怪獣大決戦《1》
――警戒の割合は、七:三といったところだろうか。
脳筋魔族は、俺達から意識の大半をハルシル先輩へと移し、現れた彼の方もまた、同じような警戒具合で脳筋魔族を見ている。
小康状態。
脳筋魔族とハルシル先輩が、互いにそうやって睨み合いを始めたがために、しばし、戦場が停滞する。
「あちゃー、怪獣ツートップが揃っちゃったね。実質決勝戦かな、これが」
そう、楽観的な声を溢すルーヴァ先輩に、俺は肩を竦める。
「怪獣大決戦に巻き込まれた、小市民Aの気分っすね」
「あはは、面白いこと言うね、ユウハ君。まあでも、相手が怪獣でも、泣き所っていうのは、必ずあるものだよ。――ユウハ君、悪いけど、手助けはさっきの一発だけね。僕、君とも戦いたいし」
「フン、雑魚ならば雑魚らしく群れていても、こちらとしては一向に構わんぞ」
「相変わらず口が悪いですね、グアンさん。ま、ただ、ユウハ。当然ながら、この場にいるのならば、手加減はせんぞ」
「えぇ……覚悟はしてますよ。ようやく、ここまで来たんですから、あとはやれるだけ、やるのみです」
ピリリ、と空気が張り詰めていき、肌を刺す。
空間に、闘気が満ちていくのがわかる。
――この状況は、俺に有利に働くかもしれない。
この状況ならば、混戦は必至。
しかも、この三人は実力者だ。
脳筋魔族とハルシル先輩は勿論、ルーヴァ先輩が強いことも、実際に戦ってよく知っている。
ならば、予期せぬ被弾が増えることは間違いないし、状況がカオスになるのも目に見えており……俺は、見ることには、少し自信がある。
格下ならば、乱戦に勝機を見出すのが、戦場の常だ。
場のカオスを利用し、実力差を埋める。
――最初に攻撃を開始したのは、ハルシル先輩だった。
突如、周囲に散乱する瓦礫が浮き始め、彼の下に集まって行ったかと思うと、それが生物の形を成していく。
生み出されたのは、周囲の建造物と同じくらいの高さがある、狼。
「カァッ!!」
その瓦礫狼が形成される途中で、脳筋魔族は突撃を開始。
だが、瓦礫狼の完成の方が一足早く、角張り、如何にも攻撃力の高そうな前足でのフックを放ち、それを脳筋魔族はナックルダスターで殴って軌道を逸らすことで、回避。
その重量の感じさせる巨体からは、信じられないような機敏な動きをしてやがるな、あの瓦礫狼。
恐らくゴーレムの一種なのだろうが、俺が砂漠エリアで戦ったゴーレムとは、比べものにならない程の練度だ。
接近戦が主体である脳筋魔族は、距離を詰めようと動き続けているが、逆にハルシル先輩は、瓦礫狼を主軸に、牽制の魔法を次々と放って、一定の距離を保ち続ける戦い方をしている。
恐らく……接近戦に限って言えば、脳筋魔族の方が上手だと判断しているのだろう。
ウチの先輩は、接近戦もアホ程強いが、メインはやっぱり魔法だからな。
そして、そこにルーヴァ先輩がちょっかいをかける。
彼……彼女……まあとにかく、ルーヴァ先輩はトラップのような、相手の動きを阻害するタイプの魔法が得意らしい。
使い方も上手いな。
脳筋魔族には、動きを少しだけ阻害するような魔法を放つことで、瓦礫狼の攻撃から避けにくくさせ、ハルシル先輩には、脳筋魔族への対処に気を取られた一瞬の隙を狙って、致命傷にはならないまでも、ダメージは受けるであろう攻撃を続けている。
二人は鬱陶しいとばかりに、簡単に払ってそれらを防御し、ハルシル先輩に限っては同時に反撃も行っているが、この妨害を続けることが出来たら、いつかはあの二人もまともに食らってしまうだろう。
鬱陶しく、だが排除の第一目標にはならないような、絶妙な邪魔し具合だ。
俺はというと、残念ながら牽制で放たれたハルシル先輩の魔法により、まだその戦闘に参加出来ていない。
執拗に進路を阻み、だが無視しようものならダメージを負うであろう魔法の連打である。
チッ……思っていた以上に上がったな、戦闘のレベルが。
より複雑になり、より加速し。
俺も、覚えている遠距離攻撃用の魔法を幾つか放ってみるが、どう見ても有効には働いていない。豆腐でも投げつけている気分である。
……今まで意識していなかったが、ここに来て、術具無しが響いている。
明らかに、俺だけ魔法の発動がワンテンポ遅い。
原初魔法の方が、通常の術式を使用する魔法よりも発動が早いはずだが、あの三人はこの状況下でも冷静に立ち回っており、術式の構築速度が一切落ちていないため、今では俺の方が発動が遅い。
乱戦上等、なんて息巻いていたが、このままじゃ俺が真っ先に脱落してしまいそうだ。
というか、そもそも俺の方が間違いなく格下なのに、何でさらに術具無しなんてハンデを背負わなきゃならんのか。
あの人らに背負ってほしいわ、そのハンデ。
――俺は、ここからどう動く。
恐らく、俺とルーヴァ先輩の思惑は一致している。
まず、怪獣二人の内、どちらかを落としたいと思っている。
ただ、怪獣の片方が落ちるということは、もう片方のターゲットがこちらに向くということに他ならないので、出来る限り両方とも疲労し、魔力を消耗してもらった上で、だ。
超都合の良い考えだが、怪獣に勝つには、それくらいしないとならない。
針の穴に糸を通していく戦い方をしないと、勝てないだろう。
それまで、互いに脱落はしてほしくないし、故にルーヴァ先輩は、俺の方にはまだ一切の魔法を放っていない。
怪獣達に掛かる負荷を、少しでも増やすためだ。
そして……俺は、対ハルシル先輩用に、一つ開発した魔法がある。
だがそれは、一対一の、他に意識を割かなくて良い状況でしか上手く使える気がしない。
となると、俺が勝ち残るためには、第一目標は脳筋魔族。
第二目標がルーヴァ先輩。
トリが、ハルシル先輩だ。
……よし。