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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編】三千年お休みトラップを踏んだダンジョン探索者~久しぶりの世間はすっかりネット社会で、ついていけません。ダンジョン配信に映り込んでバズったと言われたんですが、どういうこと?

短編です!

「はぁ、ついてないなー。カンストする前に時間切れか」


【木村八郎】lv13

 《マスター済みスキル》▼

 《スキル》▲

 ・闇魔法lv99


 俺はステータス画面に表示された内容を見ながら、すっかり口癖になってしまった台詞をこぼす。

 底辺ダンジョン探索者として日銭を稼ぐ日々を過ごしていた俺は、ついてないことにある日、トラップを踏んでしまったのだ。


 どうも俺は昔から要領の悪いところがあるのだが、その日のことは、まさに俺の人生最大の失敗だった。


「特殊転移系トラップなんて。ダンジョン史のなかでも、数例しか報告されてないのにな……」


 俺が踏んだ特殊転移系トラップは、いわゆる「お休みトラップ」と言われるものだった。スゴロクなどの◯回休み、から命名されたものらしい。


「しかも、三千年お休みとか。報告されてる事例だと、最長でも二日なのに……」


 そう、俺は三千年お休みトラップのせいで、三千年間ダンジョンの一室──お休み部屋──に囚われていたのだ。幸いなことにそこは特殊な空間で、生命活動の維持に必要なことは、一切不要だった。

 睡眠も食事も、その他もろもろも、だ。

 ただその代わり、肉体的な成長も一切しないのだが。


 そうして暇をもて余した俺は、唯一お休み部屋でも可能なことをしていた。


 スキル上げ、だ。


 試したら、ダンジョン内でのみ使用出来るスキルは、お休み部屋にいてもなぜかレベルが上がったのだ。


 しかし、その長かった囚われの日々もようやく終わる。


 お休み部屋の空中に表示された文字があと数秒でゼロへとなる。

 ただ、一つだけ心残りだった。


 俺は三千年間、無数にスキルをカンストさせてきたのだが、最後にレベル上げ中だった闇魔法スキルがあと1レベルでカンストになっていないのだ。


「まあ、仕方ない。さて折角だし、カウントダウンでもするかなっ。…………よん、さん、に、いち──────よし。よしっ! 出れたぞ! シャバだー!」


 俺は体感的には三千年ぶりに、お休み部屋からトラップを踏んだ場所へと戻ってきた。


「同じ景色じゃない。うん、素晴らしい、な」


 俺は涙すらにじませながら、ダンジョンの無機質な石の壁を、嬉しくなってペタペタと手で叩く。

 ペコんペコんとダンジョンの壁に手のひら型の穴が空く。


「あ、やべ。「剛力」スキルの影響か。もどしもどし、と」


 俺はカンストさせたスキルの一つ、「修復」を使う。

 壁を数回、手のひらで優しくさするように動かす。すると、あっという間に壁のへこみが消えていた。


「さて、問題は現実世界でどれぐらい時間が経ってるか、だよな。過去のお休みトラップの事例だと、お休み部屋で流れる時間と、現実世界の経過時間がズレてるらしいんだよな。それもズレ方に明確な法則がなかったはず。確かめるためにも、人のいるところに……まずはダンジョンから出るか」


 三千年もたっているので、俺は当然すっかり道を忘れてしまっている。


「スキル「全探索」──あれ。入り口遠くない? ああ、そうか。これはやっぱり、ついてないかもな。ダンジョン、成長したな」


 俺は嫌な可能性に気がついてしまう。時間経過でダンジョンというものは成長するのだ。

 俺がトラップにかかった場所が深層に移動しているということは、それなりの時間が経過している可能性が、高い。


 どんよりとした気分のまま、全探索で脳内に表示された地図を意識しながら出口に向かって急ぐ。

 カンストしている「俊足」スキルの影響で飛ぶような速さだ。そして意識を脳内の地図にさいているせいもあって、途中現れたモンスターに次々にぶつかっては、ひき殺してしまう。


「けっこう避けるのが難しい、な。まあ、モンスターだし。いいか」


 体を動かしている内に、気分はすっかりハイになっていた。景色が流れていく様子だけで、ウキウキしてくる。三千年間、一つの部屋で過ごしたあとのシャバの感覚を堪能しつつ、俺はあまり気にしないことにして、進み続けていく。


「──あっ、まずった」


 そうやって油断していたせいか、不味いものをひき殺してしまう。


「あー。すいませんすいません。このモンスターって、戦闘中でしたよね? ほんとすいません。横殴りしてしまいました」


 俺は急ブレーキをかけて急いで戻ると目の前の人物に必死に謝る。


 相手は底辺探索者の俺とは全然違って、高価そうな装備を身に付けている。ただ、それらはボロボロで、本人も傷だらけだ。


「いえ、その、助かり、ました。実のところ、かなり──ぐぅっ」


 そういいかけて、顔を歪めると片ひざをつく目の前の女性。呼吸するのも苦しそうだ。

 なぜかその近くには、ラジコンのような機械が浮いている。苦痛に苛まれていても、なお美しいその女性の顔へ、ラジコンが近寄るように動いていく。


「あー。よかったら治療しましょうか。それ系のスキルが一応あるので」

「治癒スキルっ!? ……お願い、します。すっかり、ポーションも、使いきって……」

「わかりました。すいません、このラジコン、かな。少し邪魔なので、どかしますね」


 俺はそう言いながら恐る恐る女性の方に近づきながら、浮いているラジコンをそっとどかそうと手を伸ばす。俺の手が触れる前に退いてくれるラジコン。


 ──なんでこんなラジコンを飛ばしてるんだろ? というかポーションって、いわゆるあの超高価なポーション、だよな。それ、持ってたってことは、この人、相当高ランクの探索者?


「すいませんが、少し頭に触れますね」

「頼み、ます」


 俺は両手でそっと、艶やかな黒髪に覆われた頭部を挟む。側頭部の出血が俺の手をぬらす。


「手当て」


 カンストさせたスキルの一つ。治癒系スキルとしては一番初歩のものだが、これぐらいの外傷であれば十分だろう。

 俺の手からあふれでたスキルの光が女性を覆い、その全身の怪我がきえていく。


「──え、初歩スキル?! ええっ! 怪我が完全に治ってる! デスリザードを体当たりで一撃で倒されていたし……貴方は、一体どなたなんですかっ?」


 驚きながら自分の体の様子を確かめて、尋ねてくる女性。元気になったようで急に饒舌だ。


「うぇ! いえ、ただのついてない探索者ですよ? あ、そうだ今って何年ですか」

「年、ですか? 豪和(ごうわ)三十二年ですけど……」

「ああ。やっぱり。そうか三十年、か……。教えてくれてありがとうございます。いやでも、まだ急げば間に合うかも。それじゃあ俺はこれで」

「あ、まっ──」


 俺は再び出口に向かって急ぐ。どうやら俺がお休みトラップに囚われていたのは現実の時間では三十年だったようだ。

 そして俺には急ぐ理由があった。危険な仕事である探索者は、一般的な七年の失踪宣言とは別に、探索者失踪宣言というのがあるのだ。

 これがちょうど三十年。


「もしかしたら、俺の探索者ライセンス、まだきれてないかも。底辺の(なな)級ライセンスでも、再取得するのは超面倒だからな……あ、失敗した。今日が何月何日かも聞いとけば良かった」


 そんな独り言を呟いてる間に、ダンジョンの出口が見えてきた。


【side 高ランク女性探索者】


「中層なのに、デスリザードが出るなんてっ! これが、最難関ダンジョンと名高い、常迷(とこまよい)の迷宮ですかっ!」


 高ランク探索者であり、若手では人気ナンバーワンの女性ソロダンジョンライバー、秋司(あきつかさ)(あかね)は、必死に剣を振るっていた。

 その様子をライブ配信するのは、AI制御のドローンだ。


 'あかねちゃん、大ピンチ!'

 'デスリザードって厄災級じゃね?'

 'これはいくら壱級探索者の茜ちゃんでも、死ぬかも?'

 '本日のR配信会場はここですか'

 'わくわく'

 'がんばって! あかねちゃんっ'


 美しい黒髪を振り乱し戦う秋司茜の様子をライブ配信する撮影ドローン。


 善戦するも徐々に徐々に、デスリザードによって押されていく秋司茜。

 ピンチになり、傷つくほどに、ライブ配信の同接人数が劇的に増えていく。

 そのコメント欄は秋司茜を応援するものもあれば、負の感情に満ちた野次馬的なものもかなり多い。


 そしてデスリザードによる致命的な一撃がついに秋司茜をとらえてしまう。

 弾き飛ばされ、傷だらけになりながらダンジョンの壁に叩きつけられる茜。

 ライブ配信のコメントが爆増する。


 トドメとばかりにデスリザードが最後の一撃を放とうとした、その時だった。

 激しい衝突音とともにデスリザードの姿がかき消える。


 'え、何が起きた'

 'デスリザードが、消えたぞ!'

 'ちょっとちょっと! 折角これからなのに~!'

 '害悪視聴、うるさいぞ'

 'おい、誰かきたぞ!'

 'なんか古くさい装備だな。安そうだし'

 'おい、なんか茜様に話しかけ始めたぞ、あいつ!'

 'は、横殴り? え、あの冴えないやつがデスリザード倒したってか'


 同接数十万人の前で、冴えない格好の探索者が、デスリザードを横殴りしたことを秋司茜に謝ると、怪我の治療を始める。


 'ぎゃあーっ。茜様のお御髪に触れたぞっ'

 '死刑! 死刑!'

 'うるさいぞ。それより、今のは手当てスキルだよな'

 '一瞬で茜様の怪我が消えたぞ。初歩スキルの手当てな訳……'

 'いや、どう考えてもやらせか合成だろ'

 '考察班Aとしては、白'

 'そんなバカな……'

 'おい、Aパイセンが白っていってんだ。現実を受け入れろ'

 'あ、いなくなった'


「あーこほん。皆さん。今日はお見苦しい配信ですいませんでした。ちょっと気持ちの整理をつけたいので、今日はここまでにします」


 'あかねちゃんおつー'

 '助かって良かったね。帰りつくまでが探索だよ'

 'しかしさっきの冴えない探索者は一体何者?'

 '誰か詳しいひとー!'


「ドローン。配信終了」


 茜がドローンに向かって呟く。

 配信中を示していた赤いランプが消える。


「コメントじゃないけど、本当にあの方は一体何者なのかしら……たしか三十年と最後に口にされていたわ。三十年……もしかしたら探索者失踪宣言の期限、かしら。だとすればダンジョン管理組合の事務所に向かった? もし手続きをしてるなら、急げば追い付ける?」


 そう呟くと、後を追うようにダンジョンの出口に走り出す秋司茜。


 そしてネット上では茜の配信を見ていた人々があの冴えない探索者の正体探しでおおいに盛り上がっていた。


 ◇◆


「はい、ステータスです! それと探索者ナンバーは115246です」


 俺はダンジョン管理組合の事務所の奥でステータスを開示していた。


【木村八郎】lv82

 《マスター済みスキル》▼

 《スキル》▼


 ステータスはスキルと同じように基本的にはダンジョン内でしか開けないのだが、管理組合にはだいたい一つは専用の魔石が事務所の奥とかにあって、その近くならこのようにステータス開示ができるのだ。


「はい、あの。その探索者ナンバーは失踪宣言がされてます……って、レベルは、八十二!」

「あああ……間に合わなかったか。じゃあライセンスの再取得処理を申請したいです。うん、レベル?」

「えっと、あの。その。責任者を呼んできますーっ!」


 そういって、受付の女性が奥へと走っていく。


「あー。本当だレベル上がってるよ。これはもしかして出てくるときにモンスターを走って引き殺して来たからか? 八十二って高ランク探索者並みじゃん。なんだか全然実感がわかないな……」


 俺がステータスを見返していると、先程の受付の女性が人をつれて戻ってくる。


「貴殿が探索者ライセンス再取得を希望という木村さん?」

「あ、そうです」

「はじめまして。副組合長の霜月カリンよ」


 俺とそう年の変わらなそうな、しかしとても仕事の出来そうな女性が挨拶してくれる。


「よろしくお願いいたします」

「まずは、一連の経緯を聞いてもよろしい?」

「はい、実はですね──」


 俺はトラップを踏んでからここにくるまでのあらましを伝える。


「面白い。面白いわ。三千年お休みトラップとは。なーに、探索者としてのライセンスは任せて。すぐに木村さんに相応しいものを用意しましょう。それと、木村さんが助けたのはたぶん、秋司茜壱級探索者ね。今、常迷の迷宮にもぐっているのは彼女だけのはず」

「壱級! はあ。それはまた、雲の上の相手でしたか」

「何を言っているの、木村さん。貴方はその雲の上の相手が苦戦した相手を一撃で倒したのよ?」

「霜月副組合長、やはりネットでは炎上騒ぎになっています」


 そういって、薄い板のようなものを見せてくる受付の女性。

 何かの文字がたくさん並んでいる。


 ──小さいテレビ? にしては薄いな。


「あの、ネット? 炎上騒ぎ? それと、その薄いのは?」

「三十年前だとネットはなかったかな。これはタブレットよ」

「一応ありました。でもどちらかと言えば好事家の人たち向けみたいな感じで……」

「今は、誰もがネットを見ているの。そして木村さんの活躍は、すべて秋司茜のライブ配信で全世界に向けてリアルタイムで放送されていたという訳よ」


 どうやら俺がお休み部屋にいた三十年で、世界は劇的に色々と変わってしまったようだ。まさに浦島太郎状態かと、憂鬱になってくる。


「よく、わかりません。あの、ライブ配信って、ラジコンみたいなのもので、ですか?」

「そう。ドローンで撮影、配信していたはずよ」

「えっと、それは、俺はどうしたらいいんでしょう? 炎上ってなんだか言葉の響き的に不味そうな感じが……」

「ふふふ、そうね。炎上は大変なことよ。そうだ、秋司壱級探索者に、出演料兼迷惑料でも請求すればいいんじゃないかしら? ほら、ちょうど来たわ」

「え?」


 霜月さんが指差した先には、黒髪を振り乱して事務所の部屋へと走り込んでくる女性の姿があった。

 それは確かに俺が横殴りしてしまったあとに、怪我を手当てスキルで治した女性だった。


「はぁ。はぁ。いた。いました……」

「秋司さん?」

「はぁ、はぁ。……はい」

「貴方のライブ配信にこちらの木村さんが映りこんでしまったそうね。どうやら炎上騒ぎになっているみたいよ」

「はい、そうです。その件は誠に申し訳ありません。木村さんと、おっしゃるのですね」


 そこでなぜか笑顔を向けてくる女性、もとい秋司さん。


「木村さん」

「は、はい?」


 次に霜月さんが俺に話しかけてくる。


「木村さんは秋司壱級探索者に、ライブ配信の出演料兼迷惑料を請求しますか?」

「えっと……」


 俺は思わずこちらを見つめてくる二人の女性の顔を交互に見てしまう。


 不思議そうにしていた秋司さんが、まるで助け船を出すかのように何かを取り出しながら俺に話しかけてくる。


「木村さん。是非請求してください。命を助けてくださった木村さんが私の動画チャンネルのせいでご迷惑をおかけしてしまって、そのままというのは心苦しいです」


 そういって取り出した何か薄いな板を操作する仕草をする秋司さん。先程のタブレットというものより小さいが、よく似ている。


「じゃあ、その。お言葉に甘えて」

「はい。もちろんです。それでいかほどになりますか?」

「こほん。ダンジョン管理組合、副組合長としての一つ提案です。請求内容は金銭ではなく、木村さんの現代への適応のお手伝いを、秋司壱級探索者がする、というのがいいかと思うの」

「──どういうことですか?」


 不思議そうな顔をする秋司さんに、俺の経緯を説明する霜月さん。


「なるほど……」

「さすがにそれはご迷惑では?」


 考え込む秋司さん。その様子をみて、俺は辞退しようと声を上げかける。

 その俺を手で制して、霜月さんが続ける。


「つまりは、お二人でパーティーを結成されてはどうかな、という提案です」

「え、ええ?!」


 何を言い出すんだと、俺は思わずあきれ顔を向けてしまう。


 ──秋司さんも、よく知らない男と急にパーティー結成なんて。そのお手伝い以上に絶対に嫌だろうに……


「良いですよ」

「そうです、さすがにそれは無いかと……え、本当に良いのですか?」

「はい。パーティーを組むのは、お詫びが終わったあとにお願いしようと思っていました。木村さんはお嫌ですか」

「いや。もちろん、そんなことはありません」

「はい。では、これからよろしくお願いしますね。でも先に三十年のブランクをお埋めするお手伝いですね。お任せください」


 そういってにっこりと笑いながら片手を差し出してくる秋司さん。

 俺はその手をとり、握手を交わす。


「よろしくお願いいたします」


 こうして俺の、三十年で劇的に変化したネット社会への適応を目指すドタバタ浦島太郎生活が始まるのだが、それはまた別のお話。





連載版こちらです!

https://ncode.syosetu.com/n7138ii/

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