三日目の夕食
「――へぇ! この子、学院長様が引き取ったの! この年齢の子が学院に来るのは、珍しいわねぇ」
そう言うのは、夕食のテーブルを共にしている、アリア先輩。
彼女が見ているのは、もきゅもきゅと肉を食べ、幸せそうに頬を緩めているルー。
それはもう、わかりやすいくらい大量の肉を皿に取ってきて、本当に幸せそうに一生懸命に食べている。
とりあえずこの子は、肉が大好物であるらしい。
ちなみに、しっかりサラダも取って来ており、そっちは先に食べ終わっていた。
好物は後に残すタイプなのだろう。
「ルーは見どころがあるわ! だって、こんなにお肉が好きなんだもの。……あ、でも、それ以外の料理も、特にゴードの料理なら何でも美味しいから、是非、ルーに食べさせてあげたいわ」
「フフ、そうねぇ。ゴードさんの料理はすごいものね。学院に来たら、ルーちゃん、こんな料理が毎日食べられるわよ?」
「そんなにおいしい?」
ワクワクを隠せない様子でそう言うルーに、答えるのは一緒にいたシェナ先輩。
「すごいよ。私、料理を食べてちょっと泣きそうになったのは、あの人のが初めてだったかな。まあ、あそこの料理作る人達は、みんなホントに美味しいもの作るんだけど……ゴードさんのは別格」
「おー」
やはり言葉は少ないが、しかしその尻尾は正直で、机の下でブンブンと左右に振られている。
何と言うか……表情には出さないでも、しっかり尻尾に感情が出てしまう辺り、すげー可愛いな。
「しぇなねぇは、じゅーじん?」
「ん。だから、何か困ったことがあったら言って。ケット・シーと妖狐って種族差はあるけど、多分生活においての大体の悩みは似てくると思うから」
「ありがと、しぇなねぇ」
ボイト孤児院から、学院に来る件だが、ルーは別に嫌がることもなく、「わかった」と二つ返事で頷いた。
結構あっさり頷くものだから、ミアラちゃんも「えっと……嫌だったら、ちゃんと嫌って言ってもいいんだよ?」と聞いたのだが、すると「ぼいとは、いつか出るところだから」と、それが至極当たり前だと言わんばかりに、さらっと言っていた。
……なるほど、有名な孤児院か。
多分、教育が本当にしっかりしているのだろう。
この子自身がしっかりしている、という面もあるんだろうけどな。
「いやーん、もう、いちいち可愛いわねぇ、この子! ウチのと大違い!」
へぇ、アリア先輩、妹いるのか。
「アリア、アンタ動きがキモいよ」
「フフーン、そんなこと言って、シェナだって口角が上がってるじゃない! 学院最強の女も、子供にはメロメロねぇ」
「その学院最強って言うのやめろ」
「しぇな、さいきょー?」
「ほら、ルーが変なの覚えちゃったでしょ!」
彼女らのやり取りに笑っていると、アリア先輩は、次に俺へと口を開く。
「それで……ユウハ君、この子は多分、君が言っていたことの関係、で、学院に来ることになったのよね? そっちは……大丈夫なの?」
曖昧にぼかした言葉だが、何を言いたいのかすぐに理解した俺は、言葉を返す。
「はい、もう大丈夫です。学院長が全部終わらせましたので。ご心配おかけしました」
「? ユウハ君、何かあったの?」
ピョコンと猫耳を動かし、そう聞いてくるシェナ先輩。
「いえ、ほら俺、一日目にちょっと不審者と喧嘩したじゃないですか。その関係で、鬱陶しいのに目を付けられてたんですけど、学院長が全て解決しましたので」
目を付けられてたのは、実際には俺じゃなくてミアラちゃんの方だけどな。
「……そ。問題ないならいいんだけど……明日はもう、本戦だし」
「そうね、ユウハ君! 私は午前中、あなたは午後! お互い全力尽くして、頑張らないとね!」
「うっす、お互い頑張りましょう」
「カエンちゃん、ユウハ君の感じ、どう?」
「うむ、そこそこは行けるじゃろうの、そこそこは。じゃが、儂も幾らか試合を見たが、やはり上級生が強いの。主様が経験不足であるのは否めない事実である故、あとはどれだけ集中を切らさず、相手を見ておられるか、じゃな」
シェナ先輩の言葉に、俺より俺のことをわかっている華焔がそう答え、そのまま我が刀は俺を見る。
「わかっておるな、お前様。お前様の強みは、何よりもその目じゃ。集中しておる限り、それは有効的に働き続けるが、意識外の攻撃や、集中が途切れた瞬間には、当然ながら上手く働かぬ。予選の者どもは、そこを突く技術が無かったが、本戦の者どもはそれだけの技術が恐らくあるぞ」
「へいへい、わかってますよ。もうずっとお前に、口を酸っぱくして言われ続けた点だからな」
「何度言うても足りぬぞ。実際、予選でも、少々危うい場所で気を抜いておったりしたしな」
「ユウハ、気を抜く時は、私の場合はしっかり尻尾を立ててたわ。尻尾があれば、寝てても相手に気付けるから。それがないユウハの場合は……しっかり見るのよ!」
「おう、アドバイスありがとう」
つまり、見ろってことね。はい。
――なんて、そんな談笑を続けていると、隣のルーが、何やらフラフラ揺れている様子が視界の端に映る。
見ると彼女は、フォークを持ったまま、カクン、カクン、と舟を漕ぎ始めていた。
……昼間、すごいいっぱい魔法杯楽しんでたしな。
眠くなるのも仕方がないか。
「ルー、部屋戻るか?」
「……ん」
コクンと頷き、彼女は言葉を続ける。
「……ゆーはにぃと、しーかねぇと、いっしょに寝る。かえんねぇも」
「え?」
「へや、ひとり。や」
眠そうな顔で、そう言うルー。
「あー……わかった。……まあ、問題ないか。じゃあ、すんません、俺はこれで部屋に戻ります」
「じゃあ、私も」
「ならば儂も行くか」
席を立った俺に続き、そう言ってちょうど今ある皿を食べ終えたシイカと、とっくに食い終わっていた華焔が立ち上がる。
華焔の方は、本来俺達みたいな飯は食わずとも良い訳なので、コイツはそんなに食わないのだ。
食ったものを魔力へと変換は出来るようだが、まあほぼ嗜好品である。
「はいはい。おやすみなさい!」
「おやすみ。また明日」
そして俺達は、食堂を後にした。
「フフ、ルーちゃん、随分と懐いているわねぇ。ああやって並んでると、家族みたい。……あの様子ならユウハ君、気落ちしてたのは、どうやらもう問題ないみたいね」
「そうっぽいね。シイカちゃんとカエンちゃんが、励ましたのかな」
「あとは、やっぱりルーちゃんが来てくれたから、かしら? 小さい子に情けないところ、見せられないって、思ったんじゃないかしら」
「そうかもね。ユウハ君。結構のんびりしている方というか、普段はそう熱くなるようなところを見せない、ローテンション気味な面があるけど、でも男の子の部分は、しっかり持ってるなって感じだし。――何? アリア。その顔」
「いやー? 別にー? シェナが男の子に興味を持ってるのが、やっぱり珍しいなーって思って」
「……別に、そんなことないでしょ。アンタが勝手にそう思ってるだけで」
「えー? そうかしらー? あら、耳が警戒の形になってるわよ?」
「性悪」
「正解!」
「頷くな」
いつも共にいるのに、彼女らの言葉は止まることなく、じゃれ合いは続く。