本戦《2》
俺は、経験が少ないと、華焔は言う。
この経験というのは、『予測』を立てるために必要となるものだ。
例えば……スポーツ。
野球だったら、バットでボールを打った時、手に来た感触から、ボールが詰まったのか、良く飛ぶのか、経験者ならわかると聞く。
サッカーやバスケだったら、シュートだろう。
手からボールが離れた時、足からボールが離れた時、感触や軌道からして、ゴールを捉えるかどうかをある程度推測出来る。
もっと簡単な例で言えば、ジャンプした時、とかだろうか。
どの高さから落ちると痛いか、どの高さなら落ちても大丈夫か、子供の頃に木登りやジャングルジムなどで経験し、誰もが学んだだろう。
逆に言えば、経験がなければ、これらはわからない。
野球素人が、バットに来た衝撃から、ボールの飛び具合を果たして予測出来るか?
華焔が俺に向かって言う『経験不足』とは、こういうことだ。
経験していれば、戦闘においても、予測が出来る。
相手の目線や、魔力の動かし方。
その状況において、どんな魔法が最適であり、逆にどんな魔法が使われないのか。
ボックス・ガーデンに幾度か出場したことのある上級生ならば、それらをある程度予測することが可能であり、というか本戦にまで来るような強い上級生は、必ず高い確度で予測を立てている。
しかし俺は、相手が何かをしそうだ、というところまでは把握出来るものの、具体的にどんな攻撃をしてきそうか、という点に関してはわからないのである。
華焔の教えがあっても、その点を学ぶのはやはり実戦でなければ難しく、その経験が圧倒的に少ない俺は、予測出来る範囲が小さいのだ。
だから、少しでも情報を得るために、相手をよく見ろと華焔は言い続けていた訳だが――このような状況では、もうどうしようもない気がしなくもない。
「……おいおい」
ズドン、ズドン、と乱舞する魔法。
あちこちで砂埃が立ち上り、瓦礫が空に舞い、建物の崩壊音が聞こえてくる。
起こっているのは――ドンパチである。
砂漠エリアから急いで移動してきた俺だが、その移動先の市街地エリアでは、現在十数人近い選手達による、大混戦が発生していた。
……観客席の方は、さぞ盛り上がっていることだろうが、選手の身としては大分やり辛い状況だ。
四方八方に攻撃が飛び交い、どうしたって予期せぬ被弾が増えそうなこの状況より、余程一対一の方がやりやすいことだろう。
というか、何でこんなことになってやがるんだ。
俺がやり辛いと思ったように、選手であるなら、避けるべき状況だ。
本選に来る者達なら、そのことは俺よりも重々わかってると思うんだが。
そう考えた俺は、少し離れた三階建ての建物の屋上に出ると、少しの間状況把握に努める。
すると、どうやら今の戦況は、一人の選手を中心に動いているようで――げっ。
「あの男……」
ドンパチの中心にいたのは、ついちょっと前に因縁の出来た二人組の片方、ガタイの良い魔族の男だった。
奴が動き、他を振り回し、それに対処するような形で他の選手達が動いているのが、上から見るとよくわかる。
しかもあの野郎、多数に狙われている状況でありながら、一切被弾せず、余裕で戦ってやがる。あ、一人転送された。
魔族を囲う他の選手達は、何だか苛立っているような、キレたような、あるいは怖気付いているかのような様子で戦っており、動きが少し雑だ。
何だ、挑発でもされたのか?
……やりそうだな、あの男なら。
俺と対面した時も、戦えるなら何でも良い、みたいな、そんな脳筋気味な様子だったし。
「ハッ、何人揃っても、雑魚は雑魚かッ!! もっとヒリついた戦いをさせろ、雑魚どもォォッ!!」
なんてことを考えていると、あの脳筋魔族の、獣が如きそんな咆哮が、ここまで届いてくる。
「どんだけ戦い大好きなんだ、あの野郎……」
思わずそんな呆れた声が、自身の口から漏れる。
……つってもアイツは、脳筋ではあってもバカじゃないみたいだな。
奴の派手な戦いぶりの方に目を引かれるが、それより見るべきは、自身の位置を常に最適な場所に置き、常に最適な攻撃を選び続けている、その冷静さだろう。
獣みたいな戦いぶりの割に、非常に理に適った、冷静な動きをしているのが、一歩離れたところから見るとよくわかるのだ。
思い起こすのは……ハルシル先輩、そう、ハルシル先輩だ。
彼は魔法主体であり、あの脳筋魔族は肉弾戦主体であるようだが、何となく同じ『臭い』がする。
――ハルシル先輩と、同等くらいの実力者か。
そういや、アイツと一緒にいた、チンピラ野郎の方は……あ、いた。
正面で脳筋魔族が暴れて気を引いている間に、どうやら裏でコソコソ魔法を放ち、自分のポイントにしているようだ。
ったく、こすいことやってんな。
まあ、それも戦略っちゃあ、戦略なのだろうが。
俺は、繰り広げられている大混戦を見て、少しどうするか考え……やがて、決める。
――参加するか、このドンパチ。
あの脳筋魔族には、喧嘩を売られた。ならば、買う。
それが、正しい挨拶の仕方というものだろう。
何より、ここで大量に選手を減らされたら、点が取れなくなる。
俺みたいな、ポイントアイテムの索敵能力のない奴からしたら、それは致命的だ。
最後まで生き残ったとしても、上位に行けなくなる可能性が高い。
……そうか、そう思った奴が、後からさらに参加して、こんな具合になっているのかもしれない。
「もしかして、そこまで計算尽くか?」
戦闘に自信があるのならば、ボックス・ガーデンにおいて必要になるのは、如何に多く他の選手と遭遇するか、だ。
となると今の状況は、効率的、と評しても良いものである。
――いや、考えるのはこれくらいにしておくか。
過小評価は良くないが、過度に相手を強く見積もってしまっても、戦えるものも戦えなくなる。
奴が強い。
それだけわかれば十分だ。
まずは……チンピラ魔族をリタイアさせる。
んで、そのチンピラが削り続け、見た目のボロボロ具合から、恐らくリタイア寸前になってる奴ら――あそこと、あそこのだな。
ちょうどいいからアイツらを標的に戦い、後はなるようになれ、だ。
どこかで必ず、脳筋魔族とは戦闘になるだろうが、出来ればそこまでに点数を増やしたいな。
俺も人のことをこすいとか言えんが、良し。
フッ、フッ、と息を吐き、意識的に呼吸を整えた俺は――瞬間、一気に走り出す。
やはり、本戦出場者か。
物音か、魔力の気配か、物陰に隠れていたチンピラ野郎はこちらを振り返り、俺を視認する。
だが、この距離はもう、俺も戦える間合いだ。
「テメェッ、人間のガキ……ッ!!」
「よぉ、先輩ッ!! 後輩として、挨拶に来てやったぜッ!!」
チンピラ野郎は、即座に迎撃魔法を組み上げ、俺に向かって放つ。
それは、まるでマシンガンのような、火の玉の連打。
見る。
魔法の射出点である、左手の杖の向く先。
魔力の流れ。
怪しげな動きをしている右手。
右に左に避け続け、身体のすぐ横を飛んでいく火の玉の熱を感じながら、一気に距離を詰め終え――足元に高まる魔力。
杖からの魔法を目くらましに、動いていた右手は魔法陣を描いていたのか。
「ハッ、バカが――何ッ!?」
発動地点を踏むフリをしてから横に跳ぶと、まんまと釣られ、足元から上に向かって火の玉が飛んでいく。
「戻ってナンパの練習でもしてなッ、先輩ッ!!」
一閃。
胴を薙いだ一撃は、許容ダメージ域を簡単に超え、チンピラ野郎は転送されていった。
だが、ここで止まることは出来ない。
こっちで戦闘音を立ててしまったため、すでに警戒されてしまった可能性は高い。
迎撃態勢を整えられる前に動かないと――と思った俺だったが、その目論見は頓挫する。
ドン、と爆ぜるような音がしたかと思いきや、近くにあった遮蔽物が吹き飛び、その向こうに一人の男が現れる。
「来たなッ、人間の小僧ッ! 退屈していたところなんだ、貴様は楽しませてくれるかッ!?」
そこにいたのは、脳筋魔族。
俺が目を付けていた二人は、先にやられてしまったようだ。
……こうなったらしょうがねぇ。
「調子こいてろ、脳筋魔族。その角、圧し折ってやるからな」
俺が模擬刀を前に構えると、奴は心底楽しそうに、猛獣が如く獰猛な笑みを浮かべたのだった。