生と死《1》
――ミアラちゃんの話を、聞いた後。
俺は、彼女に言葉を返すことが出来なかった。
何も言えず固まり、情けない顔を晒すことしか、出来なかった。
そんな俺を見て、彼女は答えを求めることもなく、ただ優しげな顔で「じゃあ、そろそろ帰ろうか」と言い、転移魔法を発動して俺達はホテルに戻った。
そして――夜が過ぎ、今は魔法杯三日目。
遠くから聞こえる歓声を耳にしながら、俺は、ホテルの部屋のベッドに寝転がっていた。
「…………」
生きること。
死ぬこと。
それを語れる程、俺は人生経験が長くない。
命が長ければ、ただ嬉しいと思ってしまうくらいの、浅はかな身だ。
しかし、過ぎたるは何とやら、か。
ミアラちゃんの場合は……その、過ぎた時間が長過ぎたのだろう。
あの優しい性格だ、色んな人を助け、色んな人と交流を持ち、実際今も世界に対して影響力を持っている。
だが。
その皆が、自分より先に死んでいく。
取り残されるのは、彼女のみ。
恐らくだが、エルフのような長命種よりも、彼女は長く生き続けているのだろう。
俺には想像だに出来ないような孤独と、絶望が、きっと彼女にはあるのだろう。
それこそ、死を望む程の。
自分を『化け物』と評し、ヒトになりたい、なんて思ってしまう程の。
――ヒト、か。
ミアラちゃんは、死は不可逆と言った。
しかし、恐らく俺は一度死んでおり、そしてこの世界で肉体を再構成された。
恐らくこの謎に関しては、誰も解き明かすことは出来ないのだろう。
それこそ、神でもなければ。
俺は、大いなるシステム、大いなる存在、そんなものは確かに存在するのだろうと、身を以て知っている。
そして、『魂』と呼ぶべきものも存在するだろうことを、知っている。
魂。
生物が、生物としての根幹を成すモノ。情報。
となると、ミアラちゃんに宿っている魂は――いったい、誰のものなのか。
ちなみにだが、彼女と似た体質の俺はどうなのか、という点だが、どうやら俺は、普通に死ぬらしい。
というのも、学院襲撃の際、俺は腹に穴を開け、血を流し過ぎて、出血死するところだった。
つまり、怪我が出来るのだ。
血が出る以上、それが過ぎれば、死ぬ。
そして、そんなミアラちゃんと似た性質ながらも、『生物』の枠に留まっている俺であるが故に、ミアラちゃんは協力を求めたのだろう。
俺の存在に、彼女は希望を見たのだ。
だが――俺は、ミアラちゃんに協力したくなかった。
死ぬために協力するなど、嫌だ。
当たり前だろう。
友人や親しい人、家族。
その誰かに「死にたいから協力をしてくれ」と言われ、そう簡単に頷けるはずがない。
生きて欲しいと、そう思うはずだ。
――俺は、いったいどうするべきなのだろうか。
彼女が心から望むことに、手を貸すのか。
俺の勝手な願望を押し付け、助けを求める手を拒むのか。
一人、煮え切らない頭で、堂々巡りの思考を続け――その時、俺の目の前に、ピョコンと尻尾が現れる。
シイカの尻尾である。
口は付いていても、目は付いていないはずだが、まるで俺の様子でも確認するかのように、目の前でキョロキョロと動いている。
「……シイカ。試合、見て来て良かったんだぞ」
「んーん。一緒にいる」
そう言ってシイカは、ポフ、と俺が寝転がるベッドの縁に座る。
いつもは遠慮なく巻き付いてくる彼女の尻尾だが、今だけはそうせず、ただ近くで、やはり俺の様子を窺っていた。
「…………」
無言で、その尻尾に手を伸ばす。
「うにゃうっ」
触れると、本体から声が漏れるが……しかしシイカは、それ以上は何も言わず、俺の好きなように触らせる。
と言っても、尻尾に触られる、というのはやはり恥ずかしく、くすぐったい行為であるようで、俺が指を這わせるのに合わせて、身体がビクッ、ビクッ、と跳ねている。
顔を赤くしながらも、ただ耐えているシイカの表情を見て、俺は少し笑って、手を離す。
「……ありがとな、シイカ」
「ちょっとは、元気出た?」
「あぁ。……ここで、こんな風にしていても意味がないしな。そろそろ起きないと」
何より、本戦は明日なのだ。
そっちが本題なのだ。
こんなところで、グダグダしてても……何の生産性もなければ、意味もない。
……こんな気分で本戦を戦っては、勝てるものも勝てないだろうしな。
シイカのおかげで、とりあえず動く気力が出て来た俺は、ベッドから体を起こし――と、部屋の外から、華焔の声が聞こえてくる。
「怠惰なお前様。飯と、お客様じゃぞ」
キィ、と扉を開け、入ってきたのは、飯の乗ったお盆を持った華焔と――やはり同じくお盆を持った、一人の幼女。
「ゆーはにぃ」
そこにいたのは、地下水道で助けた獣人族の幼女、ルーだった。
こうして明るいところで見るとよくわかるが、本当に可愛らしい子だな。
肩程までのストレートの茶髪。
どことなく眠たげに見える瞳が特徴的だが、よく整った相貌をしておりきっと将来美人さんになることだろう。
特に目を引くのは、やはりその狐耳と、尻尾だ。
種族は『妖狐』、とミアラちゃんは言っていたっけか。
ま、子供はみんな、可愛いもんだろうな。
俺は、気分に引っ張られないよう、意識して声音を明るいものにし、声を掛ける。
「おっ、ルー、昨日ぶりだな。体調とかは……大丈夫か?」
「へーき」
昨日、とりあえず共にホテルへと戻ってきた彼女だが、まだホテルにいたようだ。
多分、今日ミアラちゃんが連絡を付けているんだろうな。
――地下でミアラちゃんに家を聞かれた際、ルーは「ぼいと」と答えたが、それは『ボイト孤児院』という有名な孤児院のことだったそうで、つまりこの子は、孤児だったのだ。
儀式の中継器として選ばれたのも、それが理由だったのだろうと、ミアラちゃんは言っていた。
仮に死んだとしても、そう探されはしないだろう、というクソッタレな判断だ。
ただ、彼女の特異体質――他者よりも圧倒的に高い魔力への適性は、磨けば将来大魔法士になれる可能性があり、そして今後も狙われる可能性があるので、どうやらミアラちゃんは、学院で引き取ることを考えているらしい。
多分だが……その特異体質も、俺達と近しいものな訳だから、研究したいという思いが若干あるんだろうな。
まあ、ミアラちゃんはその辺りを誤魔化そうとはしないし、ちゃんと本人が物をわかるようになってから、交渉するのだろうが。
「そっか。平気なら良かった。それで……どうしたんだ? 元気そうな顔を見られて良かったが……」
「お礼。ゆーはにぃ、助けてくれたって。だから、ありがと」
そう言って、彼女は耳をぴょこぴょこさせながら、ぴょこっと頭を下げる。
どちらかと言うと、物静かな子なのだろう。
言葉は少なめだが、しかしその言葉に、しっかり感謝が乗っているというのは伝わってきた。
ポンポンと感触の良い頭を撫でてやると、ルーは頭を上げ――と、次にシイカの方を見る。
「あぁ、こっちのは、シイカだ。んで、華焔は……もう挨拶したのか」
「うむ、先程のう」
「私はシイカ。よろしく、とっても小っちゃい子」
「ん、るーは、るー。よろしく」
「さ、挨拶も一通り終わったことじゃし、お前様は、まず飯を食えい。娘っ子も、一緒に食べるんじゃろ? 冷めてしまうぞ」
「ん」
そう言って華焔は、俺にお盆を渡し、ルーもまた、お盆を持ったまま俺の隣に座る。
「ゆーはにぃ。一緒」
「お、おう。一緒に食うか」
「うむ、これならお前様も、しかと食うじゃろう」
「とっても良い案だわ、カエン」
……なるほど、無理やりにでも俺に飯を食わせるための作戦か。
俺は苦笑を溢し、言った。
「……ありがとう、お前ら」
「儂は完璧なる刀じゃからな、当然ながら、さぽーとも万全じゃ」
「ユウハが困ってるなら、絶対、助けるわ」
そう言って、不敵な笑みを浮かべる二人。
……本当に、俺はもう、この二人に支えられて生きているのだろう。