魔法を学ぶ《2》
――この世界における魔法というものは、かなりしっかりと体系化された、技術的なシロモノであるようだ。
魔法と聞くと、杖を振って発動する摩訶不思議な力というイメージがあるが、そうではなく『魔力』という燃料を用いて、『術式』という道具で加工して顕現させる、確固たる一つの技術なのだ。
つまり、科学と大体同じものである。
「たとえば、これ。これは今、『火』、『空間固定』、『術者への熱無効』の効果を組み合わせて『術式』とし、そこに魔力を流し込んで顕現したものよ。どれだけ大規模なものになろうと、複雑な工程になろうと、やっていることはこれと全く同じと言えるわね」
魔女先生が翳した手の平の上には今、火球が生み出されている。
何も必要とせず、だが当たり前のように存在する火。
シイカが先程使った魔法よりも圧倒的に小規模であるが……テンション上がる。
――ヒト種が使う魔法のほとんどは、術式を基にして発動するものであるそうだ。
この術式を、ヒト種が脳内に持つという『演算領域』にて組み上げ、魔力でそれを肉付けし、魔法として発動するのだという。
「術式の組み立て方は幾つかあるけど、一般的なのは『詠唱』による方式ね。言葉によって構築を補助し、完成させるの。ただ、この学院に来る子達はやっぱり優秀だから、複雑な魔法でなければ、いわゆる『無詠唱』で魔法を発動させることが可能なのよね。ユウハ君はそれはまだ難しいだろうから、焦らず、魔法に慣れるところから始めなさい」
シイカはさっきの魔法、無詠唱だったな。
ここに来る学生は、全員そのレベルであると。
うーむ、頑張らねば。
「覚えておいて。魔法は、術式によって成り立つの。発動したい魔法に対して記述が不十分だったり、込める魔力が過少だったり過多だったりすると、発動には失敗するわ。例えば、ここにさらに魔力を込めると……ほら、消えちゃったわね。威力を変えたければ、術式の構築段階でそれを記述しておかないといけないのよ」
見ている目の前で、突如火球の火力が増したかと思うと、次の瞬間ボッ、と一瞬で消失する。
なるほど……後から威力を変えたりは出来ないのか。
最初に設定した通りにしか、魔法は発動しないと。
「一流の魔法士を目指すには、如何に適切な術式を構築し、如何に適切な魔力を流し込み、それらをどれだけ正確に制御するか、というのが重要になるの。これが、私達の使う『魔法』なのだけれど……どうやら、シイカちゃんの使うものは、ちょっと違うようなのよねぇ」
「? 私のも、魔法」
「素人目には全然差がわからないっすね」
俺達が首を捻っていると、魔女先生は説明を続ける。
「シイカちゃんが使っているのは、恐らく――『原初魔法』ね。より体系的に、一般的になるよう研究が続けられてきたヒト種の魔法とは違い、より古に近い形で発動する魔法。原理はほぼ解明されておらず、世界でも、本当にごく一部の者にしか使えない魔法技術よ」
「へぇ……シイカ、お前が使ってるの、そんなすごいものなんだな」
「よくわからないわ。私、これしか知らないし」
「さっきも言ったけれど、シイカちゃんも私達の使う魔法を覚えれば、原初魔法に活かせる部分が必ずあるはずだわ。良い機会を得たのだから、しっかり学びなさい。――さて、ユウハ君。あなたはまず、魔力の扱いから学びましょう。魔法は、それを知るところから始めるの」
よし来た。楽しみだ。
「頑張ります」
「じゃ、どっちでもいいから、腕を出して」
言われた通り片腕を出すと、魔女先生は手元にあった瓶を開け、そしてツー、と何か液体っぽいものを塗ってくる。
「これは、『魔力吸引剤』というものよ。元々は錬金術用の素材なのだけれど、人体に塗ると魔力をより感じ取りやすくなるの。――集中して」
言われた通り、俺は液体を塗られた腕へと、意識を集中させる。
――――――おぉ。
感じる。
何かが、腕に集まってくる感覚。
水のような、重みのある空気のような、目に見えないそんなものが確かに存在する。
そして……どうやらそれは、俺の体内にもあるようだ。
意識を向ければ、わかる。
恐らく知覚したのが契機となったのだろう。
何故今まで気付いていなかったのかが不思議なくらい当たり前に、ごく自然に、俺はそれを持っていた。
いや……違うな。
その存在を、俺はわかっていた。
ただ、それが魔力というものであることを、理解していなかっただけで。
――なるほど。
これは、本当に肉体の一部だな。
血液のように、体内を絶えず循環する力が、確かに俺の肉体に備わっているのがわかる。
「感じました」
「よし、ここからが難しいわよ。腕に感じた魔力の感覚を忘れず、集中して身体の内側に――」
「あ、いや、それは今ので同時にわかりました。肉体の一部として、その機能があるのがわかります」
「あら、ホント? 筋がいいわね。なら、次に行きましょう。魔力は血のように肉体を循環しているけれど、血とは違い自らの意思で動かすことが出来るわ。もう一度、集中して。肉体の一部である以上、あなたがその気になれば動かせるはずだわ」
肉体の一部。
つまり、俺の手足と同等のもの。
ならば、俺の望み通りに動くはずだ。
息を吐き、自然体で己の内側に集中し――反応。
最初はぎこちなく。
だがだんだんとそれは、滑らかになっていく。
左から右に。
右から左に。
動く!
俺の意思を反映し、動かしたいように、ちゃんと動く。
大分感動しながら、グルグルと魔力を移動させて遊んでいると、何故か若干呆れたような様子で魔女先生が口を開く。
「……もう出来てるわね。ゼロからのスタートなら、一週間掛けて動かせるようになれば優秀って方なんだけれど。魔力適性が相当に高いのかしら。あなた、本当に何も知らなかったの?」
「魔力のまの字も知らなかったっすね」
そもそも、それが存在していない世界から来た訳だし。
いや、もしかすると前世にも魔力はあり、それをまだ誰も発見していなかっただけかもしれないが、俺がその力を知らなったことは確かだ。
……というか、適性云々は恐らく、俺に才能があるとかではなく、単純にこの身体に備わっている機能だから、というだけだろう。
そういう風に調整されているから、出来るのだ。ただそれだけのことだと思われる。
……まあ、その力を使うのは俺の意思によるものだ。
魔法を使う能力があって良かった。ただ、そう思っておこう。
じゃないと、何でも疑心暗鬼になっちまいそうだからな。
俺の身体は、俺のものなのだ。
俺の意思で動かし、俺の意思で操っている。
それに、魔法に関して俺は、完全なるゼロからのスタートなのだ。
これくらいのハンデは付けてもらわないと、マジで付いていけねぇだろうし。
「――おわっ、な、何だ、シイカ」
そんなことを思っていると、突如シイカの尻尾がこちらに伸び、俺の胴に巻き付いてくる。
「心地良い」
「は?」
よくわからないことを言いながら、何だか蕩けた様子の表情で、今度は肩の辺りにグリグリと頭を押し付けてくる。
何と言うか、猫が甘えてくる時みたいな動作だ。こっちから構うと逃げる感じの。
ふわりと漂う少女の香りと、滑らかな髪の感触に、心拍が早くなる。
「もっと、魔力」
「お、おい、バカ、やめろって」
慌てて無理やり引っぺがすと、不満そうな顔をするシイカ。
「あぅ……酷いわ」
「酷くねぇ。何なんだ、急に」
「だって、とっても心地良くて、美味しそうなんだもの」
……俺が魔力を動かし、つまり活性化させたことで、何か変化があったのか?
マタタビか何かか、俺の魔力は。
というかコイツ、人に尻尾を触られるのは嫌なくせに、自分から巻き付く分にはいいのか。
「あー……仲が良いのは結構だけれど、そういうのは人が見ていないところでしてちょうだい。同じ部屋って話だし、スキンシップはそういう場所で……」
「勘違いです」
生暖かいような目をする魔女先生に、間髪入れずに否定する。
「オホン……それより、授業の続きをお願いします」
「え、えぇ。魔力操作まで出来るんだったら、後は早いわね。はい、これ」
そう言って、彼女が俺の机に置いたのは、一冊の本。
特定のページが開かれており、そこに魔法陣らしきものが描かれている。
「これは?」
「その本は、『魔法書』と呼ばれる術具よ。それで、そのページは『ライト』という魔法のみを記述した魔法陣ね。シイカちゃん、ここに魔力を流してみてくれる?」
「ん」
シイカの尻尾が動き、本の魔法陣の上に置かれ――と、次の瞬間、ボワリとその場に光球が生み出される。
空間にプカプカと浮かぶ、淡い光。
おぉ、すげぇ。
今日、すげぇという感想ばっか抱いている気がするが、すごいものはすごいのだ。
「ユウハ君、見ていたわね? 今のように、術式の構築をそこに描かれた魔法陣が肩代わりして、つまりヒトの『演算領域』の代わりを果たす機能を持っていて、魔法の発動を可能とするの。物によっては魔力制御までしっかりやらないといけないのだけれど、その魔法書は入門用だから、発動に必要な魔力を受け取った時点で勝手に魔法が発動するわ」
「あの、素人のイメージなんすけど、杖とかを使ったりはしないんですか?」
「人によっては杖も使うわ。ただ、魔法書と杖は役割が違うの。魔法書は、言わば『演算領域』と同等のもの。対して杖は、魔力制御や術式の構築を補助するためもので、それ単体では魔法は発動しないの。その内使い方を教えてあげる。――さ、次はあなたがやってみて」
促された通り、俺は片腕を魔法書へと翳す。
覚えたての魔力の操作で、慣れていないため苦労しながら翳した腕へと体内の魔力を集め――というところで、シュパッと伸びてきたシイカの尻尾が、俺の腕に巻き付く。
「……わかった、シイカ。後で付き合ってやるから、今はやめろ。な?」
「むぅ……わかったわ」
菓子でも我慢させられた子供のような不服顔をするシイカに、俺は苦笑を溢した後、気を取り直して魔法書へと魔力を流し込むのを再開する。
それから、すぐだった。
一定量を流し込んだところで、魔法書が魔力を受け付けなくなる感覚があり、次の瞬間ボワリと光球が生み出される。
「うおぉ……!」
きっと、今俺がやったことは、こちらの世界ではライターに火を点けるのと同程度のことなのだろう。
だがそれでも、俺の口からは、今日何度目かわからない感嘆の声が漏れ出ていた。
――こうして俺は、魔法を使用した。
・美味しそう
・研究対象
・マタタビ←New!