通信と次元転送
渡辺中佐は、待機させていた林田未結の元に戻ってきた。林田はすでに次元転送先の解析を終えており、待機指示を受けていたところだった。
「夜遅くまで悪いが、もう少し時間をくれ」
渡辺はそう言うと、林田を小会議室へと連れていった。
小会議室で、渡辺は林田に強化人間の科学技術を提供してほしいと頼んだ。日本国の存続が危機に瀕している。英吉利と露西亜の侵攻が目前に迫っているのだ。情報は少しでも早く手に入れたい。現在の風通信では通信速度が遅すぎる。的確な防衛体制を構築しなければ、取り返しのつかない事態になる可能性が高い。たとえ的確な防衛体制を敷いたとしても、二正面作戦となるため厳しい状況である。
林田たち強化人間の中では、科学技術を提供すると、この世界にイレギュラーな変化をもたらし、多様な生物を育んでいる地球の環境を破壊してしまうことになりかねない、と考えていた。しかし、移住を許容してくれたこの国が滅亡することは、林田にとって許されることではなかった。
「通信は電波を使えば非常に速い速度で通信できます。しかし、問題があります」
林田は「任せてください」と言いたかったが、そう簡単にはいかないため、安請け合いはできないと思った。
「問題とは?」
渡辺が尋ねた。
「電波は直線にしか進みません。遮蔽物があると回り込みますが、電波の周波数によっては回り込みにくいものがあります。また遠く離れたところには届きにくくなりますし、水平線や地平線の少し先までしか通信できません。それらを解決するためには、中継施設を設置していく必要があります。遠方になればなるほど、たくさんの中継施設の設置が必要です。そして、設置にはかなりの時間が必要となり、外国にどうやって設置するかの問題もあります」
「なるほど」
渡辺は残念そうな顔をした。
「しかし、別の提案があります」
「なんだ?」
「通信はそれぞれがその場で話しができるという利点がありますが、この提案ではその利点はなくなりますが、今より速く情報を得る方法です」
「それは?」
「次元転送装置を使います」
「次元転送装置を?」
「まず、通信をしたい緯度と経度、および標高をあらかじめ調べておきます。そして、神山明衣の世界に必要人員を次元転送し、今度はこちらの世界の行きたい緯度経度に再度次元転送します。神山明衣の世界の座標は掴みましたので」
「なるほど。思うに、わざわざ別の世界に一旦行かなくても、この世界だけで転送はできないのか?」
林田は、ハッとした。まさに目から鱗だ。次元転送装置が素晴らしい機械なので、同じ世界での転送など、これまで思いもよらなかったのだ。
「科学者に確認します。確認のため里に帰らせてください」
「至急頼む。明朝には水軍艦艇を手配しよう」
「いえ、次元転送装置を使います」
「分かった。皆さんによろしく伝えてくれ」
渡辺はそう言うと、部下のもとに帰っていった。