【コミカライズ】悪役令嬢への密着ドキュメンタリー番組 ~悲しみを越えて~
――およそ半年に及ぶ伯爵令嬢ステラさんへの密着取材。
――その締め括りとして、ステラさんは半年ぶりに故郷ニャッポリート王国へと帰って来ました。
「ああ、たった半年しか経ってないのに、随分懐かしく感じます」
――どうですか、久しぶりの生まれ故郷は?
「……そうですね。ここではいろんなことがあったので、帰って来たらもっと胸が苦しくなると思っていたんですが、意外と心が凪いでいることに、自分でも驚いています」
――それはこの半年で、ステラさんの中で心境の変化があったということでしょうか?
「……はい、そういうことかもしれません」
――本日はステラさんと共に、思い出の場所を巡っていきたいと思っています。
「ふふ、楽しみです」
――ステラさんは憂いを帯びた表情で、そっと微笑みました。
――最初に我々がお邪魔したのは、ステラさんが当時贔屓にしていた喫茶店、『カフェ・ド・ニャッポ』。
――厳かな雰囲気が漂う、老舗の喫茶店です。
「わあ、このオブジェは、半年前にはなかったですね。ああ、でも、それ以外の内装は全然変わってない。ほら、この猫の柄のタペストリー、とっても可愛いですよね。――あっ」
――突如声を失うステラさん。
――その視線の先には――。
「……お久しぶり、ステラさん」
「……タチャーナさん」
――そこにいたのは、ステラさんの旧友であるタチャーナさん。
――今回ステラさんが帰郷するにあたり、スタッフがステラさんに内緒で呼んでいたのです。
「お久しぶりですタチャーナさん。少し瘦せましたか?」
「ええ、そういうあなたは変わらないわね。……いや、半年前より、表情が柔らかくなったかしら?」
「ふふ、そうでしょうか」
「……まあいいわ。再会を祝して、またあの頃みたいに二人でお茶しない?」
「はい、是非」
――久闊を叙して、お茶を酌み交わす二人の女性。
――思い出話に花が咲き、瞬く間に時間は過ぎていきました。
「――本当にゴメンなさい、ステラさん!」
「――!」
――宴もたけなわとなったところで、唐突に深く頭を下げるタチャーナさん。
――何かに怯えるように、その手は小刻みに震えています。
「……頭を上げてください、タチャーナさん」
「でも私、あなたにあんな酷いことをッ!」
――ガバリと顔を上げたタチャーナさんは、後悔と苦悩が入り混じったような、複雑な表情をしています。
「もういいのです。それに風の噂で聞きました。あなたもあれから、随分苦労なされたのでしょう?」
「それは――! ……自業自得よ。むしろかつてのバカだった自分を反省する機会をもらえて、却ってよかったくらいだわ」
――半年前の一件以来、男爵家から勘当されてしまったタチャーナさんは、現在修道院にて敬虔な日々を送っているそうです。
「でしたら私から言うことは何もありません。さあ、もう一杯お茶をお飲みになって」
「……ありがとう、ステラさん」
――ステラさんから注がれたお茶を受け取るタチャーナさんの瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいました。
――タチャーナさんと別れたステラさんが次に訪れたのは、ニャッポリート王国が誇る広大な国立庭園。
――休日は貴族たちによるパーティーで賑わっているこの庭園も、平日の日没前の今は、人通りもなくどこか寂しげです。
――ここは、ステラさんと因縁浅からぬ場所でもあります。
「……ふぅ」
――ここで起きた当時の出来事を反芻しているのか、ステラさんは目をつぶってゆっくりと息を吐き出しました。
――大丈夫ですか?
「……はい。もう私の中で、決着はついていますから」
――そうですか。
「――ステラッ!」
「――!?」
――その時です。
――ステラさんの名を呼ぶ、一人の男性の姿が。
「……イグナーツ様」
――そこにいたのは、ステラさんの元婚約者、イグナーツさん。
「ひょっとして、イグナーツ様もあなたが?」
――はい。勝手とは思いましたが、こちらからお声を掛けさせていただきました。
――すいません。
「いいえ。……むしろありがとうございます。私もイグナーツ様には、お会いしたかったですから」
「ステラ……!」
――半年という短くも長い時を経て、今再びかつての婚約者同士が、ここで相対しました。
「……随分お瘦せになりましたね、イグナーツ様」
「ああ、貧乏暇なしってやつでね。明日も朝一から、日雇いの仕事なんだ」
――自嘲気味にはにかむイグナーツさん。
――イグナーツさんはとても貴族とは思えないほど、ボロボロの身なりをしています。
「……そうですか」
「――ステラ、あの時は、本当にすまなかったッ!!」
「――!」
――イグナーツさんは突然その場で土下座し、頭を地面に擦りつけました。
「……顔を上げてくださいイグナーツ様。私はもう、大丈夫ですから」
「うぅ……! でも……! でも僕は、ステラ……!!」
――縋るようにステラさんを見上げたイグナーツさんの顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃです。
「もういいんです。――きっと私たちがこうなることは、運命だったんですわ。ですからもう、イグナーツ様はイグナーツ様の人生を歩んでください。――私は私の人生を歩みますから」
「う、ううぅ……! ステラァ……!! ステラァァアア……!!!」
――赤子のように泣きじゃくるイグナーツさんの背中を、ステラさんは無言でいつまでもさすっていました。
――半年前にこの庭園でのパーティー中に起きた、イグナーツさんからステラさんへの婚約破棄劇。
――唐突に婚約破棄宣言をしたイグナーツさんは、タチャーナさんと真実の愛を築くと声高に誓ったのです。
――あまりのショックにその場から逃げるように立ち去ったステラさんは、そのまま伯爵家を出奔し、国外に一人旅立ちました。
――その一方、政略による婚約を勝手に破棄したイグナーツさんを待っていたのは、侯爵家からの追放でした。
――それまで贅の限りを尽くしてきたイグナーツさんは、なかなか平民としての暮らしに馴染めず、相当苦労したようです。
――タチャーナさんも修道院に入ってしまいましたし、今では毎晩一人で、安い酒に溺れているとのことです。
――名残惜しそうに帰って行くイグナーツさんを見送ったステラさんは、すっかり陽の落ちた庭園で一人、眩いばかりの星空を眺めています。
「……カメラを止めていただけませんか」
――え?
――ステラさん?
「お願いです。――ここからは、カメラ越しではなく、あなたと直接お話ししたいんです」
――!
――わかりました。
カメラを止めた僕は、今日初めてカメラのレンズを通さず、自分の瞳でステラさんと目を合わせた。
いつになく凛々しい表情のステラさんに、ドキリと心臓が跳ねる。
「まずはここまで私によくしていただいたこと、改めてお礼申し上げます」
「っ!」
ステラさんは僕に向かって、深く頭を下げた。
「そ、そんな、どうか顔を上げてください! 僕はその……、仕事でやっていただけですし……」
「本当にそれだけですか?」
「――! ……ステラさん」
ステラさんは目元に薄っすらと涙を浮かべながら、訴えるような瞳で僕の手を握ってきた。
ス、ステラさん……!
「私はあなたがいたから、地獄のような半年前のあの日から立ち直ることができたんです。この半年間、あなたが――あなたがずっと側にいてくれたから」
「……」
「――私はあなたのことを、お慕いしております」
「――!!」
ステラさん――!
「どうかあなたの、私に対する本当のお気持ちをお聞かせいただけませんか」
「ステラさん……」
……くっ!
「そ、そんなの、好きに決まってるじゃないですかッ!」
「――!」
途端、ステラさんは耳まで真っ赤になって、口元をあわあわさせた。
ああもう、かっわいいなオイッ!!
「ホントは婚約破棄される前から、ずっとステラさんのことが好きでした!」
「にゃっ!?」
にゃってッ!!!
にゃってッッ!!!!!
何だよこの可愛い生き物はッッ!!!!!
一生大切にしたいよッッ!!!!!
「……だから半年前のあの日、何とかステラさんの力になれないかと思って、密着ドキュメンタリーと称してステラさんに近付いたんです。……完全に職権乱用ですよね。ハハ」
「そ、そうだったんですか……」
「……でも、一介のテレビディレクターに過ぎない僕じゃ、ステラさんには相応しくないと思って」
「っ! そんなことはありません!」
「――! ステラさん」
ステラさんは僕の手を握る手に、更に力を込めた。
「私にとっては、あなたこそが運命の相手なんです。……どうか私を、あなた様の妻にしてください」
「……ステラさん」
バカだな僕は。
女性の口から、ここまでのことを言わせてしまうなんて。
「――はい。一生幸せにしてみせます。どうか僕の、生涯の妻になってください」
「はい。喜んで」
僕とステラさんは、満天の星が祝福する下で、誓いのキスを交わした。