戦いの前に《1》
――四日目、早朝。
今日もまた、早くに起きた俺は、もうすでに見慣れた運動場にて、身体を動かす。
入念に柔軟を行い、身体をしっかり解して温めたところで、華焔を振り始める。
『お前様、調子はどうじゃ?』
「フッ、フッ……問題ねぇ。よく眠れたし、頭も切り替わってるよ。……いや、今だからこそ、聞いておくか。お前は、ミアラちゃんのことは、どの程度知ってたんだ?」
『……ま、百年ちょいの付き合いじゃし。それなりにね』
「それなりか」
『それなりじゃ。……彼奴の知り合いは、次々に死んでいく。しかし儂は刀。無機物。折れない限り、千年でも二千年でも、そこにあり続ける。じゃから、他の者達よりは……話しやすかったんじゃろ』
……そうか。
しかもコイツは確か、この世で最も上等な鉱石、オリハルコンで作られたんだったか?
だから、普通の武器と比べれば、あり得ない程、それこそ彼女のが言ったように、普通のヒト種では比べものにならない程長い期間、あり続ける訳だ。
ミアラちゃんがどれだけ昔から生きているのかは知らないが……考えようによっては、彼女と最も近くにいれる存在は、華焔だけだったのかもしれない。
――魔の深淵。
ミアラちゃんが、ずっと探していた、というもの。
それは要するに、どうやったら死ねるのか、の探求だったのだろう。
それにしても――。
「なあ、華焔」
『何じゃ?』
「お前って、やっぱ愛情が深いよな」
次の瞬間、ここまで一部の狂いもなく俺の動きを修正していた華焔の剣筋が、俺でもわかるくらいにブレる。
『な、何じゃ、急に!』
「いや、何のかんの言って、お前って他人を思うことが出来るだろ? だからさ」
『……ふ、フン、何を頓珍漢なことを! 儂は「災厄をもたらすモノ」! 甘い甘いお前様のことは、その内魔力を吸い尽くして干物に変えてやるからの! 覚悟しておくことじゃ!』
「はいはい。覚悟覚悟」
『て、適当な返事をするでないわ!』
◇ ◇ ◇
その後も、色々と騒ぎ続ける華焔を受け流している内に、朝の時間は終わり。
部屋に戻った俺は、シイカと、まだちょっと眠そうなルーと共に食堂へ行き、朝食を食べる。
二人はそのまま試合を見に会場へ向かったが、流石に今日が本番なので俺は付いて行かず。
再び運動場で一時間程最後の調整を行い、そして部屋に戻って休憩する。
俺の競技は、午後から。
と言っても、本当に午後一で、みんなが昼飯食ってる頃には会場にいる必要があり、そのため集合自体は午前中となる。
だから、早めの昼食を取ることを考えても、残りの暇な時間は一時間くらいだろう。
本選は、予選よりもさらに試合時間が三十分長くなっており、体力管理も必要になってくるため、今の内に休憩は休憩でしっかりしろと華焔には言われているのだ。
なので、別に眠くはなかったが、無理やりベッドに横になって三十分程身体を休める。
……こういう、何かをするには短いが、待つには長いちょっとした空き時間があると、むしろ緊張が増してくるな。
作戦を練ったり、準備をしたり、身体を動かしたりしている方が、よほど気が紛れるというものだろう。
『カカ、あまり見ぬ姿じゃが、お前様でも、やはりそこまで緊張するか』
「……そりゃあな。こんな大舞台に、初挑戦だ。誰だって緊張するだろうさ」
『安心せい。お前様は弱く、他の選手はほぼ全員格上。観客は、ほとんどお前様など見ぬじゃろう』
「おう、華焔、それが励ましの言葉か?」
『うむ。お前様は、完全なる挑戦者。この大会は、「ユウハ」という存在を、この世に刻み付ける機会。――男ならば、やる気が出て来るというものじゃろう?』
ニヤリと笑みを浮かべるような感情を送ってくる彼女に、俺は苦笑を溢す。
その通りだ。
男ならば、きっと誰もが持っているであろう感情。
遥かなる過去から宿しているのであろう、根源的な欲求。
――頂点への渇望だ。
負けたくない、勝ちたい。
その道で挑戦したい。
他と戦い、打ち負かすという意思。
どれだけ燻っていようが、どれだけ負け続けようが、どれだけ無様な姿を晒そうが、厄介にも奥底に残り続け、「もっとやれ」「逃げるな、戦え」と急かし続ける力。
たとえ燃えカスみたいになろうが、その『火』は、決して消えることはない。
俺にもそれは……存在しているのだ。
胸の奥で、静かに、沸々と、燃えているのだ。
「……お前は、俺をよくわかってるよ」
そう言って、ベッドから身体を起こす。
『当然。儂は、お前様の刀じゃからな。まだ時間はあるが、行くか?』
「そうやって焚きつけられちゃあな。早めにサンドイッチでも食って……会場で時間を待つよ」
『そうじゃな、それが良い』
そうして俺は、部屋を出る。
――挑戦すること。
戦うこと。
手を伸ばし、あがくこと。
男が、男として生きるために、必要なもの。
いいぜ。
俺も、あがけるだけ、あがいてみせようじゃないか。
年内に今章終わらせるつもりだったけど、全然終わらなかったでござる。
という訳で、あけましておめでとうございます!
じゃあな、2021年! よう、これからよろしく、2022年!
まだまだ短い今作ですし、他も書いている現状どこまで行けるかわかりませんが、今年もお付き合いいただければ幸いです!
今後も、どうぞよろしく!