タイムリープ 1、
特殊捜査室の重厚な扉が、静かに開いた。室長の神山一輝は、自室に招き入れた副室長の神山明衣の顔を見て、内心で小さく息を吐く。明衣は、一輝のデスク前へと迷いなく進む。その表情は、普段の明るい彼女からは想像できないほど、微かに訝しげな色を宿していた。
「何かあったんですか、室長? 随分と難しい顔をしてますね」
明衣の問いかけに、一輝は重い口を開いた。
「関森リコさんの件だが、退職願を出してきている」
その言葉に、明衣の眉がぴくりと動く。
「入って間もないのに、なぜ?」
「関森由紀さんから頼まれたことがあるそうだ。それを放っておけないと。仕事に支障をきたすことが増えるだろうから、迷惑をかけたくない、と」
「関森由紀さんから……?」
意外な人物の名前が出たことに、明衣は訝しげな声を漏らした。
「ああ。近いうちに面談をする。その時は同席して、詳しく話を聞いてほしい」
「中原さんも同席させれば、話は早いのでは?」
明衣の提案に、一輝は首を横に振る。
「それは避けた方が良い。恐らく、心を閉ざしてしまうだろうから」
一輝の言葉に、明衣はそれ以上追及せず、小さく頷いた。
「分かりました。面談に同席します」
数日後、神山一輝、神山明衣、そして関森リコによる面談が執り行われた。
リコが語ったのは、驚くべき内容だった。青島孝が最近、頻繁に姿を消すという。関森由紀が彼に問い質したところ、どうやら過去に遡り、そこから枝分かれした別の時間軸、つまり**「別の世界」**へと移動しているらしい。しかも、毎回決まって同じ場所へ。そして、まるで引き戻されるように過去へと遡り、元の世界へと帰還するのだという。
さらに、青島は奇妙な夢に魘されているとも付け加えた。それは、漆黒の闇の中で声だけが響き渡り、「石を返せ」と繰り返す悪夢。その夢を見る頻度が、日に日に増しているのだという。
リコ自身も、青島を追ってタイムリープした際、その**「向こうの世界」**で拘束されかけたという恐ろしい経験を語った。彼女は、その世界の詳細を時間をかけて調べたいと、真剣な眼差しで訴えた。
面談の結果、神山一輝は、この前代未聞の特殊な現象を、特殊捜査室にとって極めて貴重な資料とすることを決断した。
「関森さん。あなたには辞めずに、任務として青島さんに起きている現象を調査し、報告していただきたい」
一輝は、真摯な声でリコに語りかけた。しかし、同時に彼女の安全を考慮し、こうも付け加えた。
「ただし、調査にあたっては、安全確保の意味合いを込めて、特殊捜査室から数名、あなたに同行させたい」
リコは、青島孝と関森由紀に了解を得てから返事をすると告げ、慌ただしく部屋を後にした。
リコが出て行った後、神山一輝と神山明衣は、部屋の応接セットに並んで腰を下ろした。明衣は一輝の向かい側に座り直すと、すぐに問いかけた。
「数名同行って……一体誰を同行させるつもり?」
「お前と、宮本君、それから藤井君を考えている」
一輝の答えに、明衣は小さく唸った。
「宮本さん(明衣よりも年上である)と藤井君、ですか……」
「何か不満か?」
「不満というわけではないけど、宮本さんは心配ないとして、藤井君は経験が浅いから、大丈夫かな、と……」
明衣の懸念に、一輝は苦笑する。
「経験させ、育てるのもお前の仕事だろう」
「まあ、そうだけど……」
明衣は、不服そうな顔で小さく唇を尖らせた。
「同行者と緊急時の対応を話し合っておくように。それと、最も重要なことだが、青島君の能力は向こうの世界では無力になるということだったから、青島君と関森由紀さん、関森リコさんを守ることが最優先だ」
その言葉に、明衣は驚きを隠せない。
「3人で3人を守るということぉ!?」
ありえないとばかりに、彼女の声が大きく響いた。
「そうだ。残念だが、現在事件が次々と発生しており、これ以上人員を割くことができない」
「うーん……仕方ない。じゃあ、せめてあと一人。新井さんをお願い」
明衣の切実な願いに、一輝は少し考え、頷いた。
「分かった。何とかしよう」