悪役令息に転生したものの、ヒロインを全部奪っちゃったみたいなので責任を取ります
本人はオリジナルのつもりですが、既出のアイデアだったらすいません。
「もう限界だ!」
「ぐぉ!?」
胸ぐらを捕まれ、ダン!と壁に叩きつけられた。
「侯爵令息レヴィニエール・ヘンジ……お前のせいで僕の計画はめちゃくちゃだ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……こっちにも事情が……」
「うるさい!」
力まかせに床に叩きつけられ、一瞬呼吸が出来なくなる。
謝罪とか抗議とかしてる場合じゃない、今すぐ逃げなければ!
「お前さえ……お前さえいなければ!!」
鞘から剣を引き抜く音がした。
こうならない為に色々頑張って来たはずだった。
やはり、運命からは逃れられないのか?
ギラリと光る刃を前に、思わず目を閉じてしまった。
――――――――――――――――――――
俺の名はレヴィニエール・ヘンジ、侯爵令息にして悪役令息であり主人公の引き立て役だ。
舞台はファンタジー世界の学園。
散々主人公の邪魔をして、物語の中盤で死んでしまう運命。
それに気付いてしまったのは5歳の頃……いつものように侍女達のスカートを捲りあげながら廊下を駆け抜け、階段の手すりに掴まってエントランスへ降りようとした瞬間、手すりがポキっと折れて頭から落下した。
およそ2階の高さから落ちた事もあり、それを見ていた人達は一様に俺の事は死んだと思ったそうだ。
俺は一週間眠り続け……起きた時には前世の記憶が俺の頭の中にインプットされていた。
最悪だ……まさか転生した先がギャルゲーの悪役令息とは……絶望しかない。
この世界では俺は絶対に幸せになれない、しかも割と若い内に殺されてしまう。
それならば悪役と見做されないように、目立たず、品行方正に、ヒロイン達とは関わらないように生きていこう。
そう……決めた筈だった。
「どうされたのですか、ヴィニー?」
俺の事を親しげに呼ぶのは、ヒロインの一人である
ユーリシア・ラブロフ。
侯爵家令嬢であり、皇太子の婚約者候補筆頭とも言われている。
愛くるしい顔つきとそれにそぐわぬ芯の強さ、有力貴族を手玉に取る強かさを兼ね備えた最強令嬢だ。
彼女をマトモに敵に回してしまうと、ストーリーとは関係無しに殺されそうな気がする為、当たり障りなく接して来たはずなのだが……妙に懐かれてしまった。
おかしいな……世間話とか美容の話くらいしかしてない筈だったんだけどな……
「いや、ちょっと考え事をね……」
「まあ、それなら私にご相談下されば大抵の事は解決できますわよ?」
いや、そんなに鼻息荒く寄って来られても……
「レヴィニエール!今日こそ決着をつけるぞ!」
話を遮るように割り込んできたのはミネルバ・レヴァーティン、聖騎士騎士団長の娘だ。
娘とはいえ本人も相当な剣の使い手であり、学園卒業後は聖騎士になることが内定している。
無論、ヒロインの一人だ。
以前、騙し討ちで決闘に勝ってからというもの俺に突っかかってくるようになった。
あのときは色々あって負けられなかったからそうしたんだけど、それを説明しているにも関わらず寄ってくる。
「……ダメ。今日レヴィは私と魔法の研究。魔法陣の新たな可能性を探求する。」
そんな約束した覚えないんだけど……
そんな与太話をし始めたのはアンネマリー・ボードウィン。
天才的な魔法の素質を持った彼女はいつも図書室か実験室で魔法の研究や実験を行っている。
一時期魔法にハマっていた時に意気投合してしまったのが良くなかった。
「貴女達、そんなに寄っては彼の邪魔になりますわ!さっさと離れてくれませんこと!」
そう言いながらスルッと俺の隣にすり寄ってきたのは大商人ドン・キホーテの娘イオ・キホーテ。
こいつは何で俺に突っかかってくるんだっけ?
因みにヒロインである
「…………」
無言で寄ってきたのは暗殺を生業とする一家の跡取り娘、キサラ・ルーグ。
ちなヒロ。
なぜだ?
どうして俺の周りにヒロインが全員集結しているんだ?
確かに最低限の関わりはあった筈だが、ストーリーイベントにあるようなロマンチックなイベントは一つもなかった……はず。
「そういえば、貴方の気にしていた平民出の生徒ですけど、なかなか能力だけはあるようですね。」
ユーリシアの何気ない一言に思わず体が硬くなる。
平民出身の生徒とはまごう事なき主人公君だ。
とりあえずは俺に恨みをためずに成長してくれているようだ。
「そ……そうか?それは良か」
「でも、平民の癖に調子に乗っているようでしたから、注意して差し上げました……念入りに。」
嫌な予感がする、
「お、おい、それは具体的にはどんな……」
「あーあいつね、確かに私も気になったんだよね。毎日のように勝負を挑んできてウザイのなんのって。だから今日は暫く立ち上がれないようにのしてやったわ。」
ミネルバ……お前が言うな!
「うむ、私の所にも急に革新的な論文を持って来てかまってちゃんアピールが酷かった。あれはきっと誰かバックが居て、私に取り入ろうとしているんだ。ある程度才能はあるみたいだが、レヴィには及ばないからな……」
俺の魔法?
指先にロウソクくらいの火がポッと出る程度だ。
こいつが俺の魔法だと信じてるのは手品と化学反応だったりする。
最近はこいつに絡まれるのが面倒で本当の事をぶっちゃけたんだけど、信じて貰えない。
他の奴らも似たような感じだ。
なんだか主人公に塩対応の奴らが多い。
君たち、誰か一人は主人公君と仲良くならないと魔王に世界を滅ぼされるぞ?
主人公君の勇者としての力と、ヒロインの愛の力がないと魔王には勝てない。
だからどうにかしてやろうと思うんだけど、どーもうまくいかない。
そしてそれから数ヶ月がたった頃。
「もう限界だ!」
どこで恨みを買ってしまったのか、主人公君の怒りが爆発した。
主人公であるアレン・レイナードは同世代の男より小柄だ、恐らく幼少期にあまり食べられなかったからだろう。
この辺りでは珍しい黒瞳黒髪とあどけない顔立ちのかわいい系男子だ。
しかし、その見てくれからは想像もつかないくらい力も魔力もある。
この数ヶ月で、彼は物凄く成長した。
正直、ゲームの成長限界を超えてるレベルの成長具合だ。
少なくとも、今の俺ではどうにもならない。
床に叩きつけられ、苦しいながらもアレンを見上げるとその目は憎悪に染まっていた。
俺の計画が……とか言っていたし、恐らくはこいつも転生者だ。
だからどうにか俺が敵で無いことを分かって貰えば……
「お前さえ、お前さえいなければ!」
あ、駄目だこれ。死んだわ。
刃が振り下ろされる。
俺はギュッと目を閉じた……
こんな事なら、もっとやりたい事をやっておけば良かった。
でもまぁ、この世界は俺には行き辛過ぎるし、却ってよかったのかも。
できれば苦しまずにいけますように。
と思ったが、いつまでも痛みも衝撃もやってこなかった。
恐る恐る目を開けると、目の前で剣を止めたアレンが泣きじゃくっていた。
「こんな事しても、意味なんてない……むしろ悪化するだけだ……なあ、君、転生者なんだろ?」
「……気付いていたのか?」
「そりゃ分かるよ!それで、どうするんだよ!?俺の力だけじゃ魔王を倒せないって所まで分かってるんだろ!?ヒロイン全部奪っちゃってさ……俺だって期待してなかった訳ではないけど……」
「す、すまん……攻略したつもりは無かったんだが……」
それに関しては俺というより、あいつらに言ってほしい。
別に口説いたり洗脳したりしたわけじゃないんだからな。
「それに、元々君がやる筈だった嫌がらせをヒロイン達にやらせるなんて、趣味が悪すぎだよ!どうして自分でやらずに彼女らにやらせるの!?」
「うぇっ!?」
ま、マジで?
ゲームでの悪役令息たる俺は、主人公の魔物討伐の功績を横取りしたり、魔道具を誤射した振りで狙ってきたり、魔物討伐で稼いだ金をカツアゲしたり、靴を隠したり倉庫に閉じ込めたり、聞こえるように陰口を言ったり皆の前でこき下ろしたりと様々な嫌がらせをしていたわけだが……今回はそういった事は一つもやってない。
あのアマども……俺が何もしなかった代わりにあいつらが嫌がらせしていたとは……
勘違いとはいえ結果的に俺にヘイトが溜まってるじゃねぇか!
「いや、マジですまん……信じて欲しいんだが、俺から指示したりはしてない。彼女らが勝手に……」
「そうは言っても、君がゲームの本筋とはかわっちゃったからこんな事になってるんだろ?」
「それは、そう、なのかも?」
「どうすりゃ良いんだよ……責任、取ってくれよぉ……」
泣きじゃくるアレンを見ながら、俺は胸がキュンとするのを感じた。
いや……俺と言うより、私だ。
前世の私はBLが大好きだったのだ。
だからこそ、この世界に転生した時は、絶望した。
ギャルゲーなど、BLの対極に存在するジャンルと言っても過言ではない。
良い男が少な過ぎるし、そもそも登場人物から一般人に至るまでBLなんてものを考える土壌が全く無い。
考えもしないのだから当然書籍もそんな物はない。
だからこそ私にとってはこの世界は地獄だった。
どうして私が好きだったゲームじゃなくて、兄貴に無理矢理攻略させられたこのゲームの世界に生まれてしまったんだと絶望した。
そんな私の胸が、今、かつてない程の高まりを見せている。
落ち着いて、落ち着いて考えるのよ!
私が主観になっちゃうからその可能性について思い至らなかったけど、第三者視点で捉えれば……
コワモテ悪役令息×ショタ勇者
ご飯三杯いけます!ありがとうございます!
「……分かった。俺が全身全霊を持って責任を取る。だから安心してほしい。」
「ちょ、ちょっと……どうして近づいてくるの?」
「それは、俺の声をしっかりアレンに届ける為だよ。」
「聞こえてる!ちゃんと聞こえてるから!……ちょっと、どうして髪とかほっぺたとかさわさわするの!?」
「それは、綺麗だったから触ってみたくてね、嫌だった?とはいえ……もう逃げられないよ?」
「か、壁!?いや、ちょっと待って!近い、顔か近いです!ちょっと待っ」
………………………………
……………………
…………
……
魔王の間にて
「待っていたぞ……ほぅ、たった二人だけで我に挑もうとは……随分舐められたものだ。」
「言ってろ、こっちにも色々事情があるんでね。」
「ふん、大方四天王とは別の者が戦っているのだろう?ここは任せて先にいけ!とでも言ってな。そうでなければ侵入者の報告があってからここまで辿り着くのが早すぎる。」
いや、ただただ最速で来ただけなんだが……まぁ勘違いしてくれてるならその方が都合ご良い。
実際、本来のストーリーならば主人公と結ばれなかったヒロイン達が一人ずつ四天王を受け持ち、魔王とはルートが確定したヒロインと主人公の二人で挑む事になる。
そんな中、アレンが口を開く。
「一応確認しておきたい、お前が魔王だな?」
「そうだ。そう言うお前は勇者として認められし者だな、もう一人は『爆炎の魔術師』だな。」
「魔王サマにまでこの二つ名が伝わってるとはね、光栄だ。」
「だが、ここで残念なお知らせだ。私の魔法防御は四天王の比ではない。お前がいくら魔術に自信があろうとも、我が防御を崩す事まかりならん!」
うん、知ってる。
俺もアレンも既プレイだからね。
だからこそ四天王も秒殺だった訳だし。
「そしてもう一つ、更に絶望的な事を教えてやろう。我を倒すには伝説の武器が必要だ……そして、お前たち二人では、どうあがいてもそれを手にする事はできない!ここに来た時点でお前たちの負けは確定なのだ!」
それも知ってる。
魔王を倒す為の武器はヒロインと二人で試練の祠に赴き、試練をクリアする事によって手に入る。
勇者は剣を、ヒロインは強力な結界を作り出す指輪をそれぞれ与えられるのだ。
そして剣は二人が近い距離にいなければ効力を発揮しない。
魔王がそう思うのも無理はない。
しかし、
アレンが構えた剣を見て魔王の目の色が変わる。
「お、お前!?それを何故持っている!?」
「問答無用!!」
魔王の動揺を好機と見て、アレンが斬りかかった。
さすがは伝説の剣、いとも簡単に魔王の腕を斬り飛ばした。
堪らず魔王派俺達から距離をとろうとするが、こちらも見逃すつもりはない。
「喰らえ、爆炎!」
「グッ……魔法障壁!」
魔王の周りを半透明の壁が覆った。
しかし、俺の放った物は魔王の障壁には影響を受けずに飛び魔王の頭に直撃、中の物を撒き散らした。
舞い上がった白い粉が魔王の視界を一時的に奪う。
「ゴホッゴホッ、こ、これは!?」
「着火。」
俺の指先から豆粒程の大きさの火球が飛び出した。
火球は魔王のすぐ近くまで飛んで行き、魔王の張った魔力障壁の外に飛び出していた粉に引火した。
轟音が響き渡る。
魔力障壁を張っていた魔王はどう見ても油断していた。
自分の障壁を超えられる魔法など今まで一度たりとも無かったからだ。
まさか、障壁の内側から爆炎が襲いかかろうとは思いもしなかっただろう。
「グォッ!?」
「これが俺の『爆炎』さ!」
派手な爆風が魔王を襲ったが、そこまで強力なダメージにはなっていない。
だが、ご自慢の障壁が役に立たなくて随分ショックのようだ。
「き、貴様……どうやって我の障壁を……!?」
「なーに、手品みたいなものさ。魔王、お前は魔法の障壁を張った……俺の爆炎は魔法じゃなかった、それだけさ。」
粉塵爆発。
魔法と言うより化学反応を利用した物理攻撃だ。
「それは一体……」
「おいおい、気になるのは良いが……本当に良いのか?戦闘中だぞ?」
俺が時間を稼いでいる間にこっそり魔王の背後に移動したアレンが、魔王のハートを物理的に串刺しにした。
「ガッ!?」
「この剣で急所を突いた……お前はこれで終わりだ。」
アレンの言葉を聞いて、魔王が目をカッと見開いた。
「おのれ……こうなればせめてお前たち二人だけでも道連れに……」
「やらせはせん!」
魔王は最後の力を振り絞って自身の魔力を暴走させようとした。
今度は俺が魔王の目掛けて剣を振り抜いた。
魔王の防御力は凄まじく、普通の武器ではかすり傷一つつけられない。
しかし、俺の剣は狙い違わず首筋に食らいつき、あっさりと魔王の首を断ち切った。
「な……に……?」
首から上だけになった魔王が驚愕の表情で俺を見ている。
何故なら、俺もアレンと同じく伝説の剣を持っていたからだろう。
試練の祠で試練をクリアした結果、何故か二人とも剣が貰えた。
指輪がないとなると、それはそれで難易度が上がってしまうのだが、そこは既プレイのアドバンテージで作戦を変更し、一気に終わらせてしまう事にした。
とはいえ、いきなり伝説の剣が二本ある事を見せてしまっては相手も警戒してしまう。
だからこそ、ここぞと言うタイミングまでとっておいたのだ。
頭のみで呆けた表情をしている魔王に向かって言い放つ。
「残念なお知らせだ、伝説の剣は二本あったのさ。」
「おのれ……この魔族の頂点たる我がこんな所でっ!!認めん、認めんぞ!!」
肺が無いのに喋れるってファンタジーだよな。
「ご愁傷さま。」
ワアワア煩い頭部にトドメを刺し、俺は脱力してゆかに座りこんだ。
因みに、アレンはまだ魔王の心臓から剣を引き抜けないでいる。
「ちょ、エリー!休んでないで手伝ってよ!!」
「魔王の核の処理は勇者の仕事だろ。」
エリーってのは俺のアレン用の愛称だ。
レヴィとかヴィニーとか他の奴が使っている呼び方は嫌だったようで、どうにか捻り出した。
魔王の心臓、というか核は高純度の魔力の塊のようなものだ。
さっき魔王が道連れ云々言っていたのは、この核を無理やり暴走させようとしてたという訳。
だから先にその指令を下そうとしている頭部を斬り飛ばした。
後は核の魔力が落ち着くまで待つだけ。
……の筈だった。
「核の浄化、随分時間かかってるね。」
「うん……なんだかおかしいんだ。だからちょっとエリーも見て……エリー!!」
んー?とアレンの方を見てみると、魔王の体が発光し始めている。
この光り方、間違いなく魔力暴走の予兆によるものだ。
何故?どうして?
とも言いたい所だが今は後だ。
「俺の剣も必要だったのか!?」
俺の持っていた剣も核に打ち込んでみたものの、効果は薄そうだ。
本来のストーリーならばそもそも魔力暴走は止められない、それをヒロインが持つ指輪の結界と愛の力で乗り切るのだ。
強くてニューゲーム2周目以降で主人公たちの能力がカンスト近くいっており、一分以内に戦闘終了すると魔力暴走無しのエンディングが観られる。
とすればこれは……
「1周目のストーリーの強制力か?」
「いや、これだけストーリーから逸脱しておいて強制力も何もないでしょ。」
そりゃそうか
魔王の核の発光は強さをどんどん増している。
もう魔力暴走まで時間がない。
なら、俺のやるべきことは一つだけだな。
俺はまだ魔王の胸に剣を突き立てているアレンを掴み、後ろに引きずり倒した。
「おい、何すんだよ!?」
「……責任をとる。」
どうにかアレンだけでも生かして返さにゃ、大団円にはならないからな。
そこんとこ行くと俺はむしろここまで生きられたことに感謝しないとな。
「そんな!?他に方法はないのか!?」
「あったらやってるよ。なーに、俺なんて本来ならストーリーの進行具合ではもう死んでるんだからな。それよか、俺が一秒保たなかった時のためにアレンも構えとけ。」
「いや、それなら俺が前に出た方が……」
「それは駄目だ。」
この世界にこれだけ整った顔の男は少ない。
それに一つでも傷がついてみろ、人類の損失だ。
「全く、どうして僕なんかにここまでするのさ……ヒロインたちの方が守りがいがあるだろうに。」
「それは……俺は『私』だったからさ。」
「え?それってどうゆう……」
「くるぞ!!」
「!?」
発光が一箇所に収束するように小さくなっていく。
来る、と思った瞬間凄まじい衝撃に襲われたが、伝説の剣の効果もあってかどうにか踏み止まれていた。
魔力暴走は10秒ほどで収まるはず、とはいえあまりの衝撃に今何秒なのかも分からない。
永遠にも思える数秒の後、剣にピシリとヒビが入ったように見えた次の瞬間、構えていた剣は粉々に崩れ去った。
もう俺を守るものは何もない……
――やはり、貴方には私達が必要だったようね?――
衝撃と暴風に曝されていた視界が突然クリアになった。
目の前にはまだその爆風が吹き荒れているというのに、その衝撃は一枚のガラスで区切られているかのように全く感じられない。
「……結界?」
「ご無事で何よりですわ、ヴィニー。」
馬鹿な、まさか……そう思いながらも声の出どころに顔を向けると。
いつも俺につき纏う、今回だけは置いてきた筈の人間、ユーリシアが立っていた。
「お前でもピンチになることがあるのだな、レヴィニエール。」
「レヴィ、心配した。」
「私が来たからにはもう安心ですわ!」
「……」
そして当たり前のようにいる残り4名。
「な、何故お前らが?」
「あら、婚約者が危機となっているのに駆けつけない私ではありませんわ。」
そうなのだ。
この女、俺の意思など関係無しに親を丸め込んで俺の婚約者の席に納まりやがった。
皇太子はどうすんだよ……
そんな事を言ってる間に魔力暴走は治まった。
魔王城は俺達のいる場所を残して塵に変わってしまっていた。
「というか、この結界はなんなんだ?」
「これですわ。」
ユーリシアが見せてきた左手薬指には、見事な装飾の指輪が。
「まさか……」
「そう、伝説の剣ライオンハートの対となる伝説の指輪、エンジェルハートですわ。」
「そんな馬鹿な……いや、いくらその指輪があったとしたって、これだけ強固な結界は……」
「誰が1つだけだと言いました?」
嘘だ、と思いながらも他の4人を見ると、全員の左手薬指に光るものがあった。
「5つだと……」
伝説の剣が2本ってだけでも異常事態だと言うのに、指輪が5ってのはもはやギャグだ。
おかげで結界の強さの種明かしにはなったのだが。
「試練の祠にて、全員が授かったのです。これもまた、私達の愛の為せるわざですわ。いい加減ヴィニーも諦めて私達の愛を受け止めて頂きま……」
「逃げるぞ、アレン!!」
「ええっ!?」
アレンの手を取り全速力で駆け出す。
移動速度はこっちのが上だ。
全力で逃げれば追いつかれない。
「ど、どうすんの!?どうせ王都に帰ったっていつかは鉢合わせるんだよ!?」
「そうだな!だが今決着をつけるのは無理だ!ユーリシアとは正面から戦っちゃならねぇ!」
何故かあの女と対峙すると、周りも含めあの女の都合の良いように丸め込めまれてしまう。
無論俺も口論では1パーセントも勝ち目が無い。
だからこそ、先に外堀を埋めてしまうのだ。
「アレン、記憶玉は無事だな!?」
「魔王にトドメを刺すとこまでばっちりだよ!」
「よし!これで勝てるぞ!」
映像を記録する魔道具に魔王との戦いを記憶させた。
これを王都の吟遊詩人や作家に見せ、俺達の愛の英雄譚を紡がせるのだ。
ユーリシア達が帰って来たときには俺達が最高のカップリングとして民衆から祝福されていると言う寸法だ。
その勢いで婚約も破棄してやる……
そしてもう一つ。
BLに全く興味の無い奴らには、俺達の存在は鮮烈に映る事だろう。
そして数は少なくとも生まれる筈だ……同志が、仲間が!
そうすれば、この地獄のような世界でも俺の楽しめるような作品がちらほら出て来るようになるだろう!
なんて完璧な作戦!!
俺は完全勝利を確信し、光ある未来に胸が躍るのだった。
――――――――――――――――――――
「……やはり、逃げましたか。」
「せっかく命を助けたのにな!」
「懲りない奴。」
「どんな事があっても、私は諦めませんわ!」
「…………」
置いてきぼりにされた5人は、一目散に逃げていくふたりの背中を呆れたように眺めた。
そんな中リーダー格の少女がピュイと口笛を吹くと、空から物凄いスピードで3匹のワイバーンが飛んできた。
「この記憶玉をそれぞれ王宮、実家、ヴィニーの御実家へ。」
ワイバーンは言われたままに魔道具を受け取ると、すぐに空へと飛び立って行った。
記憶玉には先程の結界を張ったシーンが記憶されている。
絶体絶命の危機に陥った勇者達の前で命懸けの結界を張る5人の聖女達、に見えるように。
「これで貴女達を王家や実家に認めさせられますわ。」
彼女達の狙いは、1人の男を5人で独占し、5人で分け合う事。
自分1人で制御できればそうしたかったものの、アレは複数人でなければ管理しきれない。
他にもライバルは星の数程いるのだ。
各方面に顔のきく5人でなければ守りきれない。
だから婚約中ではあるものの、先に他4人を関係者に認めさせる必要があった。
「大方、彼は民衆の心を押さえればとでも思っているのでしょうが。」
「王家を押さえるのが最優先だよな。」
「大事な所でアホなの。」
「そこがまた良いとこなのですけどね!」
「……」
人間の足がドラゴンの飛行速度に勝てる訳もない。
彼らが必死こいて王都に着いた頃には、とっくの昔にワイバーンが着いていることだろう。
「それでは皆様、ゆったり優雅に帰るとしましょうか。」
「「「おー!」」」
――――――――――――――――――――
後日、王都にて
「あ、あ、あのアマ……」
「エ、エリー、落ち着いて。」
「畜生!俺は絶対負けねぇぞー!!」
ある青年の叫びが王都の空に木霊した。
青年の望みが叶うのは、もう少し先になりそうだ。
悪役が攻略対象を奪っちゃった話を書こうとしたら、いつの間にかBL……っぽい感じに仕上がってしまいました。
筆者がノンケなので、長編にする体力がないので読み切りです。