生と死《3》
そうしてその日、俺達はルーと一日行動を共にする。
どうやら彼女は、王都に住みながらも、俺達と同じく魔法杯を見るのは初めてだそうで、シイカの言う通り何を見ても目を丸くし、拳を握り、万歳をしていた。
大人しめで、言葉の少ない子だが、感情表現は豊かなようだ。
シイカも、尻尾が表す感情を理解出来るようになってからは、何を考えているのかすぐにわかるようになったが、この子はシイカよりも素直なのだろう。
まあ、子供はそういうものかもしれないな。
「とてもすごい!」
「えぇ、とてもすごいでしょう! 明日、ユウハもこれに出るのよ」
何故か得意げなシイカの言葉に、ルーは瞳をキラキラさせながら俺を見る。耳をぴょこんと動かし、尻尾もブンブンと振っている。
「ゆーはにぃの、ぜったいぜったい見る」
『カカ、お前様。これでさらに頑張らねばならんのう』
「……あぁ。やれるだけやるよ」
これで、逃げ道はなくなったな。
気分がどうの、なんて理由で、実力が発揮出来ないなんてのは……情けないな。
俺も、何とも単純な精神構造をしているものか。
――俺達が外に出たのがちょっと遅かったのもあり、そうして観戦している内に、時間は過ぎ去り。
三日目の魔法杯終了。
他の観客に混じり、俺達もまた会場を後にし、ホテルに辿り着き――と、ロビーに、見覚えのある小さな人影。
「あ、いたいた」
それは、ミアラちゃん。
「みあらねぇ」
「こんばんは、ルーちゃん。魔法杯、どうだった?」
「すごかった!」
たった一言だが、しかし身振りだけは大きく、両手を目一杯に万歳させてそう言うルー。
そんな獣人幼女にミアラちゃんは目を細め、次に俺達に言葉を掛ける。
「ありがとう、三人とも。ルーちゃんの面倒、見てくれてたんだね」
「すんません、もしかしてこの子のこと、探してましたか?」
「いや、話をしようとは思ってたけど、カエンがその子を連れて行くっていうのは、事前に連絡が来てたからね。問題ないよ」
俺が腰の華焔を見下ろすと、我が刀は『それくらいは当たり前じゃろう?』と言いたげな、肩を竦めるような感じの意思を伝えてくる。
……意外とこういう面、しっかりしてるよな、コイツ。
報連相がちゃんと出来る呪いの魔剣に苦笑を溢してから、俺は真面目な顔になって、彼女に言う。
「……ミアラちゃん、少し話があります。いいでしょうか?」
「……うん、いいよ。こっちに、空き部屋があるから、おいで」
「シイカ、ルーと華焔頼むわ。先、飯食っててくれ」
「えぇ、わかったわ」
俺は、華焔も腰から外し、シイカに渡す。
華焔は少しだけ俺を見るような様子が伝わってきたが、そのまま何も言わず、大人しくシイカの手に渡る。
――そうして彼女らと別れた俺は、誰もいない、何か多目的ホールのような場所へミアラちゃんと共に来ると、まずはルーのことを聞く。
「ルーは、どうなりました?」
「うん、今日の内に、話が決まったよ。私が面倒を見るのなら、『それは誰が何と言おうとも、仮にルー自身が嫌だと言おうとも、ルーの将来のためになるでしょうから』って。だから、一応ルーちゃんの意思も聞くけれど、恐らくこれから大きくなるまで、学院で過ごすことになるだろうね」
……そうだな。
孤児院である以上、いつかは出ないといけないだろうし、これ以上の良縁は、存在しないってくらいの縁だろうな。
疑う余地のない、世界一の大魔法士がミアラちゃんなのだから。
「上手く話が纏まったなら良かったです。シイカも喜ぶと思います。なんか馬が合ったみたいなので、一瞬で仲良くなってたんですよね、あの二人。多分、精神年齢が近いからだと思うんですが」
「あはは、まあシイカちゃんが無垢っていうのは、紛れもない事実だろうね。あの子も一人きりで生きてきて、今ようやく他者との関わり方を覚え始めたばかりだから」
「アイツが頑張って色々覚えてるってのは、わかるんすけどね。――それで、ミアラちゃん。昨日の話です」
「……うん」
俺は、小さな彼女を、見下ろす。
「俺は……色々、考えました。ミアラちゃんの死への願望に協力するのか、どうか。でも、先に正直に言いますが、それは嫌でした。あなたがどれだけ、心底からそれを望んでいようとも……死ぬための協力なんて。そんなの、俺じゃなくたって、嫌だと言うはずです」
彼女もまた、無言でじっと、俺の顔を見上げる。
「ただ、今日思ったんです。生きるとは、何なのかを。上手く言葉に出来る気はしませんが……生きるとは、日々に自らを刻む行為であり、『終着点』、ゴールに向かって必ず進んでいきます。ですが、ミアラちゃんには、その終着点がない。終着点がない以上、全ては宙ぶらりんのまま。そうやって考えて、初めてあなたの不安が、わかるような気がしたんです」
武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり、とはちょっと意味が違うかもしれないが。
生物は、必ず死へと向かって進んでいる。
死とは全ての終着点であり、命がある以上、そこから逃れることは何者も許されない。
である以上、悲しくとも、恐怖しても、絶望しても、終わりへと向かって進んでいくのだ。
生き様、という言葉がある。
どういう風に生きるのか、を表す言葉であり、そしてこれは、生まれた瞬間を始まりにし、死の瞬間を終わりとしている。
死が存在するから、生き様は存在するのだ。
死が存在するから、今を最大限に生き、日々に生を刻むことが出来るのだ。
しかしミアラちゃんは、それがない。
ゴールがなければ、辿り着く先がなければ、道は定まらない。
死がないのならば、もしかすると、その生物は生きているとすら言えないのかもしれない。
「だから……生きてください。死ぬために、しっかり生きると誓ってください。あなたが、死ぬことが出来るようになったところから……人生を全うするのだと。そう言ってください」
するとミアラちゃんは、少し声を掠らせながら、言う。
「ユウハ君は……本気で、考えてくれたんだね」
「ミアラちゃんには恩がありますし、そういうのがなくても好きですから。当たり前です。俺じゃなくたって、あなたと関わったことのある人なら……そうやって言うはずです。あなたのことは、それだけみんな、大事に思ってるんです。だから、あなたもあなたのことを、大事にしてください」
「……うん、わかった」
ミアラちゃんは、目尻から一粒の涙を溢し、小さく頷く。
俺は、ポケットのハンカチで彼女の涙を拭ってやりながら、言葉を続ける。
「その限りなら、俺はあなたに協力します。いったい俺にどんなことが出来るのかはわかりませんが、あなたが十全に生きるための協力を、何でもしましょう」
ミアラちゃんは、大人しく涙を拭われながら、言った。
「……ありがとう、ユウハ君」
「これくらい、ミアラちゃんにしてもらったことを考えれば」
「うん、でも……ありがとう」
彼女は、笑みを浮かべる。
それは、花のような、見た目相応な、とても綺麗な笑みだった。