人工の神
感想返しとかする方じゃないけど、ちゃんと全部見てるからね!
いつもありがとう、ありがとう!
ミアラちゃんは、話し始めた。
「昔々、あるところに、人間の女性研究者がいた。その研究者には、愛してやまない、一人娘がいたんだけど……幼くして、流行り病で死んでしまった。残された研究者は大層悲しみ、いつまでもその悲しみが消えず……やがて、狂ってしまった」
「…………」
俺は、黙ってミアラちゃんの話を聞く。
少女の、物語を。
「狂った彼女は、思った。どうにか、娘を生き返らせたい、と。ただ、死者は蘇ることはない。死とは不可逆の現象であり、一度失われ、無くなってしまった『エネルギー』が元の形に戻ることはない。やがて彼女は、ある実験を思い付いて実行したものの、結果はやっぱり、失敗だった」
「……失敗、なんですか?」
ミアラちゃんの顔を見る俺を、彼女は、見返してくる。
彼女は、いつものように笑みを浮かべている。
だが……その笑みは、どこか泣きそうで、悲しそうで。
「そう。その死んだ娘の身体に、何か『意識』と呼ぶべきものは生まれた。でもね、それは娘のものとは違ったんだ。――私はね、ユウハ君。『ミアラ』の身体を持っているけれど、私が本当に『ミアラ』なのかは、自分自身でも、わからないんだ」
マヌケに口を開けたまま、何も言えなくなる俺を見ながら、ミアラちゃんは話を続ける。
「情報として、その子の記憶は、多少残ってる。でも、これが自分の体験とは、とても思えない。他人の記憶を見せられている、という表現がピッタリかな。私自身の実感としては、『ミアラ』の肉体を借りて生まれた他の誰か、っていう感じだよ。だから、後ほど自分で、『ニュクス』を名乗り始めたんだ。――私は私。でも、私でもないんだ。まるで問答みたいだね」
幼き子供、『ミアラ』。
それとは違う、区別のための、『ニュクス』。
彼女の名前は、そんな、二人を表すものだったのか。
「……その、女性研究者は……」
「死んだよ。多分」
「多分?」
「うん。というのも、私が私として生み出された際、余波で魔力爆発が発生したようでね。研究所と、辺り一帯全てが吹き飛んでて、ほとんど何も残ってなかったんだ。ちょっとずつ痕跡を探したんだけど、事情を全て把握するのには、数十年掛かったよ」
……起きたら、自分ただ一人。
何の事情もわからず、自分のこともよくわからず、残るのは他人のような朧げな記憶のみ。
それは、いったいどれだけ、心細かったことだろう。
いったいどれだけ、不安だったことだろう。
「それで、その研究に関して、私が見つけたものは全て消したんだけど……時折どこかに残っているようでね。こんな風に悪用されちゃうことがあるんだ。ただの人が大量の魔力を流し込まれても、順応出来ずに破裂して死んじゃうんだけど、時折魔力に対して高い適性を持つ子がいる」
「……この、獣人の子みたいな、ですか?」
俺の腕の中で、眠ったままの獣人幼女。
「そう。こうして見てわかったけど……その子の肉体は、魔力との親和性がとても高いね。恐らくどれだけの魔力を流し込まれても、破裂することはないかな。さっきの儀式は、見たところ、その子を中継器として――安全装置として挟むことで、より危険性が少なく強化ヒト種になるものかな」
「……クソッタレですね」
「そんなので生まれるのは、ヒトでも何でもない、化け物なのにね。ユウハ君、見てて」
そう言ってミアラちゃんは、コロンと床に転がっていた、邪教どもの武器らしい拳銃を手に取り――自身の頭部に向ける。
「なっ、何を――」
俺が止める間もなく、彼女は引き金を引き――銃声。
その銃弾は、当然の因果として彼女の頭部を貫通し、穴を開け、ブシュゥッと血が爆ぜる。
だが。
数瞬後には、まるで何事もなかったかのように、穴が消える。
ミアラちゃんは、一切の怪我を負っていなかった。
残る爆ぜた血が無ければ、彼女の頭部を弾丸が通過したこと自体が、嘘のようであった。
「えっ……」
今起きた現象を脳みそが処理し切れず、固まる俺に、ミアラちゃんは言った。
「この通り、さ。気分の悪いものを見せたね。――私を不死と言う人がいる。不死身と言う人がいる。でも、正しくは死なないんじゃない。死ねないんだ。そんなのは……生物じゃない。ただの、化け物だ」
死なないのではなく、死ねない。
きっと、そこにある差は、途方もなく大きいのだろう。
そしてミアラちゃんは、そのことを、身を以て体験してきたのだ。
「――んぅ」
と、その時だった。
俺の腕の中の幼女が小さく身動ぎし、ゆっくりとその目蓋を開く。
「あ、えっと……こ、こんにちは」
「……? 知らない人」
俺と、そしてミアラちゃんを見て、狐耳の幼女は眠そうにクリクリと目を擦りながら、コテンと小首を傾げる。
「やぁ、こんにちは。私は、ミアラだよ。そっちのお兄ちゃんは、ユウハ君。君のお名前を聞いても良いかい?」
「るー」
「ルーちゃんか。今から君を、お家に帰そうと思うんだけど、お家がどこか、わかる?」
「ぼいと」
そこで、ピクッと反応したミアラちゃんは、だがすぐに笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「……そっか。それじゃあ、そこまで帰してあげる。だから、安心して。もうちょっと寝てても、大丈夫だよ」
「ん……」
すると獣人幼女ルーは、まじまじとミアラちゃんを見て、次に俺を見たかと思うと、やはりまだ眠かったのか、俺の腕の中で再び眠ってしまった。
「フフ、大物だね、ルーちゃん」
「この子の保護者だったら、こんな簡単に他人を信じちゃって、ちょっと不安になりそうですね」
「いや、この子今、私と君を見たでしょ? その上で、そうやって身を委ねてる。つまり、私達は安全だと判断したんだ。獣人っていうのはそういう感覚に優れてるからね、ちゃんとそこをわかった上で、無防備になってるんだよ」
「……そう思ってくれたのなら、こっちとしては嬉しいですが」
ミアラちゃんは、ポンポンと優しく獣人幼女の頭を撫でながら――言った。
「ね、覚えてる、ユウハ君? 私が君に、もし助けてって言ったら、っていう話」
「……はい」
俺は、半ば、ミアラちゃんが何と言うのかを理解していた。
だから、その先を、言わないでほしい。
お願いだから、もう、話をやめてほしい。
『…………』
腰に差した華焔は、ミアラちゃんの独白が始まってから、何も言わない。
まるで全てを知っているかのように、ずっと、黙ったままだ。
「私は、ちゃんとした生き物になりたい。みんなと同じ、ヒトになりたい。だから、そのための方法を、ずっと、ずっと、探している」
その意味することは、一つ。
そしてミアラちゃんは、言ったのだ。
――ユウハ君。どうか、私が死ぬための研究に、力を貸してくれないか。