本戦《1》
――転送。
目を開き、辺りを見回すと、すでに景色は会場裏から変わっており、俺はボックス・ガーデンのフィールドに立っていた。
ここは……今回の開始は砂漠エリアか。
足を取られる柔らかい砂と、穏やかながらも稜線が形成されるくらいの、しっかりと勾配のある砂丘が特徴の地形で――ぶっちゃけると、俺が一番苦手とするエリアだ。
「……マズいな」
刀がメインウェポンの俺は、接近戦が基本だ。
相手の懐に飛び込めるくらいの距離が、間合いとなる。
だが、こんな何もない、遮蔽物もないエリアは、明らかに遠距離攻撃が有利であり、俺とはバチクソに相性が悪い。足場も悪いし。
距離を詰めようにも、逃げられながら魔法ぶっ放され続けたら、一方的にボコボコにされて終わる未来しか見えない。
早いところ移動しなければ――と、そんなことを考えていると、フィールド全体に、高らかにブザーの音がなり響く。
本戦開始。
「……フゥ」
手にした模擬刀の握りを確かめ、意識して息を吐き出し、ドクン、ドクンと脈打つ心臓を緩やかにさせる。
今回は、花火は打ち上げない。
明らかに、俺の方が弱いしな。
多数の他選手を集めたところで、カモにされるのがオチである。
――とにもかくにも、まずは移動だ。
さっさとこの危険地帯を抜けないと、待っているのは早期リタイアである。
そうして、移動を開始した俺だったが……その行動は、裏目に出る。
「? ――うおぁッ!?」
魔力を感じた、と思った次の瞬間、突如地面がうねり出し、俺は体勢を崩し――眼前に生み出されるゴーレム!
砂で構成された、流体的な肉体のゴーレム。
四、五メートルはあろうかという巨体で、とりわけ腕が太く、暴力的な質量をしていやがる。
斬撃が、最も効果のないタイプの敵だ。
相手の姿は見えない。
砂に隠れているのか、どこかの稜線の裏側にいるのか。
マズい、一番嫌だと思ってた状況になっちまった……ッ!!
「クッ――」
俺は、地面をゴロゴロと転がってゴーレムの重量級のパンチを回避。
連続して放たれるパンチ、口から放たれる砂の放射から逃れ、状況を打開するため、反撃する。
この状況で俺が選択したのは、原初魔法の発動。
使ったのは、水。
何の変哲もない、攻撃性能など一切ない、だが大量の水を、辺り一面にばら撒く。
それを吸ってしまったゴーレムは、身体が固くなり――つまり、斬れるようになる。
模擬刀を一閃し、まずそのぶっとい腕を切り落とす。
ソイツは、反対の腕で俺をぶん殴ろうとするが、やはり先程までと比べ、格段に動きが鈍い。
「オラァッ!!」
その脇下を潜り抜けて攻撃を回避した俺は、胴体に刃を突き入れ、グルンと回転して真っ二つに裂く。
ただ、流体系のゴーレムである以上、すぐに再生されてしまうだろうが――よし、いた!
感じられる魔力。
この、ゴーレムと繋がる先。
やはり砂の下に隠れていたようで、五十メートル程離れた先の地面に魔力の塊がある。
位置がわかったらこっちのもんだ!
俺は一気に走り出し、距離を詰めていくと、魔力の塊から動揺の気配が感じられ、そこから地上にズボッと人が現れる。
潜ったままでは、逃げられないのだろう。
「チッ……行けッ!!」
するとソイツは、数体のゴーレムを新たにその場に生み出し、同時に地揺れを発生させて足元を揺らしてくるが、もう割れたタネだ。
不意打ちじゃないなら食らわん。
砂を伝う魔力の波を感知していた俺は、しっかりと地を踏み締め、グ、と足に力を込め、タイミングを合わせて前へと跳び込むことで、揺れを回避。
その着地に合わせ、ゴーレムどもが剛拳を連打してくるが、見えている。
斬り、いなし、避け、突き進み――相手方の前へと躍り出る。
「くっ!?」
向こうは遠距離専門だったようで、初撃は杖で受けられたものの、フェイントと共に放った二撃目は防御されず。
胴にクリーンヒットしたことで、許容ダメージ域を超え、すぐに転送が開始してこの場から消えて行った。
「フゥ……初っ端からこれか」
流石に、本戦はレベルが高い。
一手でもミスったら、俺、負けてたな。
今のはどうにかなったが、やっぱ早いところ、このエリアから出なければ。
◇ ◇ ◇
――エルランシア王立魔法学院、三年生ハルシル=ヴラヴィル。
学院のボックス・ガーデン出場選手の中で、三年生でありながら、四年生を差し置き誰もがトップであると認める実力者である。
予選においては、皆が想定していた通り、頭一つ抜けた実力を示し、圧倒的な一位抜けで本戦への切符をゲットしていた。
そして、始まった本戦で彼が転送された先は、市街地エリア。
多くの遮蔽物があり、建造物による高低があり、必然的に奇襲が多くなるエリアである。
経験豊富な彼であっても、やはり緊張は存在しており、心臓がいつもよりも早く脈打っていたが――自らを鼓舞するため、わざと不敵に笑みを浮かべ、歩き始める。
隠れることなどせず。
市街地エリアの、最も遮蔽物がない中央の道路を、真っすぐと。
と、その時、背後の頭上から、彼の後頭部を目掛け無音の魔法が放たれる。
それは、まるで弾丸が如き勢いで迫っていき、しかしハルシルには届かなかった。
どの段階で気付いたのか、瞬時に対抗魔法が放たれ、効果が中和される。
攻撃を行った選手は驚き、だが流石に本選に出場しているだけあり、位置を割り出されないようにするため、即座に移動を開始したが――遅い。
食らった魔法の位置、その魔力の残滓から、相手の位置をすでに特定し終えていたハルシルは、風の刃を発生させる『鎌鼬』という魔法を発動し、放たれたそれは建物ごと相手選手を両断し、一瞬で戦闘不能にさせていた。
――ハルシルには、これ、という代表するような魔法はない。
逆に言えば、彼が覚えている魔法は全て練度が非常に高く、並の魔法士など比べものにならないようなスピードと威力を有しているのである。
彼の武器は、持ち前の反射神経の良さに加え、魔法に対する膨大な知識と、妥協のない実戦訓練による経験値。
自らを『器用貧乏』と評すことの多いハルシルであるが、しかしその『器用さ』によって、彼はボックス・ガーデンにおいて最強の選手として君臨していた。
「よし……動けるな。さあ、ユウハはどこか。出来ることなら、この舞台で戦いたいものだが」
そうしてハルシルは、ただ前進し続け、接敵し次第圧倒的な魔法能力で以て、相手選手を沈めていく。
蹂躙が開始する。