潜入《3》
それから、しばらくグネグネと続く地下水道を歩く。
暗く、明かりなど全くない道。
この身体は夜目も利くが、それでもミアラちゃんが出してくれている光球がなければ、足元も覚束ないことだろう。
この地下水道、本当に広いようで、俺だけではとっくに迷っていたであろうが、ミアラちゃんは何か見えるものがあるらしく、時折立ち止まって周りを確認するも、すぐに「次はこっちだよ」と先を歩いていく。
やがて、辿り着くのは、広い空間。
轟音。
横を流れる水路の水が、ドォォ、とまるで滝のように下へと落ちていっており、少しだけ身を乗り出して見てみたものの、暗くて底が全くわからない。
「うわっ、怖ぇ」
「王都の浄水施設だよ。あの地下深くに大規模魔法陣が張ってあって、水の浄化をしてるんだ。この機構があるおかげで、王都は水不足になったことがなくてね。おかげで近隣の食料生産量も多くて、王都の盤石な食料体制がエルランシア王国の強みと言えるだろう」
「へぇ……すごいですね」
この世界流の浄水施設か。
面白いもんだ。
「ただ、一つ問題があってね。この地下水道は歴史が長いから、後から必要になって新たに水路を繋げたりするんだけど、その関係で相当入り組んでるんだ。それで、隠し通路とかも、こっそり作られちゃうことがあってね。――ほら、こことか」
そう言って彼女は、壁にコミカルな杖を翳し――次の瞬間、カコン、という音が鳴り、壁の一部が凹み、先に通路が現れる。
隠し通路か。
不謹慎だが、カッコいいな。
「ここは、すぐ近くに浄水施設があって、うるさいからね。悪い子達が隠れるには、最適なんだよ」
狭い壁を潜り、中に入っていくミアラちゃんに続き、俺もまた身を屈ませて中に入り――奥から聞こえてくる、物音。
ミアラちゃんは人差し指を口に当て、「シーッ」というポーズを取り、ゆっくりと奥へ進む。
俺は、その後ろを付いていき――すぐに、その様子が視界に映った。
体育館くらいの広さはあるだろう空間。
そこで、まず目に付いたのは、数十人の者達。
全員顔を隠すようなローブを羽織っており、人種や性別は判別が付かない。
何か大きな魔法陣の上で、円になって何かを唱えており――その中心で、宙に浮いている、幼い女の子。
ミアラちゃんよりも、幼く見える。
狐の獣人らしく、可愛らしい狐耳と尻尾を生やしている。
だが、意識がないらしく、ぐったりしており、その幼女に向かって周囲からどんどんと魔力が流れ込み、さらにそこから、幼女を介して一人の男へと流れ込んでいる様子が見える。
「何、やってんすか……アイツら」
「あれが、『杯の円』が行う儀式さ。適性のある子に大量の魔力を流し込み、人工的に、強化ヒト種――彼らの言うところの、神を生み出す訳だね。今やってるのは……あの妖狐の女の子を媒介に、術者本人を強化する術式かな」
……確かに、あの獣人幼女に流れ込んでいる魔力は、最終的にはスーツ姿の男へと流れ込んでいるな。
人工的に生み出す神。
人工的。
…………。
「大量の魔力……大会の防御魔法に紛れ込ませて張ってあった、魔力を吸収する魔法陣は、このためのものですか」
ミアラちゃんは、頷く。
「そう。実はね、魔力にも質があって、子供の魔力っていうのは、混じり気が少なく純粋な場合が多い。さらに、『競技で勝ちたい!』という思いが乗って、より純度が増すんだ。儀式用に使用する魔力としては、この上ないような、良質なものなんだよ」
……それが、この大会が選ばれた理由か。
感情によって、純度が増す。
わからない話ではない。
魔力は、人体と密接に繋がっている。
殺気を持ったりすれば、それが魔力に乗って外に出るし、同じように他の喜怒哀楽の思いが乗れば、魔力はその方向に寄り、つまり『純度』が増すのだろう。
……そう言えば、邪教連中が張った魔法陣は、客席の方には一切なく、全部フィールドにあったな。
大会であれば、やはりミアラちゃんが言ったように、『勝ちたい』という思いがフィールドに蔓延するだろうし、それが理由だったのか。
「……とんでもない話ですね。子供の純粋な思いを利用する儀式って」
「フフ、そうだね。全くその通りだ。――さあ、あの子が危険になる前に、あのバカな儀式を止めようか。ユウハ君、ちょっと荒事になるよ。注意して。カエン、しっかりユウハ君を、守ってあげてね」
「わかりました」
『言われなくとも』
そこでミアラちゃんは、こそこそするのをやめ、フッと杖を振るう。
次の瞬間、獣人幼女に流れ込んでいた魔力の流入が停止した。
「何だ!?」
「何が起こった!?」
「すぐに原因を特定しろ!」
数十人の邪教どもが狼狽え始め、そこでミアラちゃんがさらに杖を振るうと、幼女の身体がこちらに引っ張られ、俺の元へやってくる。
「おわっ、とと」
「ユウハ君、その子、守ってあげてね」
「わ、わかりました」
俺が幼女を抱えたのを見て、ミアラちゃんはトテトテと前に出て――言った。
「やぁやぁ、君達。何やら怪しげなことをしているじゃないか。この私が、自ら潰しに来てあげたよ」
「魔女ミアラ……!」
忌々しげな様子でそう言うのは、幼女からさらに魔力を流し込まれていた男。
スーツ姿で、メガネを掛けている。
恐らくは、邪教集団の頭か。
教祖サマ、とでも呼ぶべきだろうか。
「貴様は今、ホテルに引き上げたところのはず……!」
「ハハ、本気で言っているのかい? そんなもの、私ならどうとでもなると、知っているだろうに」
いつものミアラちゃんとは違う、嘲るような、バカにするような声音。
スーツ男はギリィ、と歯を噛み締めると、次に俺を見て、ハッとしたような顔になる。
「! そっちの子供は……ハンッ、なるほど、そこの目障りな子供を手駒にし、私達の計画の邪魔をしていた訳ですか!」
「え? いや、そういう訳じゃないけど」
「俺は俺で動いてただけだぞ。つまりアンタらは、ただのガキに四苦八苦させられてた訳だ。ご苦労なこったな」
俺とミアラちゃんがそれぞれそう言うと、忌々しげだった男の顔に、さらに憎しみが混じる。
「ッ……どこまでも忌々しい……! お前達、準備しなさいッ!!」
「おや、私が相手とわかって、戦う気かい? 面倒だから、大人しくしていてくれると助かるんだけど。いったいこの規模の魔法陣、どこの協力で描いたのかな」
「余裕を見せていられるのも今の内です、魔女ミアラ! ――やれッ!!」
その瞬間だった。
「ぐっ……」
何だ?
空間が気持ち悪い。
吐き気と頭痛を覚え、クラッと一瞬来たところで、華焔が俺に意思を伝えてくる。
『お前様、これは魔力を乱す攻撃じゃ。自らの魔力を強く巡らせい。所詮は外に作用するもので、体内魔力の主導権はお前様の方が強い』
……魔力を乱す、か。
華焔の指示に従い、俺は自分の持つ魔力を強く動かし、巡らし――だんだんと、気持ち悪さが緩和されていく。
ミアラちゃんは大丈夫かとそっちを見ると……あ、全然余裕だ。あの顔、全く食らってないわ。
「ユウハ君、平気?」
「はい……何とか」
と、邪教どもはさらに何か魔法を発動し、刹那、どデカい魔法陣が発生する。
そこに、何か形のようなものが形成されていき――生み出されたのは、数々の魔物達。
四足歩行の、狼のような魔物。
ゴジラのような体躯の魔物。
龍っぽい浮かんでいる魔物。
腐りきった、骨と朽ちかけの肉で構成された、アンデッドらしい魔物。
恐らくは……『式神』タイプなのだろう。
どいつもこいつもデカく、厳つい相貌に厳つい爪や牙を持っている。
「行けッ! あの魔女は『魔』で出来ているッ! それを乱した以上、今なら戦えるはずですッ!!」
スーツの男はそう怒鳴り――だが、しかし。
式神は、動かない。
いや、動けない。
命令に忠実なはずの、恐怖など存在しないはずの式神達は、ミアラちゃんを前にして、硬直している。
……この様子を見ると、召喚主より、式神の方が知能が高く感じられるな。
本来そんなことは、あり得ないのだろうが。
「な、何故動かないッ!? 早く行きなさい、お前達ッ!!」
「ふむ……この式神を構成する術式は、基本はアーギア魔帝国の特殊部隊のものに見えるけど……中心部分は違うものに見えるね。誤認させるための回路がかなり混じってるけど……そうか、これは、あそこに滅ぼされたところの……うん、見るべきものは見たかな」
何事かを分析していたミアラちゃんは、ニコッと笑い。
「協力ありがとう。じゃ、君達はもういいから」
――一瞬だった。
バリン、という割れるような音が鳴ったかと思いきや、式神の身体が粉々に砕け散り、同時に、邪教どもがまるで糸が切れた操り人形かのように意識を失い、次々に倒れていく。
最後に立っているのは、俺と、ミアラちゃんだけ。
……これが、『ミアラ=ニュクス』か。
相手が何を企んでいようと、関係がない。
どんな策略も、どんな罠も、ただ圧倒的な、暴力的なまでの力で、叩き潰す。
ミアラちゃんにとって重要なのは、相手をおびき出すところなのだ。
そこさえ成功してしまえば、巣穴から出すことさえ出来れば、もう、どうにでも料理可能なのだろう。
「よし、あとはこの場のお片付けだね。ほいっ!」
ミアラちゃんがフッと杖を振るうと、邪教どもの身体が次々に消えていき、この場から消滅する。
……多分、転移魔法だな。
俺も一度、経験があるから知っているが、発動の感じがよく似ている。
そうして、俺達以外誰も立っていない空間で、ミアラちゃんは残された魔法陣を丁寧に破壊していきながら、口を開いた。
「さて、ユウハ君。もうわかったかな? この儀式で、いったい何が生まれたのか」
俺は、答える。
「……ミアラちゃん、ですね」
彼女は、首を縦に振った。
「そう。杯の円が言う『神』っていうはね、つまり――私のことなんだ」
邪教の出番終了!
いやぁ、とんでもない強敵でしたね。




