ベリーベリー・スイートパフェ
一目ぼれ、だったのかもしれない。
ビアンカの倍以上ありそうな背丈。厚みのある胸板。男らしい太い首や強そうな骨ばった手も。茶色の短髪も。きりっとした眉や無骨な顎のライン。全てが恰好いいのに。
声をかけると飛び上がって、困ったように下がる眉と目じりが可愛くて。
だけど逃げられてしまうし、しかも同僚のメリッサは通報してしまうし。もう二度と来てくれないだろうなと諦めていたのに、今度は恰好いい騎士としてやってきて。それなのにパンケーキを食べた途端に、きりっとした顔がふにゃふにゃにとろけてしまって。
その顔がパンケーキよりも、甘そうで美味しそう……なんて思ってしまった。
この人ともっとお話したい。もっといろんな顔が見たい。声を聞いていたい。触りたい。
きゅうきゅうと胸を締めつける、苺みたいに甘酸っぱいこの感情は、恋なのだとビアンカは悟った。
だからぜーったいに捕まえてみせる。
「キラーワスプの駆除をありがとうございます。まだ彼女ではありませんが、頑張ります!」
「ぶわはははは!」
「頑張ってね」
「団長も!」
騎士様の同僚さんたちに励まされ、ビアンカは決意を強固にして拳を握った。
「そりゃ頑張るつもりだけど、いいとこなしだろ」
ビアンカの上から弱弱しい低い声が降ってくる。見上げると、うなだれた騎士様――バーナードの顔があった。困ったように垂れた眉と目じりに、体の中心がきゅんとうずく。
さっきまであんなに恰好よかったのに。可愛い。好き。なんとかしてあげたい。
そんな気持ちがあふれてきて、どうしようもなくなる。
ビアンカはバーナードの頬に手を伸ばした。そうっと触ってみると、お腹や腕と違って柔らかい。
「私はロイド様より、バーナード様の方が素敵だと思います」
初老の紳士はとても素敵だけれど、ビアンカは戦ったバーナードの方が何倍も素敵だと思う。
ボイラー室の外で待っている間、中が見えなくてハラハラしていたら、ロイドが中の様子を実況中継してくれた。
どうして中の様子が分かるのかと問うと、ロイド曰く、戦場で戦うことに慣れると見えなくても敵の動きを感じ取れるのだそうだ。
ロイドの口伝いだけれど、バーナードが一人で他の団員の倍以上のキラーワスプを駆除していく様は、本当に恰好良かった。
キラーワスプ退治でべとべとになったバーナードの体は、勇敢に戦った証。心配のあまりあちこち触ってしまったけれど、どこもかしこもゴツゴツと硬くて厚みがあってすごかった。鍛え抜いて鋼になった筋肉は、日頃の鍛練と今まで戦ってきた日々の、努力の結晶だ。だから。
ビアンカは茶色の瞳を真っ直ぐに見つめて、断言した。
「バーナード様の方が恰好いいです」
どうか伝わって。
貴方は誰よりも恰好いいです。
バーナードが耳まで赤くなった。厚い唇が震え、ずっと上げていた腕が迷うように揺れる。がっしりとした腕が、おずおずとビアンカの背中に回った。
「ビアンカさんは世界一、可愛らしいです」
「えっ」
耳元で囁いた低い声に、甘い響きがたっぷりと入っていて。
ずるい、ずるい、ずるい。
可愛いのに、恰好よくて、甘くて、ずるい。
今度はビアンカが耳まで赤くなる番だった。
****
せっかく二人で行くんですから、バーナード様が入りにくそうな、可愛いカフェにしましょうよ。
そうビアンカに言われて、白い木造のカフェにきた。赤と白のストライプの日よけ。その下にある扉も赤。店内も白を基調としていて、あちこちに観葉植物が飾られている。
客はやはり女性とカップルばかり。ビアンカと一緒でなければ、到底入ることができなかった。
嬉しさと感謝でじーんとなりながら、席につく。
ビアンカが頼んだのはチョコバナナパフェ。なんとキャラメルアイスにチョコで目と鼻。丸いボーロが中央と上部の左右。クマの形になっていた。
「可愛いー! バーナードさんみたいです」
「こんなに可愛くないですけどね」
「えっ? バーナードさんの方が可愛いですよ」
きょとんと目を丸くしたビアンカが、こくんと首を傾げると、ふわふわの白い髪が揺れた。アイスを一すくいして、口を開ける。ピンクの小さな舌先がスプーンを迎えにいき、ペロリとキャラメルアイスをなめた。
「ん。甘くて美味しいです」
嬉しそうに頬を赤く染め、微笑まれる。
なんだか自分が食べられたような気分になって、妙に恥ずかしくなり、バーナードは視線をパフェに移した。
「ビアンカさんの方が可愛いです」
バーナードが頼んだ苺パフェみたいに。
白い生クリームの上に真っ赤な苺。その下にはピンクのアイス。アイスの回りにはスライスされた苺が、花びらのように広げて盛り付けられている。
ガラスの容器の中にはふわふわのムース。
華やかで可愛らしくて、甘そう。
生クリームとアイスと苺をスプーンに乗せて頬張る。舌の上にひんやりと甘酸っぱいアイスが溶けて、優しい生クリームが広がり、苺が香った。
「んーっ、美味い。ビアンカさんはもっと甘くて美味いんだろうなぁ」
甘いものを食べた幸せに、溶けたバーナードは、思ったことを素直に口にした。幸せな気分のままビアンカを見る。
ビアンカが真っ赤になって固まっていて、我に返った。
まずい。今、何を口走った?
「うえっ! 僕の馬鹿。いくらビアンカさんが好きだからって変態発言……あ!」
慌てて、また滑った口を両手で押さえる。ビアンカは赤い顔で苺より赤い目を潤ませていた。
こうなったら後には引けない。バーナードは手を下ろし、背筋を伸ばした。
「僕はビアンカさんが好きです。よろしければ僕の彼女になって下さい」
「私も!」
「うえっ?」
「私も好きです! あと、バーナードさんは、このパフェより甘くて美味しいと思います」
甘くて美味しい。バーナードがビアンカに対して思っていたことと同じだ。
「ぷっ」
「ふふっ」
見た目も性別も性格も職業も。何もかも違うのに、同じだった。それが可笑しくて嬉しくて、幸せだ。
お互いの外見によく似たパフェは、すごく甘くて甘くて、美味しかった。
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。
楽しんで頂けましたら幸いです。