ソフィア
魔法が使える!
この先の運命に一筋の光明を見いだしたレオン。
並列思考を使って何か出来ないか、考えるのだった。
カンカンカン
清澄な朝に木剣の乾いた音が響く。
俺は今、ソフィアと剣の手合わせの真っ最中だ。
と言っても打ち込み稽古なので、俺が一方的に受け身になっている。
手には綿の詰まったグローブ。胴にも綿の詰まったチョッキを着ている。
ソフィアは打ち込み手なので、防具は着けず軽装だ。
木剣を振るたび、ポニーテールの髪がピョコピョコ跳ね回る。
3分連続して打ち込み、2分休憩。
それを3セットこなす。
「ふーつ、やるじゃないか。」
ソフィアが汗額のを拭いながら水筒から水を飲む。
館の裏庭にある稽古場は、北側にあり斜めからの陽光が二人を照らす。
俺は、剣は得意ではない。
が、魔法の訓練で、2つの精神をコントロールする術を学び、今は難なく対処できる。
『レオン』の思考が目の前の木剣の動きと体の裁きを受け持ち、『俺』の思考が戦術を組み立て、相手の攻撃への最適解を導き出す。
並列思考というやつだ。
並列思考を使うため魔力を予め通してある。
魔力を通さないと元レオンの精神=並列思考が起きてくれないからだ。
森の魔女が予告した日まで、あと12日。
並列思考とそれに合わせた剣、槍の捌き方を磨かねばならない。
時間は余りない。
「休憩が終わったら、相対稽古をしませんか?」
俺は、そう提案した。
「相対稽古か。相手を斬るつもりで打ち込むが、それでもいいか?」
「当たったらかなり痛いぞ。」
「構いません。そちらも防具を着けてください。」
「言ったな、泣きを見ても知らないからな。」
ソフィアは、普段は柔らかな物言いだが、いざ剣を取ると言葉が勇ましくなる。
ギャップ萌えと言うやつだろうか、普段の女らしさと大違いだ。
休憩のあと、相対稽古をする。
得物は木剣だ。
相対稽古用の木剣には鉛が仕込んである。
本物の剣の重みを再現するためだ。
これだと、下手に空振りできない。
空振ると態勢が崩れるし、そもそも重い木剣をそう何度も振ると腕が疲れる。
真剣勝負は、無駄に剣を振り回したりしない。
一撃必殺が基本だ。
ただ当たると相当痛い。
ソフィアが剣を振った。
流石に、良い太刀筋をしている。
剣に勢いがあるし鋭い。
かろうじて受ける。
並列思考を使っても、受けで精いっぱいだ。
反撃する隙が無い。
2撃目はステップバックで躱す。
あぶないあぶない、もう一歩打ち込みが深かったら当たっていたところだ。
さて、3撃目をどうするかだ。
体の切れでは勝ち目がないことを悟り、対策を練る。
有効な反撃法はカウンターしかない。
3撃目が飛んでくる瞬間、俺も木剣を飛ばす。
振りぬくと、相手の剣勢の方が上なので、相手に合わさず刺突をする。
剣道でいうところの『面』に『突き』で返す要領だ。
取ったかと思ったが、一瞬ソフィアの木剣が早かった。
「負けました。ありがとうございました。」
会釈をする。
「なかなかの太刀筋だったぞ、特に最後の突きは良かった。」
そう言って木剣を収め汗を拭う。
「ふーつ」
緊張が解けたのか尻もちをつく。
まだまだ、やることがありそうだ。
「またレオンが裏番のとき稽古をしないか?」
「はい、喜んで。」
「それは楽しみだ、ではまた明後日。」
そう俺に声を掛け、その場を立ち去る。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
息を整えると、防具のグローブ、チョッキを脱ぐ。
汗がべったりだ。
木剣と、防具を仕舞うと、汗を流すことにした。
館には風呂は無い、少なくとも従者が使えるようなものは無い。
領主様やお嬢様は風呂に入っていらっしゃるのかもしれないが、見たことは無い。
シャワーも無い。館は高台にあるので水は貴重だ。
館に何か所かある井戸から汲む水が生活用水として使われている。
従者に許されるのは、井戸から自ら水を汲み、タオルに浸した水で体を清めるくらいだ。
俺は、余り使われていない木陰の中の井戸の方へ向かった。
そこには...先客がいた。
気が合うのだろうか?
2日前も図書室で一緒になったが、何とも偶然な事である。
ソフィアは井戸の前で上半身をはだけ、背中をこちら向きにしてタオルで汗を拭っていた。
ちらりと小ぶりなおっぱいが覗き隠れする。
先程のポニーテールを解き、髪を前におろしているせいか、先っちょの方は上手く隠れていて見えない。
やばいな、咄嗟に俺は引き返そうとした。
静かにあと摺りをしたと思ったのだが。小枝を踏んでしまった。
「誰だ!」
誰何の声。
「ちょ、誤解です。」
返事をする前に、木桶が飛んできた。
え、20メートルはあるぞ。
しかも良いコントロールだ。
『おい、どうする避けようか?』
並列思考が頭の中で俺に問いかける。
避けようと思えば避けられたが、それはそれであとが恐ろしい。
『いや良い、このまま知らなかったふりをしよう。」
そう並列思考に返事をし、敢えて木桶と衝突することにする。
目に火花が散って、意識が飛んだ。
このあと2日後の稽古で死ぬほど痛めつけられたのはまた別の話だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
午後から魔法の訓練をする。
額にたんこぶができているが、訓練に支障はない。
2日前に成功した水の魔法を繰り返し練習する。
練習のせいか一滴だった水の生成が、この2日間でコップ半分くらいまで成長していた。
やるじゃん、俺。
様になってきたところで次のステップに進むことにする。
『魔道士入門』の別の魔法を試してみる。
といっても入門書なので、本に書かれている魔法は、どれも基本の魔法ばかりだ。
初級以上の魔法を習得するには、やはり魔法の師匠の弟子になるか、学校で学ぶしか無い様だ。
物体の移動魔法を試してみることにする。
つまり水の生成魔法と組み合わせることによって、誰かに水球をぶつけることができる。
殺傷効果は無いが、牽制程度には使えるだろう。
入門書を読み、魔法の仕組みを理解し、試してみる。
「うーん、物体を動かすことには成功したが、コントロールとスピードがいまいちだな。」
水球が動く方向は合っているのだが、的に当たらない。それもゆらゆらと的に向かって動くので、馬鹿でも避けられてしまう。」
これもやはり訓練か。
俺は午後いっぱい魔法の訓練に明け暮れるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夕方の交代時間前に早い夕食を摂ることにする。
従者用食堂に入ると、メイドさんたちが遠巻きに俺を見てくる。
どこかで、朝の話が伝わったのか、引くような警戒する眼差しだ。
俺って何か悪いことをしましたっけ?
自覚はありますよ。
針の蓆にでも座らされた気分だ。
でも、わざとじゃないんです。
そう、心の中で念じつつ独り寂しく夕食を摂るレオンだった。
ソフィアさんと少し仲良く?なれました。
森の魔女との対決に向け試行錯誤をしながら成長していきます。
今後の展開をお楽しみに。