本戦《3》
現在行われているボックス・ガーデン本戦は、大会最終日の、最終競技である。
元々人気のある競技ということも合わさり、現在観客席は、全てが埋まってなお人の流入が止まらず、立見席も開放され、モニターに映される大迫力の戦闘一つ一つに、大歓声があがっていた。
そんな観客の入り具合ではあるが、大会関係者のみに開放されている特別席が存在しており、一応関係者となっているシイカとカエンとルーは、そこで試合の観戦を行っていた。
「おー、はげしい!」
「ユウハ君、本当に強くなったわねぇ。ボックス・ガーデンの練習を始めたばかりの頃とか、もう宙を舞ってるところばっかり見てたけど」
「ユウハ、とっても頑張ってたわ」
「結構真面目じゃからの、主様。儂を振るのを、一日とて休んだことはないし」
そして、現在彼女らと共にいるのが、アリア。
彼女は午前中に『マジック・ラビリンス』の本戦があったが、見事一位という結果を収めることに成功し、表彰されてから、こちらへとやって来ていた。
「――やぁやぁ、みんな。私も一緒していいかい?」
と、さらに、トテトテと歩いて現れたのは、ミアラ=ニュクス。
「学院長様! どうぞどうぞ、こちらへ」
「ミアラちゃん、こんにちは」
「みあらねぇ、こんにちは」
「フン、お主も来おったか」
「はい、こんにちは、みんな。ルーちゃん、調子はどう?」
「げんきいっぱい」
尻尾をフリフリと揺らし、むん、と胸を張ってみせるルーに、微笑ましそうな顔をするミアラ。
そんな幼女学院長の様子を見て、華焔が彼女へと声を掛ける。
「……随分、すっきりとした顔をしておるな」
「フフ、カエンには誤魔化せないね。うん、おかげ様でね。君にも……心配かけちゃったかな」
「ぜ、全然心配などしておらぬわ!」
わかりやすく声を荒らげる華焔に、ミアラはくすりと笑みを溢し、次にアリアへと声を掛ける。
「まずはアリアちゃん、優勝おめでとう。見てたよ、すごかったね」
「ありがとうございます、学院四年生としての意地を見せられて良かったですよ」
「学院に戻ったら、しっかり祝勝会をやらないとね。それで、ユウハ君の様子はどうだい、カエン?」
「……どうにか、泥臭くやっておるがな。ただ、やはり他の者どもの方が一枚上手じゃ。特に……今やりあっている相手は、主様より二段階は上の実力があるの。相性は悪くない故、まだ戦えておるが」
華焔の次に、アリアが口を開く。
「あの魔族の選手は、ウチのハルシル君並に有名ですから。でもユウハ君も、よく戦えていると思います」
ユウハが現在戦っている相手の名は、グアン=ジャーナード。
彼もまた、ボックス・ガーデンでは有名な選手であった。
他の種とは比べものにならない強靭な肉体に、高い魔力を備える、『マギパンツァー』と呼ばれる魔族で、鬼のような一本角を頭部に持っているのが外見的特徴である。
ただ、強靭な肉体を有するが故に――つまり、肉体に作用する魔力が高いせいで、他の種よりも体外に魔力を放つ力が弱く、そのため自らを強化する以外の魔法を苦手としている。
そのような理由から、ユウハと同じくグアンもまた接近戦が主体であり、魔法をあくまで補助手段として使うため、二人の戦いがよく噛み合ったことで、逆に戦闘が長引いていた。
実力自体は、一目見てグアンの方が上だとわかるくらいに差があるが、しかしユウハは『目』が他の選手より突出して良く、そのため攻撃を受ける回数は多いものの、紙一重で致命傷は避け続けており、リタイアを免れている、というのが現状であった。
「しかしあの魔族、なかなかやるのー。あの若さであのれべるとは、才能か、修練の結果か。我が主様がやるには、残念ながら、ちと早い相手じゃな」
華焔の評価に、ルーがちょっと不服そうな顔をする。
「むむ。ゆーはにぃ、がんばってる」
「そうじゃな、頑張っておる。しかし、まだ戦うということを覚えたばかり、というのも確か。飛び方を覚え始めた雛鳥そのもの。もう二か月もあれば、まだ戦えるようにしてやれたのじゃが」
そう評価する華焔に、しかしシイカが楽観的な声を漏らす。
「でも私、今日のユウハは大丈夫だと思うわ」
「む? そうか?」
「えぇ。ユウハ、弱いけれど、覚悟を決めた時は強いもの。今、そんな顔してるから、多分大丈夫」
「フフ、なるほどね。覚悟、か」
彼女らが見ている前で、戦局は動いていく。
◇ ◇ ◇
「ハハハッ!! なかなかやるじゃないか、小僧ッ!! 俺とそこまで打ち合えるとはッ!!」
「ぐっ、フッ……そうかいッ、ご満足いただけたら何よりだ、そのまま勝手に昇天しやがれッ!!」
遮蔽物として利用していた、コンクリート塀ごと殴り抜き、伸びてくる拳。
虚を突かれたが、ギリギリで避けることに成功した俺は、その腕をへし折ってやるべく模擬刀を振るい――腕が消える。
そう錯覚する程に、引き手が速いのだ。
空振り、体勢の崩れた俺に向かって、穴の開いたコンクリート塀を完全にぶっ壊しながら、脳筋魔族が壁など関係なく突進をかましてくる。
「グッ……」
避け切れず、食らう。
肉体を走り抜ける、トラックで突っ込まれたかのような重い衝撃。
ただ、その攻撃に逆らわず、身体をわざと浮かせることで受け流し、そのまま吹き飛ばされたもののしっかりと受け身を取ることで、ダメージを最小限に抑える。
クソッ、いてぇ。
防戦一方。
時折、どうにか反撃を試みてみるものの、そんなものはカスと言わんばかりに、まともに当てることが一度も出来ていない。
――脳筋野郎の武器は、肉体のみである。
完全なインファイターらしく、無骨なナックルダスターのみを拳に嵌めており、そしてそれが術具の機能も果たしているようで、打撃に魔法効果が乗っているのだ。
打撃だけでも相当にコイツはやるのだが、その魔法効果が本当に厄介なのだ。
一番ヤバかったのが、『雷撃』を拳に乗せていた時だ。
軽い、スピードのあるジャブに雷撃を乗せ、それを食らうと感電し、強制的に動きを鈍らされるのだ。
ジャブで動きを止め、コンビネーションの大技でトドメを刺す訳である。
一回食らってしまい、終わりかけた。
もうほとんどただの根性で、無理やり身体を動かしてトドメから逃げたようなものである。
次に厄介なのが……『拳砲』、と呼ぶべきだろうか?
振り抜いた拳から、何か衝撃波のようなものを飛ばし、つまり遠距離攻撃を放ってくるのだ。
距離減衰が大きいようで、多少間合いを離せば無視しても問題ないくらいに威力が落ちるのだが、しかし近場で受けると、普通のストレートと同じだけの攻撃力があるのだ。
だから、拳が長い、と表現するのが、適切だろうか。
避けた、と思いきや、時折フラッとこれが飛んでくるから怖い。
しっかりと魔力を見ていなければ、回避もままならない。
特に厄介だと思ったのがこの二つだが、しかしこれ以外の攻撃も数多使いこなし、剛と柔を自在に使い分けて戦いやがるのである。
さらに、防御も固い。
避ける技術、受ける技術もさることながら、漁夫の利を狙って他の選手から放たれた魔法を、拳で打ち砕いてやがった。
よく見ていたおかげで、どういうものかを理解することが出来たのだが、どうやら自らの魔力を打ち込むことで相手の魔法の構造を揺るがし、術式そのものを崩しているようだったのだ。
単純に、すごいと思ってしまった。
そんなことも出来るのかと、学びを得たような気分である。
ちなみにだが、この場にいた他の選手は、大体コイツに食われた。
漁夫の利を狙って攻撃してきた奴が、次々に返り討ちにされ、今のところ残っているのは俺だけである。
俺も、一人返り討ちにすることは出来たが……もう多分、コイツとはポイントを離されてしまったな。
勝つつもりならば、逃げず、ここでコイツを潰さなければならない。
だが、俺がまだコイツと戦えているのは、たまたまだ。
わかっていたことだが、コイツは俺より格上だ。
一段階か、二段階か。もしくはもっと上か。
このままでは、ジリ貧。
勝ちを狙うのならば、どこかで勝負を仕掛けなければならない。
どこかに勝機を見出さなければ、このまま負ける。
考えろ。
考えろ。
見て、思考を続けろ。
――一応、まだ残している切り札はある。
ボックス・ガーデン用に開発していたものだが……もっと言うと、対ハルシル先輩用に開発していたものだが、恐らくコイツとは相性が悪い。
だから、使えるのは、今あるカードだけ。
考え過ぎて脳味噌が熱を持ち始めたのを感じながら、迫り来る拳から逃げ、勝ちの目を探すべく全身全霊で見続け――という時だった。
ブシュッ、と飛んできた何か糸のようなものが、脳筋魔族の右手に絡みつき、壁と固定される。
「ぬっ!?」
特大の隙。
「! シッ――!!」
一歩で懐に踏み込み、胴を薙ぐ。
渾身の一撃は、しかし左手で受けられてしまったものの……ダメージの通った感触。
初めてのまともなヒット。
さらに連撃を、という時には、すでに脳筋魔族は右手の糸を引き千切り、少し下がって大きく間合いを取っていた。
そこで、頭上から声が降ってくる。
「やぁ、ユウハ君! やっぱり君とは縁があるねぇ!」
「ルーヴァ先輩!」
建物の二階から、呑気に手を振っているのは、性別がわからない程の中性的な相貌をしたエルフ、ルーヴァ先輩だった。
今は、その綺麗な顔に戦化粧を施し、周囲と溶け込むかのような服装をしている。
「怪獣退治、楽しそうだねぇ。僕も参加させてよ!」
「……フン、見覚えがある。貴様、去年も戦ったな」
「お? 覚えててくれたんだ、グアン先輩。嬉しいなぁ、僕、リベンジしたいってずっと思ってたんだよ」
「いいだろう! 何人でも、相手になろう。何人でも。――貴様もなァッ!」
そこで脳筋魔族は、右を見る。
ちょうど十字路となっていた、その先を。
「――随分楽しそうですね、グアンさん。そして、ユウハ。会えたな、この舞台で。約束通り、やろうじゃないか」
路地の向こうから、ゆっくりと現れたのは、ハルシル先輩だった。