭兄も引き継ぎして来なよ!」
「まぁ、そうだな。 ALOやってれば、いつか会えるよな。 あ、鈴奈も今日の内に、先行配信版で初期設定終わらせとくといいぞ。 ボディスキャンとか、キャラメイクなんかに、ちょっと時間かるから」
それだけ言うと、恭兄はゆっくり立ち上がって、部屋に戻って行った。
「さて……」
問題が3つ。
1つ目。
引き継ぎ要素は今日中に確定しておかないと、明日学校に行っている間に正式版がリリースされて、追加引き継ぎができなくなってしまう事。
2つ目。
私が先行配信版をやってたのは秘密にしてたので、あんまりあからさまに引き継ぎをすると、廃人達にどこでバレるか分からない事。
3つ目。
恭兄達が狙ってたクエストを横取りしちゃったのが、私だってバレたら、多分、色々と、ヤバい。
ほとぼりが冷めるまでは、充分気を付けるべき。
――結論。
取り敢えず、何が引き継げるのか見に行こう。
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「結構、色々あるなぁ」
所持金。
これは定番かな?
でも、正直大した金額は持ってないから、あんまり恩恵がない。
武器・防具。
レア度と性能が下がった、型落ち状態で引き継がれて、正式版で強化して行く事で、元の性能以上にしていける。
苦労して手に入れた相棒があるから、これは有力候補かもしれない。
あとは、アクセサリー系やアイテム類に――スキル?
他の項目と違って、少しキラキラした表示になった“スキル”項目。
確認してみた所、どうやらこれが“引き継ぎ拡張”の対象らしい。
「えっ~と……持っている基本スキル1つを、レベルそのまま引き継ぐか、ユニークスキル1つを獲得する――これ面白そう!」
引き継げるのは3つまで。
恭兄達と居る時は、武器は他のを使えば良いし、スキルなら自分から言わない限り、バレる事は少ない、はず。
あ、それなら、最後の1つはアレにしよう。
「よし、じゃあこれで確定」
《引き継ぎ申請を受理しました》
《正式版をお楽しみに》
これでよし。
明日学校行ったら、夏休み!
がっつり楽しむぞ~!
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──────
「おはよー」
「りぃ~なぁ~! おっはよぉ~!! ――へぶぅ!」
教室のドアを開けた瞬間、両手を広げて飛び掛かって来た影を華麗に回避。
その影は勢い余って、顔面から廊下の壁に突っ込んだ。
「朝っぱらから飛び付かないでくれる? 暑苦しい」
「そのゴミを見るような目がもうたまりません」
「――……きもちわるい」
「しみじみ言わないで!」
とまぁ、そんな会話をしつつも、立ち上がるのに手を貸してあげる。
「いやぁ、鈴奈さん、すまないすまない」
「朝からテンション高過ぎ。 何か良い事あったわけ?」
スカートの裾をはたきながら、私の親友――なのか時々自信無くなって来るけど――の“坂上 瑞葉”は、最近どこかで見た様なキラキラした目で、「やってたゲームが、今日から正式配信なの!」とのたまった。
「あぁ、あんたもALOか。 そういや瑞葉も廃人だったね」
「廃人言うな! ……って言うか鈴奈、ALO知ってたの?」
「あ……うん、まぁ」
ALOの名前を出した途端、獲物を狙う様な表情になった瑞葉に、曖昧な答えを返しつつ、昨夜の恭兄達とのやり取りを簡単に話す。
「なるほどね~、清奈ちゃん達か。 んで? やる事にしたの?」
「うん、まぁとりあえずね」
私がそう答えると、再びキラキラした目をしながら、私の両手を握る瑞葉。
「ついに、ついに鈴奈と一緒にゲームを出来る日が! よーっし! 瑞葉さんが、何でも教えちゃうよ! あ、ノート出すわ!」
「へ? ……いや、はぁ? ちょっ――」
軽く置いてけぼりの私を無視しながら、スイッチが入った瑞葉の、ALO講座が始まるのだった。
━━アナザー・ライフ・オンライン━━
通称“ALO”は、今とは違った人生を送ろうと言うコンセプトで始まった、多人数参加型のRPGである。
RPGとは言っても、所謂決まった職業があるわけではなく、各々のプレイの仕方によって、戦闘職や生産職と言う様に分類される。
プレイヤーは、なりたい自分に合わせて、“剣”“火魔法”と言った戦闘系技能や、“鍛冶”“錬金”と言った生産系技能を“スキル”と言う形で取得していく。
数あるスキルから自分に合った物を自由に取得し、“装備”して使用する事で成長させて、スキルに応じた武技や魔法、ステータス補正を得て行けるのだ。
ここまでは、先行配信版でも同じだったからいいとして、問題はそのあとだった。
まずは、スキルのセット上限が10に。
これは無制限だったから、大幅な弱体化になったが、一方でスキルの組み合わせ等によって、プレイヤーの個性は出るようになるだろう、との事。
次にスキルポイント。
その名の通り、スキルを取得するために使用するポイントだが、特定のクエスト等で報酬として貰えていたのが、スキルレベル10毎に貰える様になるらしい。
レベル10までは、割りと簡単に上がるため、色々なスキルを気軽に試せる様になったとも言えるらしい。
「えっと、あとは~……」
「瑞葉、ストップ! そろそろ行かないと終業式始まる!」
「えぇ~……もうこのままサボ「ダメに決まってんでしょ」……デスヨネ~」
まぁ、瑞葉を連れて、講堂を目指して移動している間も、延々と続きを語られたのは言うまでもない。