表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/148

本戦《2》


 俺は、経験が少ないと、華焔は言う。


 この経験というのは、『予測』を立てるために必要となるものだ。


 例えば……スポーツ。


 野球だったら、バットでボールを打った時、手に来た感触から、ボールが詰まったのか、良く飛ぶのか、経験者ならわかると聞く。


 サッカーやバスケだったら、シュートだろう。


 手からボールが離れた時、足からボールが離れた時、感触や軌道からして、ゴールを捉えるかどうかをある程度推測出来る。


 もっと簡単な例で言えば、ジャンプした時、とかだろうか。

 どの高さから落ちると痛いか、どの高さなら落ちても大丈夫か、子供の頃に木登りやジャングルジムなどで経験し、誰もが学んだだろう。


 逆に言えば、経験がなければ、これらはわからない。


 野球素人が、バットに来た衝撃から、ボールの飛び具合を果たして予測出来るか?


 華焔が俺に向かって言う『経験不足』とは、こういうことだ。


 経験していれば、戦闘においても、予測が出来る。


 相手の目線や、魔力の動かし方。

 その状況において、どんな魔法が最適であり、逆にどんな魔法が使われないのか。


 ボックス・ガーデンに幾度か出場したことのある上級生ならば、それらをある程度予測することが可能であり、というか本戦にまで来るような強い上級生は、必ず高い確度で予測を立てている。


 しかし俺は、相手が何かをしそうだ、というところまでは把握出来るものの、具体的にどんな攻撃をしてきそうか、という点に関してはわからないのである。


 華焔の教えがあっても、その点を学ぶのはやはり実戦でなければ難しく、その経験が圧倒的に少ない俺は、予測出来る範囲が小さいのだ。


 だから、少しでも情報を得るために、相手をよく見ろと華焔は言い続けていた訳だが――このような状況では、もうどうしようもない気がしなくもない。


「……おいおい」


 ズドン、ズドン、と乱舞する魔法。


 あちこちで砂埃が立ち上り、瓦礫が空に舞い、建物の崩壊音が聞こえてくる。


 起こっているのは――ドンパチ(・・・・)である。


 砂漠エリアから急いで移動してきた俺だが、その移動先の市街地エリアでは、現在十数人近い選手達による、大混戦が発生していた。


 ……観客席の方は、さぞ盛り上がっていることだろうが、選手の身としては大分やり辛い状況だ。


 四方八方に攻撃が飛び交い、どうしたって予期せぬ被弾が増えそうなこの状況より、余程一対一の方がやりやすいことだろう。


 というか、何でこんなことになってやがるんだ。


 俺がやり辛いと思ったように、選手であるなら、避けるべき状況だ。

 本選に来る者達なら、そのことは俺よりも重々わかってると思うんだが。


 そう考えた俺は、少し離れた三階建ての建物の屋上に出ると、少しの間状況把握に努める。


 すると、どうやら今の戦況は、一人の選手を中心に動いているようで――げっ。


「あの男……」


 ドンパチの中心にいたのは、ついちょっと前に因縁の出来た二人組の片方、ガタイの良い魔族の男だった。


 奴が動き、他を振り回し、それに対処するような形で他の選手達が動いているのが、上から見るとよくわかる。


 しかもあの野郎、多数に狙われている状況でありながら、一切被弾せず、余裕で戦ってやがる。あ、一人転送された。


 魔族を囲う他の選手達は、何だか苛立っているような、キレたような、あるいは怖気付いているかのような様子で戦っており、動きが少し雑だ。


 何だ、挑発でもされたのか?


 ……やりそうだな、あの男なら。


 俺と対面した時も、戦えるなら何でも良い、みたいな、そんな脳筋気味な様子だったし。


「ハッ、何人揃っても、雑魚は雑魚かッ!! もっとヒリついた戦いをさせろ、雑魚どもォォッ!!」


 なんてことを考えていると、あの脳筋魔族の、獣が如きそんな咆哮が、ここまで届いてくる。


「どんだけ戦い大好きなんだ、あの野郎……」


 思わずそんな呆れた声が、自身の口から漏れる。


 ……つってもアイツは、脳筋ではあってもバカじゃないみたいだな。


 奴の派手な戦いぶりの方に目を引かれるが、それより見るべきは、自身の位置を常に最適な場所に置き、常に最適な攻撃を選び続けている、その冷静さ(・・・)だろう。


 獣みたいな戦いぶりの割に、非常に理に適った、冷静な動きをしているのが、一歩離れたところから見るとよくわかるのだ。


 思い起こすのは……ハルシル先輩、そう、ハルシル先輩だ。


 彼は魔法主体であり、あの脳筋魔族は肉弾戦主体であるようだが、何となく同じ『臭い』がする。


 ――ハルシル先輩と、同等くらいの実力者か。


 そういや、アイツと一緒にいた、チンピラ野郎の方は……あ、いた。


 正面で脳筋魔族が暴れて気を引いている間に、どうやら裏でコソコソ魔法を放ち、自分のポイントにしているようだ。


 ったく、こすいことやってんな。

 まあ、それも戦略っちゃあ、戦略なのだろうが。


 俺は、繰り広げられている大混戦を見て、少しどうするか考え……やがて、決める。


 ――参加するか、このドンパチ。


 あの脳筋魔族には、喧嘩を売られた。ならば、買う。


 それが、正しい挨拶の仕方(・・・・・・)というものだろう。


 何より、ここで大量に選手を減らされたら、点が取れなくなる。

 俺みたいな、ポイントアイテムの索敵能力のない奴からしたら、それは致命的だ。


 最後まで生き残ったとしても、上位に行けなくなる可能性が高い。


 ……そうか、そう思った奴が、後からさらに参加して、こんな具合になっているのかもしれない。


「もしかして、そこまで計算尽くか?」


 戦闘に自信があるのならば、ボックス・ガーデンにおいて必要になるのは、如何に多く他の選手と遭遇するか、だ。


 となると今の状況は、効率的(・・・)、と評しても良いものである。 


 ――いや、考えるのはこれくらいにしておくか。


 過小評価は良くないが、過度に相手を強く見積もってしまっても、戦えるものも戦えなくなる。


 奴が強い。

 それだけわかれば十分だ。


 まずは……チンピラ魔族をリタイアさせる。


 んで、そのチンピラが削り続け、見た目のボロボロ具合から、恐らくリタイア寸前になってる奴ら――あそこと、あそこのだな。


 ちょうどいいからアイツらを標的に戦い、後はなるようになれ、だ。

 どこかで必ず、脳筋魔族とは戦闘になるだろうが、出来ればそこまでに点数を増やしたいな。


 俺も人のことをこすいとか言えんが、良し。


 フッ、フッ、と息を吐き、意識的に呼吸を整えた俺は――瞬間、一気に走り出す。


 やはり、本戦出場者か。

 物音か、魔力の気配か、物陰に隠れていたチンピラ野郎はこちらを振り返り、俺を視認する。


 だが、この距離はもう、俺も戦える間合いだ。


「テメェッ、人間のガキ……ッ!!」


「よぉ、先輩ッ!! 後輩として、挨拶に来てやったぜッ!!」


 チンピラ野郎は、即座に迎撃魔法を組み上げ、俺に向かって放つ。


 それは、まるでマシンガンのような、火の玉の連打。


 見る。


 魔法の射出点である、左手の杖の向く先。

 魔力の流れ。

 怪しげな(・・・・)動きをしている(・・・・・・・)右手(・・)


 右に左に避け続け、身体のすぐ横を飛んでいく火の玉の熱を感じながら、一気に距離を詰め終え――足元に高まる魔力。


 杖からの魔法を目くらましに、動いていた右手は魔法陣を描いていたのか。

 

「ハッ、バカが――何ッ!?」


 発動地点を踏むフリをしてから横に跳ぶと、まんまと釣られ、足元から上に向かって火の玉が飛んでいく。


「戻ってナンパの練習でもしてなッ、先輩ッ!!」


 一閃。


 胴を薙いだ一撃は、許容ダメージ域を簡単に超え、チンピラ野郎は転送されていった。


 だが、ここで止まることは出来ない。


 こっちで戦闘音を立ててしまったため、すでに警戒されてしまった可能性は高い。


 迎撃態勢を整えられる前に動かないと――と思った俺だったが、その目論見は頓挫する。


 ドン、と爆ぜるような音がしたかと思いきや、近くにあった遮蔽物が吹き飛び、その向こうに一人の男が現れる。


「来たなッ、人間の小僧ッ! 退屈していたところなんだ、貴様は楽しませてくれるかッ!?」


 そこにいたのは、脳筋魔族。


 俺が目を付けていた二人は、先にやられてしまったようだ。


 ……こうなったらしょうがねぇ。


「調子こいてろ、脳筋魔族。その角、圧し折ってやるからな」


 俺が模擬刀を前に構えると、奴は心底楽しそうに、猛獣が如く獰猛な笑みを浮かべたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] チンピラが瞬殺された件。 思ったよりあっけなかったですな……。 [気になる点] ハルシル先輩と同類?の脳筋魔族とどこまでやれるのか。 [一言] 今回も楽しく拝読しました。 次回の投稿も楽し…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ