クリームソーダがいいな
赤とピンクの可愛らしい外観。店内は優しい木目と白い天井。なによりも感動したのは。
「これが全部食べ放題……!」
バーナードは大きな体を感動で震わせた。
ショートケーキ、シフォンケーキ、ムース、シュークリーム、プリン、アイス、ゼリー、クレープ。それらがずらりと並んでいる。見ているだけで華やかで幸せなのだが。これを時間内ならいくらでも食べていいのだ。
「ビアンカさん、すごいです。天国です。キラキラしてます。眩しいです」
「ふふっ。バーナードさんの目の方がキラキラしてます」
「うぇっ」
思わず皿を取り落としそうになって、バランスを取る。いつもビアンカはさらっとこういうことを言うので心臓に悪い。たまにはバーナードの方が彼女を褒めて驚かせたいと思うのだが、上手い言葉が思いつかなくて、あまりうまくいった試しがなかった。
「バーナードさん、それ美味しいですか。一口ください」
「はい」
ビアンカが指さしたチョコレートケーキをすくい、差し出す。可愛らしい口が開き、ぱくんとチョコレートケーキを食べると。
「えへへ。間接キスですね」
頬を染めて微笑まれ、ぶわっと体が熱くなった。完敗だ。
にまにまにま。ルースしかいない団長の執務室で、バーナードは頬をゆるめていた。
ビアンカと付き合うようになって三か月が過ぎた。可愛い彼女とスイーツ三昧の日々。幸せすぎてとろけている。
「クマ。そんだけにやけるほど幸せなら、普段もうちょっと愛想よくしろよー。ずーっとクマがしかめっ面だから心配してたぞー」
「幸せすぎて、笑うとこんな顔になるんだよ。部下にこんな顔を見せられないだろ」
二人きりなので我慢をやめて笑顔になる。我ながら力の抜けきった笑顔だと思う。これでは示しがつかないと、普段は必死に真顔を保っているのだが、どうやらそれが不機嫌に見えるらしい。
「ぶわはははは! いいんじゃねーの? なんつーか癒し系ってやつだと思うぜー?」
「どこがだよ。気持ち悪がられるのがオチだろ」
「分かってねーなー、クマは」
分かっていないのはルースの方だ。いかつい男がデレデレしていたら気持ち悪いに決まっている。
脱いだ上着をかけたバーナードは、動いた影響でズボンから出ていたシャツを戻す。
「ん?」
戻しにくい。ベルトがきつかったのだろうか。ベルトをゆるめて、シャツをズボンの中に突っ込む。ベルトの金具を穴に入れようとして違和感を覚えた。穴を数えてみる。
いつもより一個分、外側の穴でないと入らない。つまり。
さああーっと目の前が暗くなってバーナードは動きを止めた。
「どしたよ? 何とまってんだ」
「どうしよう。ルース」
ぎぎぎ、と錆びた扉のように振り向いたバーナードは、絶望した。
「……太った」
しばしの沈黙の後。
「ぶわはははははは! 乙女かよ。ウケる」
ルースの大笑いが執務室に響いた。
笑い事じゃない。切実な問題なのだ。切実な。
待ち合わせの広場のベンチに腰掛け、バーナードは腹をさすった。
今まで体型のことなど気にしなかったから、太ることなど失念していた。外見のいかつさは変えようがないのだから、せめて体型くらいは維持したい。格好いいと思ってほしい。
ビアンカとの思う存分スイーツ三昧は、楽しくて美味しくて幸せだ。断りたくない。
しかしスイーツを食べすぎると太ってしまう。
ああ、ビアンカとのスイーツデートだけでなく、前と同じようにルースにスイーツを買ってきてもらって食べていた、過去の自分を殴ってやりたい。
「バーナードさん。すみません。お待たせしました」
本日のビアンカは、ふわふわの白い髪に赤い髪留め。目にも鮮やかな緑色に白い水玉模様のワンピース。一目見てクリームソーダみたいだと思った。それも真っ赤なさくらんぼが乗ったやつだ。
今日も可愛い。そして、美味そうだ。
ぐううううううぅ。
しまった。
ついスイーツを連想するからだ。
「……」
聞こえていませんようにと祈りながら、恐る恐るビアンカの様子をうかがう。ビアンカの赤い瞳が、バーナードの腹に向いていた。これはばっちり聞かれている。
「うぇっ! 違うんです。これはその、決して太ったからご飯を我慢していた訳ではなくてですね」
ぶんぶんと頭と両手を横に振ると、ビアンカの目が丸くなった。
「太ったからご飯を我慢? バーナードさんが?」
「うぇっ? どうしてバレて……あああああ。僕の馬鹿。全部言っちゃってるぅ」
また口が滑った。
がっつり白状してしまうなんて。自分のあまりの馬鹿さに、バーナードは頭を抱えた。
「あの、バーナードさん」
「はい」
頭を抱えていた腕をどけると、頬を膨らませて両拳を握ったビアンカがいた。
「バーナードさんのどこが太ってるんですか。私、ぷにぷにのぽにぽにのお腹なんですけど! それで太ってるとか嫌味ですか。戦争ですか。贅肉具合じゃ負けませんよ」
「うぇっ、ちょっ」
小さな手が伸びてきて、バーナードの腹を掴もうとして失敗した。
「なんですかこれ。硬い。ちっともお肉ないじゃないですか。こんなの太ったうちに入らないですよ。このこのこの~っ」
「ひゃああっ! やめて、ビアンカさん」
掴めなかった代わりにもみもみと指を動かされ、驚きとくすぐったさにバーナードは悲鳴を上げた。涙目になって距離を取ると、怒った顔のビアンカに睨まれた。その顔も可愛いけど、怖い。
「バーナードさん!」
「ひゃい!」
「もー。なんでそんなに可愛いんですか。私よりずっと可愛いなんて反則です」
「どこが!?」
小さな手でぽかぽかと腹を叩かれた。むくれた顔とその仕草が小動物みたいで可愛い。
少なくとも、見た目だけの情けない男よりもずっと可愛い。
「ビアンカさんの方が何倍も可愛いですけど」
思ったことを正直に口にすると、ビアンカの頬が染まった。真っ赤なさくらんぼみたいで、つい手が伸びる。柔らかな頬に触れると、もっと赤い潤んだ瞳が揺れて、ゆっくりと閉じる。もっとぷっくりと柔らかそうな唇に吸い寄せられて。
ぐううう~。
触れるよりも前に、バーナードのお腹が鳴った。台無しだ。
「すみません……」
「ぷっ」
口元に手を当てたビアンカが吹き出した。
「バーナードさんはスイーツの前にご飯食べましょうね」
「余計に太りそうだなあ」
ビアンカが白い手を差し出した。少し温度の低いその手を取り、軽く握って歩きだした。どれくらい力を入れたらいいのか、毎度悩みながらそっと手をつないでいる。
「お腹のお肉の敵は、バランスのいいご飯なんですよ。ご飯抜いたら余計に太るんですから」
「そうなんだ」
「そうなんですよ。経験者の言うことですからね。信用して下さい」
得意気にビアンカが胸を反らした。ふふっという笑いと吐息が、白く空気を染め、赤くなった鼻の頭をかすめて消える。
バーナードはつないだ手を、ずぼっとポケットに入れた。
「ご飯の後のスイーツはクリームソーダがいいな」
「この寒い日にですか」
「うん」
さっき食べ損ねたから。次はいけると思う。いけるといいなと思う。いけるかな、と思う。
そんなことをぐるぐる考えながら、バーナードは小さな歩幅に合わせて、ゆっくりと足を進めた。
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楽しんで頂けましたら幸いです。
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